ハデス




一筋の光がある。
一つの半円形の出口から あふれんばかりに光が出ている。
光は当たった所を闇雲に照らす。
どんなに隠しておきたい事ですら。
男が泣いている様子もを。

出口に一つ影ができる。
それは一瞬で消え、もう見えない。
白い光は出続けるのみ。
照らすのみ。
重厚なよろいを着ている男が泣くのを。
さめざめと涙を地面に落とすのを。

暗闇の中にいる、少し黒光りしている鎧の数筋の白髪がある男が、
泣いている。
地面に落ちる、涙だけが 涙だけが、強く輝く。
男は王。冥界の王、ハデス。
死んでいることに気づいていない死者たちの国の王。
暗闇の主にして神。
天上の神々を除き、闇の中 彼は絶対。
何も見えない闇の中……彼は………
孤独。
彼は孤独。
ここはある種の死者の国。生者は彼だけ。
どんなに美しい者も、どんなに知恵のある者も、皆、死んでいる。
異臭と蛆虫をどこかに持つ。
死者 死者で、埋め尽くされている。
死んだことに気づきもしない、死者たちで。
何千もの長い年を経て 創造神の子供として生まれながら、
明るくない場所で、親友にしているのは、孤独だけ。
心の中、存在し続ける、
孤独だけ。
友と呼べる者はいない。

光のある所。
人間たちの地上、神々のいる天上。
羨ましく感じた。
明るく見える。過度に。輝いて見える、過度に。
ああなんとこの冥界と違う事なのだろう。
この世界から出ようにも出られず、孤独が友。依然として。

善くない事をした。
天上の女神をこの闇の中に、召喚した。
清涼が欲しかった。
彼女の召喚とともにハデスは、見えない光を感じる。
彼女の怯える顔はまだ見えない。
   泣き声もまだ聞こえない。


うろたえるハデスの前には、女神。
怯え、泣く女神。
冥界の暗黒は生者を蝕む。
清涼を得たいばかりに、彼はそれを忘れていた。
彼の心は孤独で少し病んでいた。光に、疎んじられすぎていた。
それで少しだけエゴイスティックになっていた。

最高神からは警告が届く。彼女を天上に帰せと。
天上のための女神だからと。
それには従うしかない。ハデスはここだけの神。簡単に負けるのだ、権力は天上の神々に比べ大きくはない。
それで女神は光の中帰ってゆく。
冥界に何のよい思い出を持たずに。
光の中へ、彼女のいるべき場所へ。帰ってゆく。

最高神は言う。お前の孤独は止むおえぬと。
だからたまに彼女を冥界へ生きたまま行かすと。
でもハデスにはわかっている。もう二度と目にしない事を。
ここは彼女がいる場所じゃないから。
自分だけが永遠にいる所だから。


涙は落ちる。
涙は落ちる。
涙は落ちる。

光が消えそうになる冥界の、光と闇の狭間で、
涙は落ちる。
涙は落ちる。



この涙の海には、生命はいない。
塩辛すぎて、悲しい水と塩でできているから。

孤独なハデスの涙の海には、誰も来ない。
波打つだけ。


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