あれから数日が経っていた。
由依子はウィズと一緒に魚を釣ったり、野菜を取ったり。
今では看板娘として、お店の手伝いもするほどだ。
そして、常連客もまた、2人を祝福していた。

「おう、由依子ちゃん、頑張ってるね〜」
「ここの旦那も幸せ者だねぇ、こんな美人と一緒に暮らせるなんで」
「あはは、恥ずかしいですわ……♪」

色々言われる度に、こう言うものの……満更悪い気がしているわけではない。
それこそ由依子は、いわゆる有頂天だった。
……それでも、戦いの傷は癒えないわけで。
夜になると、テラスから月を眺めつつ、溜息をつくこともしばしばだった。

「……兄様……水羽ちゃん……優太くん……ルミナスさん……それに……彩音ちゃん……」

由依子はまだ、ルミナスがウリエル側に付いたことを知らない。
……あの戦いは、まさしく恐怖だった。
一瞬で自分の胸を貫いた、あの黒い光。
ブレイバルは半分沈黙状態で、由依子には、未だ何も話は聞こえてこない。
そして……それにより、帰るあても潰えた。
今はもう、ここで暮らしていく以外に道はない。

「……それも、いいですわね……。 ……ウィズさん……」

今までとは違う、夢見る少女。
どちらかと言うと、現実を見つつ、どんなことがあろうとも、それを努力、知恵、勇気で乗り切る。
そんなタイプだったはずなのだが……恋は盲目、とはこの事だろうか。
今の由依子は、周りの状況をうまく把握できなかった。
……町の中では、”ブレイバルにこの世界の実力者たちが集められている”と言う噂が流れていた。
ウリエルがブレイバルの遥か南方に構えた城……そこを攻め落とす為の軍勢である。
しかし……由依子の耳にはそれが入ってこない。
まさしく上の空。

「恋って……こんなに幸せな気持ちになれるものなのですね……」

由依子の笑顔が輝いていた。



SUNNY-MOON

第19話 Still in my heart



 それから1時間ほど……さっきまでとは一転、由依子は悩んでいた。
偶然食材の1つが切れ、いつもの問屋へ向かっているときに、聞こえた噂。

”ミハネと言う女性が、モンスターに襲われた村を守り、そのままブレイバルに向かっているらしい”

「水羽ちゃんが……生きてる……?」

嬉しかった。
水羽が生きていたことにより、恭平の生存の可能性が一気に上がる。
うまくいけば2人とも無事で……更にはその2人に出会えるかもしれない。
しかし……その為には、しなくてはいけないことがある。

「ウィズさん……私は貴方と一緒にいたいですわ……でも……水羽ちゃんの下にも、行きたい……」

恋愛を取るか友情を取るか。
一般的には女性は恋愛を取るほうが多いそうだ。
しかし……状況が状況。
そして、由依子にとって、水羽はただの友達ではなく、親友。

「私……どうしたら……」

本気で頭を抱える由依子だった。





 その日の夜……空を、見ていた。
美しい月が、漆黒を淡く照らす。
ウィズお気に入りの場所……屋根の上。
そこで横になり、物思いにふけるのが大好きだった。

「由依子さん……何者なのかな……」

明らかに自分たちとは違う服装。
あれは、この世界のどこにもなかったものだ。
お嬢様のような口調……しかし、彼女は自分がどういう身分なのかを話したことはない。
そして、彼女がいたと言う場所……。
ブレイバルは、戦う者……勇者が集う場所だ。

「ブレイバル……か。 噂が流れてるけど、由依子さんには聞かせたくないな……」

もしかしたら、噂を聞いてブレイバルにかけつけてしまうかもしれない。
彼女に戦いは似合わない……ウィズはそう思っているが、同時に、戦わなければいけない時もあることも知っている。
ウィズもまた、本気で由依子に魅かれていた。
いつまでも側にいたい……その想いは日を重ねる後とに募っていく。

「僕は……ただの料理人でしかない。 料理以外は能がないし……大切な人を、守る力だってない」

グッ

拳を強く握る。
が、加わる力などたかが知れている。

「今でも、たまにうなされてる……辛いことがあったのはわかる……でも、それが何なのかもわからない」

それを尋ねることが出来れば……どれほど楽なことだろうか。

「勇気がないんだよな……情けないな」
「……そんなこと、ないですわ……」
「!?」

後方からの、声。
思わず振りかえると、そこには……

「由依子さん!?」
「ごめんなさい……聞くつもりはなかったんですけど……出るタイミングを逃してしまったみたいで……」

ばつが悪そうにしつつ……由依子はウィズの隣に座る。

「ウィズさんは、優しいですものね……正直、その気持ちに、何度も救われていますわ」
「いや……優しいわけじゃないよ。 僕は……ただ、由依子ちゃんと一緒にいたいだけ。 我侭なんだよ」

それは、本心。
由依子に側にいて欲しい……それが、今のウィズの願い。

「でも……その気持ちが、私の負担にならないようにしてくださってますわ……ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げる。
その優しさが、辛くて……。

「ごめん……僕は……」
「……そうですわね……じゃあ今日は、私に対して聞きたいことを聞く日にしましょうか」

ウィズの言葉を遮って。
そして……ある決意をするために。
由依子はいつも通りの話し方で……変わらぬ時を夢見て、ウィズに問い掛けた。

「私に聞きたいこと……なんでも聞いてください。 余程の事でない限り、答えますわ」

それを聞いて……ウィズはなんとなく、由依子の意図が読めた気がした。
そして、それを辛いと思う、寂しいと思う自分もまた、子供なんだな、と認識した。
……だから……お互いが大人に近づくために。
由依子の言葉に乗ることにした。

「まずは……由依子さんはどこから来たの?」

その質問に、由依子は偽りなく答える。

「こことは別の世界、ですわ。その世界では……この世界をゲームの中と認識してます」
「ゲームの、中?」
「はい。つまりはおもちゃの中にある架空の世界、と認識されてます。 ……来てみたら、全然違っていてびっくりでしたけどね」
「う〜ん……難しいな……とりあえず、由依子さんはこことは全く違う世界から来たんだね? ブレイバルやラインハルトタウン、とかじゃなくて」
「はい」

その言葉を信じ……次の質問へ。

「どうして、この世界へ?」
「偶然……私たちの世界の人が、この中に閉じ込められてる、と知ったからですわ。 その人たちを助けるために、私たちはこの世界に来たんです」
「私たち……って言う事は、仲間がいるんだ」
「えぇ、私の兄様と……親友が」
「その人たちは……?」
「……わからないです……ただ、私はウリエルと戦って……いいえ、戦いにもなっていませんでしたわね……あっさりやられてしまいましたから……」
「それで……偶然この町に流れ着いたんだね……」
「ええ」

謎が解けていく。
そして……ついに、聞かなければいけない事を、聞く。

「由依子さん……もし、その親友や、兄さんが生きていたら、どうする?」

その言葉に……由依子は少し考えて、こう答えた。

「……兄様や親友のところに、行きますわ」





 翌朝……ウィズは起きあがれずにいた。
由依子の言葉……それが胸に刺さったまま、一睡も出来ていなかった。

(僕じゃ、ダメなのかな……)

何度考えても、気が重くなるばかり。

コンコン……

ドアをノックする音……この家には自分以外に由依子しかいない。

「ウィズさん? 朝ですわ。起きてくださ〜い」

気持ちが重くて、返事も出来ない。
出来れば、顔を合わせたくない。

(格好悪いな、僕……。)

そのまま黙っていると……

「……失礼、しますわ」

ガチャ

由依子が中に入ってくる。

「……ウィズさん……私……ブレイバルへ行きますわ」
「!?」

由依子の言葉に、思わず胸が詰まる。

「町で……水羽ちゃんが村を救って、ブレイバルに向かったと言う話を聞きました」

村を開放した人間は、すぐ噂になる。
この世界でそこまで力を持つ人間は珍しいのだ。

「ウィズさん……一度しか、言いません」

顔を真っ赤にして。
何度も深呼吸をして。
そして……決意をして。

「私を……抱いて、ください」
「!?!?」
「起きているのでしょう?」

その言葉に……ウィズは目を開ける。

「……気づいてたんだね」
「はい。 ……ウィズさん、ダメ、ですか?」

涙目で、顔を赤くして……由依子は何とか声を出す。
着替えの話の時なんて、目じゃない。
本気で、恥ずかしくて死にそうだ。
それでも……由依子は頑張って、話を切り出した。

「由依子さん……いいの?」
「聞かないで、ください……」

由依子の赤さがウィズにうつったかのように、2人とも真っ赤だ。
……しばらく時が止まる。

「……」
「……」

無言で見つめ合う2人。
……やがて、動き出したのはウィズだった。

「! ぁ……っ!」
「……」

由依子の頬に手で触れて……そして、キス。
ゆっくりとした……静かなキス。

「……由依子、さん……っ!」

力強く抱きしめる……そして、由依子もそれに力を入れて返す。
……この日、2人は1つになった……。





 「風が、気持ちいいですわね……」

その日の夕方……2人は出会った海にいた。

「そう、だね……。 ……ここだったんだよ、由依子さんが倒れていたのは」
「そして……ウィズさんがそれを見つけて」
「……うん」

ザザァ……

沈黙……お互い、言葉など要らなかったのかもしれない。
だが……それでも。
ウィズはこの言葉を、伝えなければいけない……そう、確信した。

「……由依子さん」
「はい?」

大きく息を吸って……そして。

「愛してる……これからもずっと……いつまでも……永遠に」

わかっていた。
由依子が自分の元から去ろうとしていることは。
だからこそ……気持ちを伝えておきたかった。
駆け引きとしては、卑怯に見えるかもしれない。
でもウィズには、駆け引きなんてない……ただ、伝えないのは悔しいと思っただけだった。

「私だって……」

一度、言葉区切って……由依子は微笑みながら。

「愛していますわ……いつまでも……だから……」

それに返すように、由依子も。
大きく息を吸って……一番言いたくない言葉を、言う。

「だから……さよなら、ですわ」
「……やっぱり、なんだね」

ウィズもその言葉が出るのをわかっていた。
でも、それでも……どうしても言葉が出てしまう。
引き止めたくなってしまう。

「ええ……私たちが逃げるわけには……いかないですわ」

くるりと背を向けて……ウィズの家とは反対の方向へ……一歩。

「……今まで、ありがとう」

ウィズも、頑張って……涙に濡れた声をごまかしながら。

「……こちらこそ、ありが、とう……ございま……す……」

由依子もまた、涙をこらえて。

「……うん」
「また……会えるといいですわね」
「そうだね……また、会いたいね」

ザザァ……ザザァ……

……長い沈黙……響く波の音。
そして……最後の、言葉。

「……ありがとう、ウィズ」
「お元気で……由依子」

2人は……そのまま目を合わせず、別れた。
由依子とウィズが、一歩大人になった瞬間だった……。






紅美「こういう別れ方が出来るのって、大人っていう感じがするなぁ……」

雄也「これがまた、彼女を強くするのかもしれないね」

紅美「そうですね……迷いのない、いい目になりましたし」

雄也「後は……恭平くんか」

水羽「ところで……こういう話も書けるのね、マスター」

SoU「もう2度と書きたくない……(汗」


次回予告

 散ってしまった最後の仲間、恭平。
その恭平はというと、たどり着いた町で、自分を鍛えていた。
恐らく生きているであろう、由依子と水羽を探すために。

恭平「由依子……水羽ちゃん……っ!」

永遠と思われるほどに、続く苦痛。
恭平はその苦痛に耐えられるのか。


第20話 Nightmare


恭平「こんな無力だなんて……自分が情けない……っ!!」