青い夢




この挿し絵はマニエストQさんの絵です。
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青い夢を見たと患者が言った。
「青い夢? どんな夢です?」
「悪い夢ではないんです。むしろ安らぐというか、懐かしいというか」
「だったら何も病院まで来ることもないと思うのですが」
「ええ、そうなんですけれどね。目が覚めたら切なくて涙が止まらなくなる事があるんです」
「ほう」
「日増しにその度合いが強くなってくるんです。まだ仕事を休むほどではありませんが、いずれそうなるのかもと考えると怖いのです」
私は、軽い抑鬱剤と安定剤を調合して患者を帰した。

同じ症状を訴える患者はこのところ急増している。内容を総合すると、豊富な青い水の中に驚くほどたくさんの種類の生物が生存していたり、 青い空には飛ぶ生物が乱舞していたり。
夢とはいつも荒唐無稽なものだ。そのような景色は、この火星にはないのだから。現実逃避の一種なのだろう。
「次の人、どうぞ」
「あのぅ、先生、私最近、繰り返し夢を見るんです。それは青い…」

今日も同じような事を訴える患者をたくさん診て私も疲れていたのかもしれない。その夜、夢を見た。
この火星ではない世界だ。どこの世界なのだろうか。豊かな水の中に信じられないような様々な色や形の多種多様な生物。空は青く、そこにも生物が群をつくって飛んでいる。 暖かな雨がたくさん降り、多くの植物が陸を覆っている。

目が覚めて涙が溢れてきた。私が診てきた患者と同じ症状だ。なぜ、このような見たこともない景色を私は懐かしいと思うのだろう。青い夢のとりこになりそうだ。
私は抑鬱剤と安定剤を自分用に調合しながら、もしかしたら我々人類は、この火星に住む以前に別の惑星から来たのではないかとSF小説のような事を思った。
私は、安定剤の量を多めに調合した。








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