都会の木


 とある大都市の話です。

 多くの人々と臭いガスを出し続ける自動車と工場ばかりある町の中央部に不釣合いな物がありました。
それは街の人々がお金を出し合いわざわざ遠くのジャングルから運んできた一本の巨木です。
それはもう、すでに枯れようとしていたのです。

 木はどっしりと、動きません。いえ、動けません。
木はしいんと、しゃべりません。いえ、しゃべれません。
木はただ、耐えるだけです。
だって、ただの大きな木ですから、耐えることしかできません。
どんなに苦しくても。 どんなに痛くても。
どんなに叫びたくても。どんなに怒りたくても。
どんなに悲しくても。 どんなに泣きたくても。
この木はただの木。ここに立っていることしかできません。

 この大都市に緑はありません。
ここにある緑色のものはインクかペンキかそれらで塗っているものだけで、植物はありません。この大木以外は。
ここはみんなが気づかない地獄なのです。

 この街の人々にはこの大木を守ろうとする意思はありませんでした。
無責任にもみな、忙しかったのです。
忙しいあまりに使う、自動車や物を作る工場からは毒の嫌なにおいのガスが発生し、大木の葉を一枚ずつ枯らしていきます。
 だって、必要な物ですから減らすなんてできっこありません。
自動車は人と物をすごい速さでびゅんびゅん運び、工場ではみんなが着る物、食べる物を果てしなく作ります。
 自動車と工場が無かったら、人々とは死んでしまうでしょう。

でも、自動車と工場は木を殺そうとします。
誰一人、助けようとしません。
人々にとっては大木がどうなろうと正直関係なかったのです。表面的にしか興味を持っていません。
 だから木は死ぬのです。

 大木に助けはありません。
無遠慮な人々の行動によって大分枯れたのです。
さらに、暖かなジャングルに守られていた時と違い、ここは大木には寒すぎたのです。
冬は寒くて、夏はもっと寒いのです。だって、夏の方が人々の行動が活発ですから。

木は汚い空気を吸います。ジャングルの清浄な空気の味を思い出しつつ。
大木は汚い空気が自分の体を腐らすのを知りつつ吸い、きれいな空気を吐きました。
人々にとっても良い空気です。こうするのは企図しても義務、やるべき事。
 でも、人々はこのきれいな空気を使う権利を酷使し、さらにひどいガスを出したのです。
大木は何も言わず、それさえも吸い込み、空気をきれいにしては枯れていきます。

 葉は真夏でも、生えません。枝は腐りました。
強烈な痛みがしたことでしょう。でも我慢しました。人通りの無い夜に枝を落とすために。
でも、そんなのはこの街の人々には関係ありません。夜に落ちたのはただの偶然と考えたのです。
自分を殺そうとする人々を気遣って、腐れた枝を夜に落としたのに。

どんなに木は叫びたかった事でしょう。どんなに木は訴えたかったことでしょう。
できないのです。できないのです。
だって、木なのですから。人々が気づく以外にはありません。
ですが、気づくはずは無かったのです。

とある大都市の真ん中にあった大きな木が完全に枯れたので、新たな木が運ばれてきます。
お金に物を言わして運ばれます。
 ここは罪無き木の処刑場でした。





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