考察…佳乃シナリオ編




 佳乃シナリオは、観鈴シナリオのような不可解な点は少なく、シナリオ中のテキストでほとんどすべての謎が解き明かされています。

しかし半面、みちるシナリオやそらシナリオと比較すると、ファーストプレイで強烈なインパクトが残るシナリオでもありません。

そのせいか、一通りのプレイの印象から駄作シナリオの烙印を押されている感もあると思います。

果たしてそうなのでしょうか?

注意深く見ていないのかも知れない・・・佳乃シナリオにも意味があるのではないか・・・そう思い、いろいろ考えた結果です。

ここでは、佳乃の言う



「魔法が使えたらって、思ったことないかなぁ?」



に秘められた想いについてを考察していきたいと思います。








第1章:想いの羽根




 さて、では事の発端から。

佳乃が神社で触れた羽根。

シナリオ中は触れられていないため解りませんが、[大風を起こした]などのことから、羽根は翼人の残したものだと考えます。

ただし、これが神奈の羽根なのか、それとも他の翼人の羽根なのかは明らかではありません。

そして、それは佳乃シナリオを考える上ではあまり重要な事項ではないと思います。




 この羽根は、八雲や白穂たちがごくありふれた家庭の温もりを託したものだと考えられます。

そしてそれが果たされることのなかったという悲しみを吸い込んだ、想いのかたまりのようなもの。

聖が羽根に触ったときに感じた悲しみの感情。

羽根は、まさに母親の悲しみそのものであり、人に知られることなく、成仏できなかった白穂の念そのものであると言えるでしょう。




 佳乃は物心付かないうちに母親を失い、空にいると教えられた母親に会いたいという願いを持ちつづけていました。

それが形になるはずだった、夏祭りの風船。

風船を手に入れられず、祀られた羽根を見て母親への想いを強くした佳乃に、羽根から白穂の悲しみが流れ込んでくる。

そして佳乃は白穂の悲しみに取り憑かれ、一種の二重人格となってしまったわけです。




 聖やそれ以外の人たちが羽根に触っても何も起こらなかったのは、佳乃と違い、他人の意識が流れ込んでくる余地がなかったからでしょう。

佳乃は、自身が意識をしっかりと持っている限りは白穂に身体を乗っ取られることはない。

しかしあのときの佳乃は、佳乃の思いは空の母親へと向けられていたために白穂の悲しみを吸い込んでしまったと考えられます。




 結果、佳乃はそれから、まるで白穂の悲しみの記憶をトレースするかのごとく、うわごとをつぶやいたり、自害しかけたりすします。

やがて、佳乃が自意識をしっかり持ちさえすればそうした症状が現れないことが分かった聖は、佳乃の腕に黄色いバンダナを巻くことで、佳乃が佳乃であり続けられるようにしました。

しかしこれが結果として、佳乃にとっての『手錠』……明日への前進を拒む手錠になってしまうのです。







第2章:佳乃




 幼い頃の佳乃は、魔法が使えるようになったら空を飛びたい…空にいるお母さんに会うことを願います。

しかし、佳乃も歳を取れば母親が空にいないことを知ります。

そして魔法など本当はこの世にはないのかもしれない、ということも知っていきます。

聖は知らないけれど、佳乃は少しずつ、大人になっていく…。

そうしていくうちに、佳乃にとっての姉の存在、願い、バンダナの意味が変わってくることになります。




 まず、母親が自分を産んだことで具合を悪くして他界し、姉を母親代わりに束縛し、父親の死期を早めたということによる、自分に対する罪悪感。

佳乃はいつからか、姉の前では気丈に、かつ幼く振舞うことで、姉に対する罪滅ぼしをするようになっていました。

「だって…心配かけたくないから」


 それは、自分の前では母親代わりに振舞ってくれる姉への、佳乃なりの心遣い。

佳乃は、姉の気持ちと苦しみもまた分かっていたのです。




 そして、魔法で叶えたい願いは、いつしか母親に会って謝りたいという願いに変わっていました。

全ての始まりであった、自らの罪を詫びることのできる願い。

バンダナは、その願いを叶えてくれる彼女の心の拠り所となるのです。

しかし一方で、佳乃は薄々、魔法なんてないかもしれないということも分かっていた。

だから、彼女はこう言います。




「あたし、これを外すのが怖いんだと思う」

「これを外しても、魔法なんて使えなかったら…」




 すでに薄れた記憶の彼方の他愛のない約束。

聖が、白穂の人格が現れることを防ぐために持たせたバンダナは、今の佳乃にとっては心の拠り所であり、最後の希望。

佳乃は約束を守るためにバンダナを付け続けているのではなく、バンダナを外すことができないのです。

バンダナを外しても魔法が使えなかったとき、彼女の心は行き場を失うからです。




 往人が佳乃のバンダナを外すときに「腐食した錠のように」という表現がありますが、バンダナは彼女が大人になることを拒む、手枷の象徴でもあるのです。







第3章:聖




 佳乃はバンダナを外す勇気が出せない少女なわけですが、実は聖もまた、身動きの取れない閉塞感と、どうにもすることのできない焦燥感の中でもがき苦しんでいます。




 あの夏祭りの日、佳乃に羽根を触れさせてしまったのは他でもない、聖自身。

聖は何度も繰り返すように言います。




 「最初にあの羽根に触ったのは、あの子じゃない。私なんだ。」

 「母親は空にいると教えたのも私だ。」 

 「それなのに、なぜあの子が…」

 「あの子だけが、罰を受けなければならないのだろう」




 母親を失い、佳乃の母親であり続けなければならなかった姉。

聖は、佳乃に対する罪の意識に苛まれながらも、佳乃の前では気丈な母親として振る舞い続けなければならなかった。

そんな聖にとっての唯一の救いは、佳乃の笑顔と健やかな姿。




 「本当に、佳乃はいい子だよ。無邪気でやさしい子だ。」

 「誰とだって友達になれる。どんな時でも、にこにこと笑っていられる子だ。」

 「私の大切な妹だよ」




 聖は佳乃に罰を負わせてしまった(白穂の悲しみに取り憑かれた)ことをなんとかするため、医師となって佳乃の症状を調べます。

しかし、佳乃の症状が人知ならざるものであることが分かってきたとき、それは聖にとってどうすることもできない絶望へと変わります。




 「そうだな。なら…あの子がバンダナを外せる日まで。そんな日は、来ないのかもしれないが。」




 聖がこの絶望感にどれだけ苛まれていたのか。

それは、佳乃が意識を羽根に飛ばしたときの以下のセリフからもよく分かります。




 「妹を救うなんて言っておきながら、なにひとつできなかった」

 「こんな日が来ることを、ずっと恐れていた」

 「それでいて今、ほっとしている自分がいるんだ」

 「もうこれで、佳乃も私も苦しまなくて済む、と…」




 疲れきった聖から繰り出される一つ一つの言葉は、両親を失った姉妹愛、かけがえの無い妹に対する聖の愛でもありますが、それ以上に、聖が佳乃に対して出来る罪の償いの精一杯なのです。

佳乃の笑顔を唯一の心の拠り所にしながら、自らの心をすり減らし、どうすることも出来ない毎日の繰り返しを過ごしているのです。







第4章:往人




 さて、このシナリオでは佳乃に続いて聖もまた枷を追わされた人間として描かれていますが、実は、往人もまた「空の上の少女」という枷を負わされた人間として描かれています。




 「旅をする理由そのものを、俺は探しているのかもしれない。

  他にどういう生き方があるのか、俺は教えてもらえなかったから。

  自分に問いかける。俺は何をしたいのだろう?俺はどこを目指せばいいのだろう。

  よくわからなかった。」




 彼もまた、終わりなき日の出口を、新しい自分を求めて彷徨っている人間なのです。







第5章:動き始めた時間




 そんな三人を変えることになったきっかけは、佳乃と往人が出会ったこと。

きっかけは佳乃の恋。

そして、佳乃が自分の秘密を往人に打ち明け、それが誤りであったことに気付いたことから、凍りついた時間が動き出すことになるのです。




 「…謝るんじゃなくて、礼を言うべきだろ。お前がここにいられるのは、母親のお陰だろ」

 「そっか…」

 「そうだよねぇ」

 何度も何度も、佳乃は頷いた。




 しかし、佳乃が大人への一歩を踏み出すことによって、同時に佳乃の身体には変化が起こります。

佳乃が自分を取り戻して一歩を踏み出そうとすることに対する反発として、白穂の人格が現れる頻度が多くなってしまうのです。




 そして佳乃のバンダナは、佳乃が聖のためではなく、自分の意志で動いたときに初めて外されることになります。




 「でも…」

 「それじゃお姉ちゃん、どこにも行けないから…」

 「泊まってきていいよって、あたしから言ったの」

 「往人くんがいるから、大丈夫だからって」

 「初めて、自分からそう言ったの」

 「あたしのこと、もらってほしい」

 「あたしのこと…」

 「たしかめてほしい」




 佳乃がバンダナを外すということは、佳乃が手枷を外して、自らの意志で歩き出すこと。

往人は、佳乃がバンダナを外すことによって、佳乃が佳乃を取り戻すことができる、そう直感していたのです。




 お前はどこにも行かなくていい。

 海辺の町で、ずっと幸せに暮らせばいい。

 いつまでも無邪気に、笑っていればいい。

 そのためになら、俺は…。




 そして佳乃もまた、動き出した時間を意識し(「ウチも古くなったなあって」)、聖もまた心の安息を掴みかけます(「君になら、任せられるな」)。







第6章:ありもしない夏の魔法




 しかしみんなが幸せを目指して一歩進みかけたと思った矢先、佳乃はこんなことを言い出します。




 「魔法ってね、誰かを幸せにするためにあるんだよ」

 「だとしたら、カッコいいよねぇ…」




 佳乃は自分の身体の異常に気付いており、このままでは往人を傷つけてしまう。

そして自分がいるから姉は自分の幸せを見つけることができない…。

佳乃はみんなの幸せを願って、自らバンダナを外し、ありもしない夏の魔法を使うのです。




 佳乃は空へ行こうとした。

 俺がもう、当てのない旅をしなくてもいいように。

 自分だけの幸せを、聖が探せるように。

 みんなが幸せになれるように。

 みんなが幸せに暮らせるように。




 …バンダナを外すことにより、佳乃の魂(意識、人格でもいいと思います)は神社の羽根へと飛ばされ、そして佳乃の身は白穂の記憶へとさらされてしまう。

その結果、佳乃は白穂が自害する記憶をトレースすることになります。

白穂の人格が自害することにより、白穂の悲しみの記憶は終わってなくなるものの、佳乃の魂は羽根に取り込まれ、佳乃は肉体的には全く正常であるにもかかわらず、佳乃の意識は戻らなくなります。




 そして佳乃の魂は、母と娘が仲睦まじく過ごす『佳乃が何より望んだはずの温もり』(幸せな記憶)の中に取り込まれることになります。

神社に置かれた羽根が輝いているのは、佳乃の魂が取り込まれているためでしょう。







第6章:勇気




 もはやどうにもしようがなくなりかけたその時、往人は自分の魔法(法術)が、何かを操るために使えることに気付きます。

佳乃の魂が羽根に取り込まれてしまったのであれば、それを再び羽根から動かすことで佳乃を取り戻すことができる。

そして往人は自分の法術を使って佳乃と心をつなげることに使う。

それにより、佳乃は自らの意志で、幸せな記憶(過去、幻想)から、再び地上(現在、現実)へと戻ってくることができたわけです。

姉と往人がいる地上へと。




 「あたし、もう帰る。お姉ちゃんが待ってるから。」

 「ポテトも心配してると思うから」

 「それにね…」

 「好きな人が、できたの」

 「ちょっと変わってるけど、やさしくしてくれるの」




 そして、佳乃は過去から一歩踏み出すための言葉、果たせなかった想いを母親に語るのです。




 「あたしを生んでくれて、ありがとう」

 「それだけ、言いたかったの」




 ところで、なぜ往人は最後に法術を失うことになったのでしょうか?

シナリオの構造的な観点から考えると、佳乃と全く同じ理由だったと考えてよいでしょう。




 俺にとっては、旅が日常だった。旅をしない生活は、俺にとって新しい冒険と同じだ。

 俺が勇気を持てば。この町はきっと、俺を受け入れてくれる。そんな気がした。




 同じことの繰り返しの中に捕われていた往人、聖、佳乃の三人。

三人は、皆、現状に対して疑問を持ちながらも変わることを恐れ、前を見ることなく、日々の刹那的な笑顔の中でつかの間の幸せを感じていたに過ぎなかった。

往人にとっての法術、佳乃にとってのバンダナは、変われない日々の象徴だったわけです。




 しかし一歩を踏み出す勇気を持てば、明日に向かって変わっていける。

そのための通過儀礼が、バンダナを外すことであり、魔法を捨てることなのです。




 「魔法が使えたらって、思ったことないかなぁ?」




 魔法は、佳乃たちにとって明日への一歩を踏み出すきっかけを与えてくれたもの。

この言葉には、変われない日常から抜け出すという希望の意味合いが含まれていたのだと思います。