死神



 上の方で、多くの人々の声がしました。
少女はその下、その人たちから見えないところ寝ていました。
でも、自分の姿がぼんやり見えています。
それは横になって水の流れだけでふらふら動く自らの姿でした。
濁った水はその姿を半分以上隠しています。
でも、少女はそれを見下ろしていました。
それは首が、変な方向に折れ曲がっています。
 少女は、死んだのです。

 少女は、死んだのです。
冷たく凶暴な川に溺れて。
そして流され、誰にも見えない場所に引っかかり、そして死んだのでした。
首は折れ、お腹には水が一杯溜まり、生き返ることは決してありませんでした。
絶対ありませんでした。
その事を少女ははっきりと理解し、泣きました。
 少女の霊魂は、乳にも母にももう会えず、永い未来にも去られ、何より自分が死んだ事に悲しみ泣きました。
霊魂の目からは涙は出ません。それでもその悲しみは少女を泣かせます。
目前では亡骸が、水流に乗って無機質に動いていました。

 ずっと亡骸は動き続け、その中にかつていた少女の霊魂は泣き続けています。
悲しさに、寂しさも加わり。ますます泣いていました。
そんな時です。
何か冷たい物が、体を覆いました。
 少女の前から覆ってきたそれは亡骸を隠し、冷たかったそれは次第に温かみを帯びていました。
またそれは暗闇のように黒く、柔らかでした。
不意に黒い何かに覆われた少女は、泣きやみました。死んでしまったショックからでしょうか、怖さは全く感じませんでした。
 少女の頭を軽くなでられているのを感じました。
どうやら、その黒い何かは女の人のようでした。
「誰だろう」とも少しは思います。
母親でも祖母でもないのはすぐにわかります。でも、このように抱き締めるのは母親か祖母だけです。
 すると、話し掛けてきました。
「来るのが遅れてごめんね」と言い、次に自分は死神だと言ったのでした。

 その死神との言葉に少女は驚き、自分を抱いている死神の手から逃れようとも思いました。でも、その考えはすぐに消えます。
死神の声は安心させる物で、その肌の暖かさは死の冷たさを和らげてくれたからです。
少し手を緩め、その死神は黒い何かを外し顔を見せました。
今までは胸に少女を抱いていて顔が見えなかったのです。
顔は人のものではない、異常なほど青い目をしています。顔は若い女の人そのものですが、その目は大人でさえも驚き、怯えもしたでしょう。
でもその微笑みは、少女にそのような感情を抱かせませんでした。
 死神は少女に語りかけます。
「あなたは死んじゃったの。
もう生き返ることも、何もできない。つらいだろうけど、何もできない。
私もあなたにはほとんど何もできない。
ただ、あなたを送り届けるだけ。
私にもわからないあの世に送るだけ。
地獄なのか、天国なのかわからない。
そこにあなたを送るよ」

 少し沈黙がありました。
見ると自分を死神だと言う彼女の背には、何かがうごめいています。さっきまで少女を覆っていたあの黒い何かでしょうか。
それは何なのか川の水が濁っていてわかりませんでした。
 死神は少女に続けます。
「私も悲しいよ。
あなたが死んで私も悲しいよ。
みんなが悲しむのも私は悲しいよ。
でも、あなたは悲しみすぎないで。
悲しみが、他の人に伝わっちゃうから。
あなたはもういない。でもまだいる。
あの世に行ってもまだ、いる。
みんな何も感じなくて、私にも見えなくても、私は感じてみんな夢の中で感じる。
だから悲しみすぎないで。
良かった事を思いなさい。
それがあの世の糧になる。誰もいない世界でも糧になるから」
 死神が語った事に少女はうなずきました。

 死神は笑みを浮かべ、言いました。ありがと、と。
死神にとっても人が良い心でいてくれるのなら、嬉しいのでしょう。

 死神は少女を再び抱きかかえました。
少女をあの世まで送るためです。
すると一気に浮かび上がり濁った川から亡骸を残し、出て行きました。
黒い翼を、力強く駆って。
死神の背でうごめくそれは、翼だったのです。
大きな大きな黒い翼でした。少女を覆いもした黒い翼でした。
その翼は少女を包み込み、運びもする物だったのです。


 少女はあの世の入口で死神と別れ、そこに進んで行きました。
父や母、優しげな死神との思い出を胸に行きました。


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