風化

子供の頃から人に見えないものが見えていた。
見知らぬお爺さんが楽しそうに庭いじりをしているのを見る時は、いつもそばに祖母がいた。
「おばあちゃん、あそこにいるおじいちゃん誰?」
「あら、いやだ。お前は私がじいさんを思い出しているのが判るのかい?」
僕の生まれる前に亡くなった祖父は、それからも時折見えたが、それも祖母が亡くなったら見る事はなくなった。
毎年12月には、サンタクロースをよく見かけた。日常的に様々なものが見える。幼い頃は、そのたびに母に訴えた。しかし、「また始まったよ。空想癖が。」と 笑って取り合って貰えなかった。僕は、次第に自分だけに見えるものに慣れていき誰にも言う事はなくなった。

受信能力。恐らく他人が無意識にイメージしたものを受信し、映像化して見えてしまう能力があるらしい。 僕は、自分の能力をそのように理解している。

毎日、いろいろなものが見えるが、中でも強烈な映像がある。
毎年8月6日午前8時15分、空に巨大なきのこ雲が見える。多くの人達が8月6日になると同じ風景を思い浮かべるからだろう。 大きく不気味に空を覆っていくきのこ雲。
物心ついた頃から夏になると毎年のように見ていた。その雲がどんな意味を持つのか訳もわからず、その異様な風景に見入っていた。
しかし、ここ数年、きのこ雲が以前に比べて少し薄くなっているような気がするのだ。薄くというのは適当な表現ではないかもしれない。 リアリティーがなくなってきたとでも言ったら良いのか。いったいどういう事なのか。最初、僕の能力が弱くなったのかと思ったが、相変わらず日常的には、色々と見えている。
もしかしたら戦後53年経ち、きのこ雲を記憶して思い出す人が少なくなってきたからではないのだろうか。
いずれは、きのこ雲も時の流れの向こう側に流されていくのだろうか。
今年も、もうじき8月6日。去年よりちょっぴり薄くなったきのこ雲を見るのだろう。






蟹屋 山猫屋