愛花ちゃん


注文していた食虫植物がやっと届いた。
まず、名前を付ける。「愛花ちゃん」だ。ピンセットで、もがく虫を つまんで愛花ちゃんに近づける。パクッ。
「ん? おいしいかい。愛花ちゃん。」
食べ物を与える時が、食虫植物を飼う至福の時だ。僕たちに穏やかな時間が流れる。
「ただいま、愛花ちゃん。会社で蠅を捕まえたよ。逃げられない ように、上手に食べるんだよ。」
蠅を近づけると彼女はすぐに興味を示し、パクッと食いついた。

ある時、僕がサンドウィッチとコーヒーだけの簡単な食事をしていると、彼女の視線を感じた。
「何をそんなに見ているんだい?」
僕は、ハムを小さくちぎって彼女に近づけた。
「おいしい。」
彼女はそう言ったように僕には思えた。

彼女は何でも食べた。そしてだんだん贅沢になっていった。
ハムより肉。イワシよりマグロ。エスカレートしていく嗜好に僕はたじろいだ。
「愛花ちゃん。また虫を食べる生活に戻ろうよ。その方が 自然だよ。活きのいい虫を捕ってきて上げるから。」

心なしか彼女は、がっかりしたように見えた。僕は彼女の ためにいろいろな虫を捕まえて与えた。しかし彼女は少しずつ 葉づやが悪くなり、以前より食が細くなった。
「愛花ちゃん。前は、もっとたくさん食べたのに。僕の捕って来る虫じゃダメなのかい?」
元気がなくなっていく彼女を見るにしのびなくなって僕は彼女の好む物を与えた。彼女の喜ぶものを、彼女のために。

彼女は元気を取り戻し、以前よりますます贅沢になっていった。
鶏肉より牛肉。タコより伊勢エビ。彼女はエスカレートし、 日本料理を味わい、フランス料理を堪能し、中華料理を満喫した。

そんな彼女が再び元気がなくなっていった。原因はわかってる。 もっとおいしくて、珍しくて、まだ食べた事のないもの。
「いったい、君は何をたべたら満足するんだろう。」
僕は元気のなくなった彼女が愛しくて、やさしくなでた。 彼女は反応し、ちゅっと僕の指を吸った。

「あっ」

思わず引っ込めた指は、血がにじんでいた。 彼女が本当に求めているもの。それがわかった喜びの方が 指先の痛みより強かった。





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