最後のモア


 目の前に大きなタマゴがある。

 ひどくのどが渇いていて極限状態だ。もうすでに空腹感はない。このまま死んでし まうかも知れない。この大きなタマゴを割って、すすれば命はもうちょっと長らえる ことができるだろう。でも僕に、このタマゴを胃に流し込むことができるのだろうか ?


 これまで地球上に出現した鳥類の中で、もっとも背の高いジャイアントモア。身長 3〜4メートル、体重が230キロはあったと考えられている、キウイ型の飛べない鳥 だ。4万年ほど前からニュージーランドに棲息していて、多くの骨や痕跡がみつかっ ている。

 1838年、大英博物館に科学者の最初の調査をうけるべく送られてきたモアの大腿骨 を、当時の学者は、雄牛の大腿骨だと思い、次にウマの大腿骨だと考えた。しかし骨 の構造は鳥類の特徴を持つ。果たして鳥がそのような大きな骨を持つことがあるのだ ろうか。おおいに疑問だったのである。やがてニュージーランドには絶滅した大型の 飛べない鳥が棲息したことを確認したのだ。

 その後、ヨーロッパ人がニュージーランドをくまなく探すと、たくさんのモアの痕 跡が認められた。洞窟や沼地には骨があった。古いマオリ族の住居跡からはタマゴの カケラや骨が発見され、骨には焦げあともあったことから、狩猟の対象となっていた ことがわかる。またタマゴは長径が30センチもあることが判った。

   保存状態が良い場所からは、胃の内容物や羽毛までも見つかった。もしかしたらほ んの少しばかり前まで生き残っていた可能性がある。その後、19世紀初めに絶滅した とも言われるようになった。


 僕は、モアに関することをとことん調べ上げ、生存を確信し、未開発のニュージー ランド南島にはまだ生存しているはずと単身乗り込んだのだ。南島は美しい。サウス アルプスがたくさんの美しい湖と、流れの急な川を作りだしている。もっとも高いポ イントに登ったとき、思わず空を仰いだ。空が近かった。この空をモアも見上げてい る。僕とモアは同じ空の下にいる。そう思うだけで感動でいっぱいになるのを押さえ ることができない。モア探索は難航した。ごくまれに痕跡を見つけるが発見には至ら なかった。

 ある時、それらしい影を見つけた。僕は用心深く近づいていった。モアだ! 間違 いないっ! 僕は興奮した。カメラを構えフラッシュをたいた。何枚も撮った。もっ と絶好のアングルで撮りたい。もっと近づいて来い。我を忘れて構図ばかりに気をと られていた。モアは僕に気付き逃げるどころか近づいてきた。そうそうその構図最高 !

 僕は夢中だった。しかしモアは好奇心で近寄ってきたのではなく、もちろん友好を 示しに寄ってきたのでもなかった。見慣れぬものへの攻撃だった。それに気付いたと きはもう手遅れで、僕は戦って身を守るしか方法がないところまでモアは迫ってい た。

 古代から伝わるモア狩りの方法が2つある。立っているモアの脚に一撃を加えて地 面に倒すか、赤く焼いた小石を投げて、モアがそれを飲み込み自らの胃を焼いて死ぬ のを待つかだ。小石を焼く余裕はない。モアの脚に攻撃するしかない。足元にあった 太い枝を振り回したら運良く当たった。しかしモアの脚力は僕の予想をはるかに上回 った。倒れるどころか怒ったモアの攻撃を受け、僕は崖から落ちて動けなくなった。 しかしそれだけではすまなかった。なおも怒りに燃えたモアは崖から落ちた僕を追っ て一緒に落ちてきたのだ。打ち所が悪くモアは絶命し、動けなくなった僕が残った。

 なんてことをしてしまったんだ。最後の1匹だったかもしれないモアを僕が関わっ たことで、死なしてしまった。僕が死んでしまうのも仕方のないことだろう。ただこ とはそう簡単ではない事にすぐに気付いた。僕が動けなくなった場所からほんの数メ ートル先に巨大なタマゴがあったのだ。モアのタマゴは半分土に埋まっていて太陽熱 を利用して孵化する。放っておくとまもなく孵るだろう。

 こんな状態になってからもう3日になる。体は衰弱し極限状態だ。救助は期待でき ない。僕がタマゴに手をかければ生き延びる可能性はある。でもそうすることで、僕 は「最後のジャイアントモア」を2匹も殺すことになる。

 目の前に大きなタマゴがある。もしかしたら最後のモアのタマゴが。







蟹屋 山猫屋