「桃太郎、犬猿雉を家来にする」   作/久遠



 おじいさんが滝に打たれて修行をしている頃、桃太郎はおじいさんの臭いを嗅ぎながらその姿を追っていた。腹が減ると飯時を選び、裕福そうな商家に押し入ると一家の者たちを虐殺した上で、凄まじい形相の死体の中で悠然と飯を食った。
 海に近づき、人通りも途絶えたところで、うしろから呼ばわる声がした。
「待て! 小僧」
 桃太郎が振り返ると、役人が大勢の家来を連れて近づいてくる。
「そこな小僧。名を名乗れ」
「桃太郎」
「うぬが桃太郎か。我は彦名犬麻呂」
「雉女」
「猿田彦」
 三人は馬上から桃太郎を見下ろしている。
「可愛い顔してるのね。名前も桃太郎だって」
 雉女は背から弓を外しながらつぶやいた。
「何が桃太郎よ。邪悪太郎こそふさわしいわ」
 猿田彦は自慢の剛剣を抜くと、軽く振った。風を切る音が聞こえた。
 犬麻呂は細い体の少年を見据えている。
「うぬの悪行もこれまでだ。ひっとらえい!」
 桃太郎の外見に高をくくった力自慢の家来が胸倉をつかんだ。桃太郎はさして力も入れずに、つかんだ太い腕を握った。
「ぎゃあッ!」
 肘を握り潰され、男は絶叫した。腕は骨まで潰れ、瓢箪のようになった。桃太郎は凄絶な笑みを浮かべた。
「小僧と侮るな!」
 長い黒髪を後ろで束ねた雉女が叫び、弓に矢をつがえ射った。射られた矢を桃太郎はぞんざいに左手で受ける。雉女の満足げな表情が驚愕に変わった。桃太郎は痛そうな素振りも見せず、腕に刺さった矢を抜くと、近づく者たちに投げつけた。
「うわッ!」
 その矢は一人の目を射抜き、さらにうしろの者の喉に刺さった。
「遊びにもならんわ」
 桃太郎はつぶやくと、捕らえに来た者の真っ只中に飛び込んだ。爪があたれば肉が裂け、殴られれば肉が潰れる。桃太郎の姿は血煙の中に霞んで見える。その影に怯え、逃げようとする者の足を踏みつけると、足が地面にめり込んだ。
 人間離れしたあまりの強さに、馬上の三人は蒼白になった。
「鬼じゃ」
 犬麻呂のかすれた声に、血で染まった桃太郎が笑った。
「痴れ者が」
 激高した猿田彦が刀を振りかざし、切りつけた。その刀を平然と右手で受けとめ、馬上からひきずりおろす。一蹴りすると、猿田彦は白目を剥いて悶絶した。
「や! 猿田彦」
 雉女が矢をつがえる。一の矢を無造作に叩き落とし、二の矢をつがえる雉女に近づき、桃太郎はその腰を殴りつけた。雉女は呻き声ももらさずに昏倒した。
 犬麻呂は二人が倒れるのを見て、馬を回し逃げようとした。が、飛びあがった桃太郎は、その首をつかみ、地面に叩きつけた。
「おい。ばばあはどうした」
 顔から地面に落ち、鼻血を流している犬麻呂は、ふてくされたように顔をそむけた。
「言え。ばばあをどうした」
 軽く二、三回平手打ちを食らわせる。頬が腫れあがった犬麻呂は憎々しげに答えた。
「うぬのことを聞くのに、責めに責めて責め殺してくれたわ」
「おのれ」
 桃太郎は悪鬼の形相で歯を鳴らした。
「その礼をせねばなるまいな」
 桃太郎は腰につけた皮袋の中から、どろどろとした肌色の丸いものを取り出した。
「なんだ、それは」
「キビ団子よ。食え」
「嘘だ! 吉備の国にキィキィ鳴く団子などあるものか」
「これは一度食えば、鬼に媚びてまで食いたくなる鬼媚団子よ。黙って食え」
 犬麻呂は固く口を閉ざした。桃太郎は鼻先で笑うと、左手をあごにあてた。力をこめると固く閉ざした犬麻呂の口が開いた。
「うまいぞ」
 犬麻呂の口の中にほのかに甘く、生暖かいものが入れられた。口の中で不気味にキィキィ鳴くそれを、犬麻呂は舌で口の外に出そうとした。が、鳴きながらそれはぬめぬめと蠕動し、のどの奥に這っていった。
「貴様らにも馳走してやろう」
 気がついた雉女はいやいやをした。猿田彦は恐怖に目を見開いている。桃太郎は嫌がる二人の口の中に、それを滑り込ませた。
 不快感が胃から全身に広がる。三人は吐き出そうと、口の中に指を入れた。全身汚物まみれになっても、それは出てこない。血と吐瀉物の臭いが周囲に満ちた。その中で桃太郎は凄艶な笑みを浮かべて立っている。
 唐突に胃から快感が広がった。嬌声をあげながら雉女は背を反らせた。犬麻呂と猿田彦は大地に腰をなすりつけている。
「あう、桃太郎様。お腰につけた鬼媚団子を」
 雉女は目を潤ませながら、桃太郎の腰にすがりついた。頬を桃太郎の腰に押しつける雉女を、犬麻呂と猿田彦は嫌悪と羨望の眼差しで見ている。
「ああ、俺の言いつけを守り、良く働いたなら食わせてやる」
 桃太郎は肩をつかみ、半裸の女を立たせた。
「さぁ、じじい退治に行くぞ」
 三人は歩き出した桃太郎の背を見ながら、泣きながら追いかけた。





「新たなる試練」(京木倫子)
 この続きを作って。






蟹屋 山猫屋