少年の人形



 暗い夜、少年は家への帰り道に道に迷っていました。
引っ越して間もないため、道が良くわからなかったのです。
道をさ迷っているうちに、雑木林に出ました。
木々が風に揺れ、葉が擦れて騒ぎ出し、あたかも声を出すかのようで、昼間とは全く別の空間です。まるで、夜の間だけ何か得体の知れない存在がいるかのようです。
少年もまた、恐怖に駆られそこから出ようとしました。でも、少年の目を釘付けにする物があったのです。
 それは髪の長い人形でした。
黒い目で少年を見ていたのです。
 人形は雑木林の少し入ったところに無造作に下半身が土に埋まっていました。
黒い空間の一点、人形が白く輝き、闇夜の月の様でした。
それに不思議に引かれ、少年は怖さも忘れその人形へ近づきます。そしてゆっくり持ち上げ、土を払い両手で大事に持ちました。
長い黒髪が風に揺れ、月の光を反射し少年の顔を照らしました。
 それはきれいな着物を着た人形だったのです。
 少年はどうにか家へと帰り、そしてあの人形を親にも見せず自分の部屋の押入れへと隠します。
別に少年には人形の類を好む癖はなく、それにもかかわらずこの人形に引かれ、魅せられたかのようでした。
実際、少年には人が作り出せる美しさと思っていなかったのです。

 少年が人形を持ち帰ってしばらく経った日のことです。
いつものように、少年が押入れを開けると、人形が正座していました。
少年は押入れの中に置いたままで人形は立ち姿勢でそっとしていたと言うのに。
不思議に思っていると人形はゆっくり頭を下げたのです。まるで生きているかのように。
驚き声も出せない少年に人形は頭を上げ、いつものように少年を見つめます。
ただし、少し目を動かし、まばたきして。
人形が動いていたのです。
 それからと言うものの、少年が押入れを開けると人形は決まって正座していました。
頭を下げ、手を少年に向かって差し出したりしました。
そして歩き出し、声を出したのです。
小さな可愛らしくもある声を。
 少年は驚き、恐れもしましたが、人形の愛らしさ、怪しさのためにそのような感情はいつの間にかなくなっていました。
少年は人形へ言葉を掛け、動けるようになった人形と遊びをするようになりました。
 異変は続きます。
どうした事なのでしょう。人形は次第に大きくなっていったのです。
少年の手に乗るほどだった人形が、腰の高さにまでになり、目線がいつしか少年と同じになり、しまいには背丈を越えたのです。
それでも少年は人形を捨てる、もとい別れる気にはさらさらありません。
人形は少年と遊びたがっていましたし、少年自身引っ越してきたばかりでまだ友達が少ないのもあって、人形と遊びたいと思っていました。
日に日に美しく、怪しさも増す少女の人形とままごと遊びを続けるのでした。

 少年の家族には人形の存在を気づかれないように少女を隠します。
押入れの奥、少女はもはや狭い押入れに何の文句も言わず入っていきます。
そこで、少年が押入れを開けない限りじっと物音も立てず、一人でいたのです。
人形なのもあって水も食べ物も必要とせず、少年は少女を隠し続けていました。
これからも隠し続けていようと思っていたときです。
少年がいつもの通り押入れを開けると、人形の少女が泣いていました。
 それは今まで一度もありませんでした。いつも押入れを開けるとほのかに微笑み、嬉しそうに少年を見ていたのに、さめざめと泣いていたのです。
話を聞くとこうでした。
土の中に帰らなければいけない、そう言ったのです。
彼女は少年が彼女を拾った雑木林に生まれ、そしてもうそこに帰る時だというのです。
少年はもちろん反対し、人形の少女の腕を思わずつかんだ時です。
ぽきりと、少女の腕は折れ、さらさらと砂に変わっていったのです。
このままだと、少女は醜く崩れ少年の目に惨たらしい光景を映す事でしょう。
少女はその前に雑木林に帰りたいと言うのでした。

 少女は背の低い少年に黒い布切れを差し出し、手渡しました。
これを頭から被れば自分のまともな姿を見る事ができるとの事でした。
そして少女は夜、少年に付き添われあの雑木林に着くと、少年の方を何度も振り返りながら闇に消えました。
木々がうるさくざわめくそこはとても恐ろしく、少年は入る事は出来なかったのです。
悲しさのあまり、そんな気力も出ませんでした。
 後日、少年は人形の少女が渡した布切れを頭から被りました。
ですが、ただ暗いばかり、何も見えなかったのです。
 いつしか、少年はその布切れを捨てました。

 少年は時が経つにつれ少女の事を思い起こす事は少なくなり、いつしか忘れていったのでした。
少年の何かが終ったのです。


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