瞼の裏の夢


 瞼の暗闇の中で、人が歩いていた。
まだ、起きている意識のある時だ。


 暗闇の中で、ほのかに白い物が動き出し、それは人の形になり、私の瞼の裏で動いた。
手を振らずに歩いている。
次第に、背景とその人の色の対比は激しくなる。歩く人の色が強調され出す。
髪もなく、服も着ず、拘束着を着ているかのように、両手は胸の前で交差され、手と反対の肩で両手は自らの肩口で接合され、先端はない。
男でも女でもない。
顔はない。
ただ、前かがみに歩くだけ。
声もない。
背景がなく、進んでいるのかもわからない。



 ただ進む。
それでふと立ち止まった。
その人の目の前に、不思議な物はある。
宙に浮かぶ仮面だ。
一つ、大きく目をふたつ見開き、歩いていたその人を背景と同じ闇で見る。開けられた口は笑うように開いている。
仮面は生きていないだろうが。
 いや、白く服を着ていない人も生きていないだろう。
目鼻も何も顔もなく、男でも女でもない、何かだ。
人ですらないのかもしれない。仮面と同じく。

 異様な光景だ。
目の前の闇に、両手のない人型の何かと、笑うような仮面があるだけだ。
二人、いや二つとも互いに見ているかのように、生きていない顔を合わせあう。



 上から赤い何かが滴り出してきた。
それは仮面と人型の間に溜める。
それに答えるように、仮面からも、白い人型流れ出す。
仮面の空虚な両目と口から、人型の白い何もない顔から。
徐々に滴り出し、流れ出す。


 血なのだろうか。




 赤い液体が、何かを形成し始めた。
液体が仮面と人型を隠し始めた頃だ。
何かに固まり始める。その色のままで。血のように変色する事もなく。
三方からの液体に構わず、
花になる。
花びらを形作り、花となった。
赤い花になった。
暗闇も仮面も人もいなくなり、花が夢の中、広がった。



 夢から覚め、窓を見、気づいた。
今の季節に花はないことに。




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