腕の夢


 誰かが、私の元に歩いてきた。
その人に、腕はない。


 夢の中で、私は彼女を見る。
腕のない彼女を。
両の腕は後の暗闇にの中に落とし、黒い中に消えた。
赤い血も、音もない夢の中、彼女は私の方にまっすぐ向かってくる。
乳白色の地面。それを眩しそうに目を細めながら。

 長い袖をはためかせる。
腕が入っていない外套の袖。
舞っているかのように、はためく。

 傷口はない。
血もないから。
装飾物の腕。
彼女の腕は、いらない物になる。
今必要なのは、腕以外の体だけだ。


何も
掴めない体。
得られない体。
抱き締められない体。
彼女は、私の肩に顔を乗せた。
羽の様に軽い体を、私を預ける。
細く脆い、針金の様な体。
私に寄りかかり、目を閉じた。


 しばらくそのまま。
不意に、彼女は崩れ落ち、砕けた。
そして地面に消える。
乳白色の地面に。
 腕のない私の体。
腕を喪失した彼女と同じ、無力な体。
この時のためだけの体。
腕のない私たち。
どうする事もできない。
彼女が消えた地面に向かい、体を叩きつけるだけ。



 朝。
腕はある。腕が戻っている。
あの、彼女と言う自分がいないまま、力強い腕が戻り、彼女をなくした私だけが残っている。



back