かつていた世界


 去年の夏のことである。  私は妙な体験をした。正確に言うと私が体験したのではなく間近にみてしまったという事なのだが。どうかすると当の本人は、もう忘れてしまっているのかもしれない。

 私は自宅で絵画教室「やまねこ組」を開いている。変な名前と開設当初は随分と不評だったが長年やっていると誰も文句を言わなくなる。午前中は近所の主婦を対象に、夕方は少しばかりの学生を相手に教えている。
 その日は、とてもまぶしい朝だった。午前十時、私はやまねこ組の看板を玄関にぶら下げるために外へ出た。玄関先には犬がいる。名前をモサクという。名前のとおりモサモサの毛の茶の雑種だ。そのモサクと遊んでいる赤いランドセルを背負った子がいた。
 「ミヨコ、なしてここにいるの。学校は?」
 ミヨコというのは隣家の老夫婦の所にいた子で、一年くらい前にここから五キロほど離れた所へ親子で引っ越していった何人かいた兄弟の内の一番下の子だ。だからミヨコと会うのも久しぶりという事になる。特別目立った所もない、優しくすればつけ上がる普通の小学生だ。学校は転校しているのでこの地域の子ではないが、それにしても小学生が犬と遊んでいる時間ではない。
 「水源池行こうよ」
 「ダメだね。私はこれから絵を教える時間だからね。昼には終わるからそれからだったらいいよ」
 水源池とはここから歩いてすぐの、私がいつもモサクの散歩に行っている森の事だ。小学生の女の子がひとりで行くような場所ではない。
 ミヨコの話だと学校へ行ったら開校記念日で休みで、誰もいない家に帰ってもつまらないので、ポケットの小銭をぜんぶ使ってバスに乗っておばぁちゃんの家まで来た、という事情らしい。
 そうこう話す内に近所の主婦の生徒さん達がやってきた。彼女らを家に招き入れ、この日の画題のシャクヤクの花のポイントを説明しているうちにミヨコの事はすっかり忘れてしまった。
 二時間はたちまち過ぎ、生徒さんが帰るので玄関まで一緒に出た。
「それじゃ、先生また来ます」
「はい」
 私はにこにこと愛想笑いをしながら見送っていると、モサクと一緒に私を見ているミヨコに気付いた。
 「ここにずっといたの?」
 「うん」
 「しょうがないヤツだなぁ」
 「水源池行こうよ」
 「わかったよ。行こう、行こう」
 私は、強い日差しを避けるために帽子をかぶり、約束通りミヨコと、モサクを連れて水源池へ行く事となった。そこで不思議な体験をする事になるとは、思いもしなかったけれど。

 森の一本道を歩きながら話しをする。
 「何年生になったんだっけ?」
 「四年」
 「昼ご飯食べた?」
 「食べてないよ」
 「おばぁちゃんの所で食べてから来ればよかったのに」
 「いやだよ。だっておばぁちゃんの作るのおいしくないんだもん。どうせ冷蔵庫の中にある冷たいおにぎりを食べろって言うに決まっているんだ」
 何を言っているんだ、コイツは! とムッと思いながらも私は話を続けた。
 「それじゃ、おなかすいたでしょ」
 「うん。すいてるよ」
 「帰りは、おじいちゃんに車で送ってもらうんでしょ?」
 「それもいやだね。おじいちゃんきらいだもん」
 「どうやって帰るつもり?」
 「歩いて」
 「……。」
 こりゃぁ、私が何か食べさせて送って行かなきゃならないのか? それはいやだな。後で隣のおばぁちゃんに引き渡してやろう。 私は、そんな事をぼんやりと考えながら森の中を歩いていた。いつになく日差しが強い森は、今日に限って不思議と静かで、いつもはあれ程おしゃべりな小鳥のさえずりも聞こえず、普段はぶんぶんと飛びかって邪魔な虫も時おり耳もとで羽虫が飛ぶくらいで、私達は難なく森の奥へと進んでいった。 モサクは、厚い毛皮のせいか、すぐにハァハァと舌を出して息をしその息づかいを伴奏に私達は歩いていく。ミヨコは、私と話しをしながらも、落ち着きなくしゃがみ込んで石をひっくり返したり、棒で穴を掘ったりしながらついてくる。
 「お前、さっきから何してんの?」
 「ん? 知らないの? 水源池にはお金が落ちているんだよ」
 「はいはい」
 私は、また子どものたわごとが始まったと思い、適当に答えた。
 「前にね、カズヤ君とタカシ君と来たときにね、五円玉拾ったんだ。でね、カズヤ君がね、その事を誰にも言うなって言ったけどね、見つけたのはミヨコなのにね…」
 ミヨコの延々と続くたわいもない話しにいい加減な相づちを打ちながらモサクに引っ張られながら私は歩く。
 「変だなぁ。今日は見つからないなぁ」
 ミヨコは飽きることなく石をひっくり返したり、棒で穴を掘ったり。私はそんなミヨコを待つことなく歩くから、そのたびに走っては追いつき、またしゃがみ込む。「今度の学校の先生はね、とってもスケベなんだよ」「このあいだミヨコね、お兄ちゃんを泣かしたの」ミヨコのそんな話を聞きながら、一本道を歩いていくと急に視界が明るくなり、広い原っぱに出た。
 その原っぱについた途端、突然ミヨコが走り出した。走りに迷いはなかった。ちょうど原っぱの対角線上に当たる向こう側の方に吸い寄せられるように走っていった。 その時の森は、他に人は誰もいなくて静かで明るくてさわやかで、世界は全部森で、生き物は私とミヨコとモサクだけという妙な感覚があったのを覚えている。空はどこまでも透明で、私達をかこむその周りの空間が織りなす奇妙な一体感を私は全身で味わっていた。たぶん、他に誰かが広場を散策していたら、または他にも別な人がミヨコに付き合って私達と一緒に来ていたらこんな事は起きなかったのではないか。
ある一点に着くとミヨコはまたしゃがみ込んで土をほじくり始めた。 私は、ミヨコがしゃがみ込んでいる所とはちょっと離れた所のベンチに腰掛け、目をつぶって森を全身で感じていた。空気がきれい。光がきれい。影がきれい。緑がまぶしい。木漏れ日がまぶしい。水がまぶしい。(そこは水辺でもある。) あぁ、世界はなんて素敵なんだろう。素直にそう思える瞬間だった。その平和な静寂を破った声があった。
 「あったよー」
 「何が」
 「お金。掘ったら出てきた」
 「うそぉ」
 「土だらけだけど…あれ? 大きいよ。五百円玉?」
 「!」

 帰り道、ミヨコはこの五百円の使い道をあれこれ考え始めていたので、私は「お金はもっと大切に。すぐ使うなんて事をしないで」とたしなめた。
 「わかってないねー。こういう訳のわからないお金を持っていたらすぐにお母さんに取り上げられちゃうからね」
 成る程。結局ミヨコはこの日のお昼代と帰りのバス代を稼いでしまったのである。ミヨコ自身はこの出来事をさして自慢する風でもなく、さっきまで困っていた状況が打破できて良かったくらいの程度でしか喜んでいない。落ちているのを見つけたのではなく、埋まっているのを探し当てたのを間近に見てしまった私はミヨコの言うことに説得力を感じてしまっていた。さっきまでの私とはえらい違いだ。自分でも可笑しくなってしまう。
 「どうしてわかったの?」
 「いや、なんとなく。原っぱに出たとたんあそこかなって。なんとなく光ってるように思えたし」

 最初からしつこく水源池に行こうって言っていたミヨコ。このくらいの子どもは、すごく動物的だと思う。まだ人間に成り切れていないというか。言っている事は現実離れしていて馬鹿な事ばっかりなのだけれど、全部が嘘や妄想や思い違いではなくて、三パーセントくらいは本当の事なのではないかと思った。 この事をミヨコが言葉足らずで大人に伝えても「またこの子は」程度で片づけられてしまう話しだ。私も「何言ってんだよう」と鼻にもかけない相づちしか打てないだろう。 ミヨコは特別な子ではない。ただちょっとだけ困った状況にあった平凡な子だ。小動物の仲間である人間の子どもは、五感以外の感覚を当たり前に使って生きている。その能力を狭めていくのは、常識であったり、学校の勉強だったり。 私もかつてはそういう世界に住んでいたような気がする。大人に説明の出来ない世界。
 あれからミヨコには会っていない。あの夏の事をどのように覚えているだろうか。







蟹屋 山猫屋