葱になった男


朝、目を覚ましたら僕は、一本の葱になっていた。
しばらく布団の中で、おとなしく横たわっていたが、このままでは、会社に遅れてしまう。 なんとか布団から出なければならない。
まず、寝返りを打つことを考えよう。起きあがるのはそれからだ。

寝返りってどうやるんだったっけ。
いつもは、何気なくやってる動作も、葱になってみると、 どうやってやっていたか、そのやり方が思い出せない。

そもそも、なぜ僕は、葱になってしまったんだろう。
昨日の事を思い出す。
確か酔っぱらって帰ってきて、そしてそのまま布団に崩れるように・・・。
ジャーン
目覚まし時計が鳴った。
もう起きなきゃ。どうしても今日、会社にへ行かねばならない。大事な契約があるんだ。
この契約にこぎつけるまで、ずっとこの1ヶ月頑張ってきたんだ。遅れるわけにはいかない。 昨日の飲み会は、その前祝いだったんだ・・・と思う・・。

記憶もはっきりしなくなってきた。僕は、人間だったはず。毎朝同じ時間に満員電車に乗り込み、会社へ行く。 イヤミな上司の悪口を肴に同僚と酒を飲む。仕事で失敗する事も時々あるけど、それなりにやりがいも感じている。 特に、生活に強い不満はない。まぁ、平凡なサラリーマンだ。

葱・・・一本の葱。
昔、ひとりの人間だったと思いこんでいた葱が一本。
そこにあるだけ。