赤紙

とうとう僕の所にも赤紙が来た。先月、マサシはアラスカへ汚れた海の浄化作業へ  二週間前、アキラはマレーシアへ熱帯雨林の植林へ行ってしまった。赤い封筒を開けてみる。 僕は、サウジアラビア行きらしい。仕事は砂漠の井戸掘り、水引だ。

二十歳過ぎると 若者は一度は、環境掃除に二年程借り出される。国からの強制的な派遣だ。赤い紙で 指示されるので僕らは赤紙と呼んでいる。

まず いつものように大学へ行く。キャンパスは最近、赤紙で捕られる人が多くなって きて活気はあまりない。事務所に届けを出す途中、ゼミでいっしょのケーコと行き会う。
「あら、あなたもなの。最近この書類よく見るわ。」
「もう来年の内定が決定したばかりだから、参っちゃうよ。」
「あなたは何処へ?」
「サウジアラビアさ。」
「暑そうね。」
「虫よけスプレー持っていった方がいいかな?刺されると、ひどく腫れるたちなんだ。」
「虫、いるのかしら。蚊取り線香も持っていった方がいいかもね。」
「ああ」
気のない返事をして、僕はアパートへ帰った。内定した会社には、証明書と赤紙のコピーを 添付して送った。

母に電話をする。
「もしもし、母さん。」
「あらまあ、珍しい。仕送りの催促かい?」
「だったら よかったよ。僕 サウジアラビアだってさ。行って来るよ。」
「サウジアラビアって おまえ、まさか赤紙・・。」
「そう、そのまさか。一生に一度は、どこかに行かなきゃならないんだし。最近多いんだよ。 僕ぐらいの年齢で行くやつ。井戸掘り覚えて帰ってくるからさ。」
これ以上話すと長くなるから、そうそうに電話を切った。

出発日、飛行場に行くと他にも僕と同じ赤紙組の男女十数人がいた。目の前に僕が乗るサウジアラビア 行きの特別機が、出発を待っている。きのうは、友人達が、僕のために壮行会を開いてくれて朝まで酒を飲んでにぎやかに 騒いだ。酒臭いだろうな。頭がガンガンする。
これから仲間になるであろう男女が、次々に専用特別機に  乗り込んで行く。僕らは、五十年程前の愚かな行為の尻拭いをしている。残り少ない大学生活と、 希望に満ちた就職。
僕は日本の未練を、振り切るようにタラップをかけのぼった。




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