山で彼女と




 僕が、不老不死の薬を探す旅に出ていた時だった。


 深い草をかき分け、僕が道なき道を歩いていると、人の声がした。
僕以外、誰もいないはずの山の中で。
「あなたはどこへ行くの?」
暗い木陰の中、白い顔を浮かび上がらせる、彼女は僕に話し掛けた。
彼女が何故ここにいるのか、不思議にも思ったが、僕は答える。
「不老不死の薬を探しているんだ。この山の向こうに探しに行く。こっち側にはそう言うものは無かった」
「あるの?」
「え?」
「それ、あると思うの?」
僕はあると答え、それについて説明を始めた。
 どれだけの人がそれを捜し求めているのか、死なない事がどれだけすばらしいのか、何より老いない事がどれだけの価値があるのか、僕の頭の中いつも繰り返している言葉を彼女に向けた。
 彼女はその説明を聞きながら、徐々にその異様なほど鮮やかな青い目を見開いた。
そして、その異常なほどの青い目のまま、僕を見据えた。
僕はその目に圧倒され、熱っぽく語っていた口から、声が消えた。
僕の固いと信じていた、信念の言葉が途絶えた。

 「あなただって死に続けていたじゃない」
不思議な事を言った。
「確かにあなたは生きてる。でも生まれていたんじゃないの
 一刻一刻あなたは違うあなたになり続けた。あなたは死んでいたんだよ。
 あなたも全ての者が生と死が、入り混じって分離できない。
 生と死が分離する、不老不死はありえない」
 明るい声で、僕に語り続けた。
「あなたは殺し続けた。
 自分自身の体を殺し続けた。
 自分自身の心を殺し続けた<。br>  自分自身の記憶も殺し続けた。
 体も心も、記憶まで生き残るために変り続けた」

 一つの叫び声。
小さな鳥が大きな鳥に襲われた、叫び。
彼女はそれに優しく微笑みを向け、
「ここも士に満ちているね」
と言った。

 どうした事か、僕はそれに返す事ができなかった。
生を愛し続け、死を嫌悪し続けた僕の心は、何も言わなかった。

 彼女が、暗く黒い木陰から出てきた。
黒ずくめの姿の彼女が。背には大きな翼を背負っている。
「あなたを迎えに来たんだ」
彼女は、自分を死神だと言った。


 僕が嫌悪し続けた存在だ。
死の時、寄り添ってきてその魂を運び去る。
いかに愛しい人からも、この世界からも強制的に運び去る。
僕が逃れるのを望んでいた存在だ。
 「あなたはもう死んでいるよ」
優しく語りかけ、彼女は言う。
そして青の歩みの先に、僕がいた。
草むらに倒れている、僕が。
生気のない体で横たわっている。
死んでいた。
僕が死んでいた。


「行こうよ。もうあなたが殺すものはいない。
 体は生きるのを止めた。
 もう、ここにいる事はできないの。今のままじゃ、不幸しか起こらない。
 あなたが死んだことは、私にとっても悲しいよ。でも嬉しいよ。
 あなたに、会えたから」
そう、手を伸ばしてきた。
青い目は、少し潤んでいる。
その方向に、死んだ僕がいる。もう不老不死を考えない、動けない僕がいる。このまま朽ち果てる僕がいる。
もう生きていない。
 おずおず、僕は彼女の手に触れた。
冷たい手は、次第に温かくなる。
彼女は、僕の死を少し悲しみながら、僕の手を優しく掴んだ。

 黒い翼が、僕の体に覆いを掛け、
そして、空に飛んだ。


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