考察…美凪シナリオ編(BADルート)




 美凪シナリオには一見BADらしくないBADエンディングが含まれていますが、それはBADルートとは思えないような『過ちの精算』がシナリオの中に含まれているせいでしょう。

しかし最後に残った美凪の後悔の念、果たされなかったみちるの想いを考えれば、あまりにも悲しすぎる結末と言えます。




 なお美凪シナリオの展開については、母親と再会するまでは全く同一で、そこまでに関しては考察…美凪シナリオ編(TRUEルート)を参照してください。








第1章:分岐




 美凪シナリオのTRUE/BAD分岐は、御存知のように8/7の朝に発生する寝起きのイベント。

御存知の通り、「おはようのキスをしてくれ」という選択肢を選んだ場合には8/9の母親との再会のイベントにて美凪BADルートへと流れます。

まず、なぜこんな、ある意味くだらないとも言える選択肢でBADルートに分岐するのか、その理由を整理する必要があるでしょう。

そこが分からないと、ラストのシーンの美凪の想いが分からないと思います。




 美凪が、勇気が出せずにいる少女だということは、美凪TRUEルートに書きましたが、それと同時に重要なこととして、彼女の行動が「受動的である(主体性がない)」ことに着目する必要があります。

もちろん、すべての行動がことごとく受動的だというわけではありませんが、肝心要の場所での行動は非常に受動的です。

例えば、最初のみちるとの出逢いのシーンで、美凪はシャボン玉を吹いてみちるの気を引きます。

そして、『みちるの方から自分に語りかけさせる』ことによって、みちるとの関係を築きます。

また、母親に忘れられて屋上で夢の終わりを待っていたというのも極めて受動的な行動で、往人の方から「ここに居場所がある」と提示されることで初めてその居場所に行くことができるのです。




 これはある意味、美凪が生きていく上でのずるさとも言える部分。

屋上のシーンにしても悪意的に解釈すると、美凪が往人に紡いだ以下のセリフは往人に「ここに居場所がある」と言わせるためのもの、そしてわざわざ分かりやすい屋上にいたのも、往人に見つけてもらうことを期待したものだと言えないこともないのです。




 「…飛べない翼に意味はあるんでしょうか」

 「…きっと何の意味もなくて…空にも大地にも帰ることができず彷徨うだけなんですよ」

 「…あの鳥のように…私はいつまでも彷徨うことしかできないんです…」

 「…でも…それでいいのかもしれません」

 「…だって私は…」

 「…私は…ここにいるはずのない人間ですから…」




 もちろんこのセリフは美凪がそういう意図だけから言ったわけではないにせよ、彼女は他人から与えられた居場所に身を委ねるという傾向があることは確かでしょう。




 そう考えると、先に述べた「おはようのキスをしてくれ」という選択肢の意味が見えてきます。

この選択肢は、主人公のそばに美凪の「逃げ場所」を作ってしまう選択肢なのです。

美凪が母親と再会する直前に、以下のような言葉が挟まれています。




 「…国崎さん…私…」

 遠野が、もの言う瞳を俺に向ける。




 そう、美凪は自分の過去の罪と悲しみに向き合う勇気が出せずに、往人に救いを求めるのです。

それでも往人は美凪の背中を押す。

それが、みちるとの間で無言の内にかわした約束だったから。

ところが美凪はそれでも母親に会うことができなかった。

それは、美凪が、往人のそばに居心地のよい居場所があることを分かってしまっているからなのです。




 でも、美凪は戻ってくるときも、自らの意志で往人のそばに行こうとするのではありません。

彼女は往人のそばまで戻ってきて、悲痛な声で叫ぶのです。

何度も、何度も。




 「……私…」

 「私……」

 「私っ………!」

 「国崎…さんっ…」

 「国崎さんっ……!」




 彼女は、往人の側から、救いの手が差し出されるのを渇望するのです。

本当は、どんなに叫ばれても往人は手を差し出してはいけないはずだった。

しかし、往人もここで強くなりきれずに負けてしまうのです。




 心が揺れた。この強烈な風よりもずっと。その絶叫は、俺を動かした。

 耐えなければならなかった。

 それが、約束だったから。それが、俺に託されたことだと信じていたから。

 でも、それはもう…。




 もう、背中を押してやることも出来ず…。

 ただ…。その存在を、繋ぎ止めることしか…出来なかった。




 そしてさらに往人は、美凪に求められるまま彼女に膝枕をしてしまう。

確かにあの状況で、声をかけずに美凪を見捨てることは往人にはできなかったでしょう。

膝枕をしてしまったのも、その時の状況を考えれば仕方がなかったでしょう。

しかし、美凪が一歩を踏み出せなかったのは自分自身のせい、往人が犯した罪なのです。

往人は自分に何が出来るのかを思い悩むことになります。




 俺はまだ迷っていたから。

 答えを、見つけられずにいたから。

 これからの、俺に出来ることはなにか。

 遠野のために。

 遠野のために、するべきことはなにか。







第2章:最後に託されたみちるの願い




 でも朝になるまでもなく、往人にはもう、自分が何をすべきかは分かっていた。

美凪に残された最後の居場所である往人の隣。

ここで、美凪を夢から覚まして、一歩を踏み出す勇気の後押しをすること。




 しかし往人は悩むのです。

確かにみちるは美凪の幸せを願い、美凪が夢から覚めることを願い、往人はその想いを託された。

でも、それが本当にみちる『自身』の『本当』の願いなのか?

その確信と自信が持てないが故に、往人自身もまた、一歩を踏み出せなかった(=美凪の夢を覚ますことを躊躇した)。

だから往人はもう一度、みちるに会うことを望むのです。




 あいつの願い。あいつの幸せ。それを確認しておきたかった。

 そんな必要なんて、本来はないのかも知れない。

 俺の決意を、ただ遂行するべきなのかもしれない。

 でも、俺はそうしたかった。そうせずにはいられなかった。

 ずっとずっと昔から、あの小さな体で、遠野を支えてきたんだから。

 だから、最後に会っておきたかった。

 答えは、きっと一つしかないのだろう。それでも、それを聞きたかった。

 踏み出せる勇気。それは違う。

 軽く背中を押してくれれば、それでいい。

 そうしなければ、俺はきっと後悔するだろうから。




 往人は内心、分かっていたのです。

みちるに出会っても、みちるはやはり自分の本当の願いを言うことなく、美凪の幸せを願うであろうことを。

それでも、それを聞きたかった。

そうしなければ、みちるの想いを受け取ることができないから。

そして、出会ったみちるは最後にこう言い残して消え去ります。




 「うん…だから、はやくいってあげて。美凪は…さみしそうにしてるから」

 「もういっかい…お願いするから。美凪の夢を…国崎往人がさませてあげて」




 「みちるは…だいじょうぶ」

 「美凪のさみしい顔は、みたくないから。美凪は、笑っているのがいちばんかわいいから」

 「だから、はやくいってあげて」

 「美凪は……国崎往人のこと…まってるから……」




 残されたこの言葉は、みちるが最後に往人に託した想い。

往人があのとき犯した過ちによって不幸のうちに消え去ることとなった少女……最後になっても自分の本当の願いを決して言わなかったみちるが、最後に残した想いなのです。







第3章:犯した過ちへの償い




 そして往人は、みちるの砂を握り締めて、屋上にいる美凪の元へと向かいます。

最後に託された、みちるの願いを果たすために。




 ここでも、美凪は言います。

往人が自分を見つけられるように、ここで待っていたことを。

ここで救いの手が差し伸ばされるのを待っていたのです。

往人はみちるの願いを果たすため、美凪に厳しい現実を突きつけます。

どんなに周りが彼女を後押ししても、自ら一歩を踏み出せなかったという事実を。

みちるの最後を見届ける勇気がなかったという事実を。




 「辛くても、悲しくても…本来、いるべき場所へ…戻るはずだった」

 「でも、おまえは……おまえは、あの時…踏み出すことが…できなかったな」




 「最後を見届けることも…出来なかったな」

 「見るのが、嫌だったんだろう? 悲しみと向かい合うのが…怖かったんだろう?」




 「だから…夢の終わりを知ることも…自分の母親と向かい合うことも…」

 「…おまえは出来なかった」




 その言葉がどんなに彼女を傷つけると分かっていても。

敢えて往人は美凪に言葉を突きつけていくのです。

一番彼女が見たくない悲しみを突きつける言葉を。




 「あいつは…笑いはしない」

 「いや。あいつは……ただ…悲しむだけだ」




 そして、往人は彼女に、今の現実を突きつけます。




 「夢はもう…終わってしまったんだ。そして、おまえが行くところは……」

 「おまえの居場所は、もう……一つしか…ないんだ」




 しかしこの言葉を前にしても、美凪はなおも救いの手を往人に求めます。




 不安と希望。それに彩られた瞳を、俺に向けること。遠野はそれを…やめようとしなかった。




 だから、往人はあの言葉を美凪に突きつけるのです。

その言葉を言うことは、(ここまでの往人が犯してきた罪を考えれば明らかなように)往人にとっても非常につらい、勇気を出して一歩を進まなければならないこと。

その言葉を心の奥底から搾り出すかのごとく、往人は言います。




 だから、俺は…。じっと、遠野を見下ろして…。

 濡れたコンクリートの上で、ぽつんといる少女を…。

 瞬きもせず、視界に入れ続けて…。すがりつくような目を、じっと見据えて…。

 口を開いて…。喉を震わせて…。

 遠野に…告げた。




 「……甘えるな」「…なにを期待しているんだ?」




 それは、往人自身にとっては、自分が犯した罪への償い。

一歩を踏み出すことができなくても、せめて口から言わせるだけでも、自らの意思で美凪に語らせることを往人は望んだのです。







第4章:みちるの星の砂




 最後にバスに乗り込んだ二人。

紆余曲折はあったものの、自らの意思で、自らのこれからの人生を決めるということをした美凪。

最後に、三人の星の砂をすべて混ぜようと提案した往人を、美凪は遮ります。




 「でも…みちるは……みちるは…いません」

 「…だから……」

 ゆっくりとした手つき。みちるの瓶を…そっと引っ込めた。

 「……ああ」

 頷くだけで、それ以上は何も言わなかった。




 そして美凪の星の砂は、往人へ託され、美凪はみちるの忘れ形見である星の砂を抱きしめます。




 「…私は……」

 その手に握った、星の砂。みちるの分。

 一度手のひらを開いて、それを眺めると…

 ぎゅっと、胸にそれを押しあてた。

 目を閉じ、星の砂を抱く。

 思い出を忘れまいと、そうするように。




 今だからこそ分かった、後悔の残る果たせなかった想い。

それが詰まったみちるの星の砂を……。