虫たちの楽園


 気持悪い虫が飼われていました。

 汚い黒々とした体の大きな虫たちが大きな溝一杯に蠢いています。
臭いゴミをそこに投じられては、虫たちはそれを恥ともなんとも思わずそれを瞬く間に食べては急速に増え、何かあるたびに気に障る音を出します。
その様はまるで地獄に落ちた数多くの罪深い亡者が一斉にのたうち、苦しむような様でした。
 それを見る人たちはみな、顔をしかめ、睨みつけ、嫌な顔をします。
それは何もその虫たちが酷く気持ち悪いだけではありませんでした。
この上なく気持悪い、汚く醜い虫が人々にとって必須な存在だったからです。

 汚い虫たちは国中を走り回り、戯れ、人々に迷惑をかけていました。
何せ虫たちはあまりに下水やゴミ箱といった場所にいて、しかもそれが病院のゴミ箱にも潜んでいた物ですから得体の知れない病気を持っておりそれを人々に移しましたし、ちょっと目を離した隙に人々の食べ物にも噛り付いては食べ物を汚染し、もう食べられなくしたのです。
 また、人や動物が眠っている間に手や足、髪の毛にも噛り付き体中をボロボロにもしたのです。
その上衣服や建物、大切な本にまで噛り付いてはめちゃくちゃにします。
何より、そうやって虫たちは子孫を増やし、被害も増やすのです。
被害は増える一方で、虫たちを人々は憎み、この世からいなくなるのを願っていました。

そんなある時です。その国の博士がすばらしい物を発明したのです。
それは虫たちを絶滅させる、ガスを発明したのでした。
しかもそのガスはあの憎まれている虫だけを殺し、他のいかなる生き物には害が無いすばらしい物でした。
 その効果はてきめんで、ためしにガスを撒いたビルからはたちどころに虫がいなくなったのです。
こうして国中でガスは使われる事になったのです。

 虫たちは全滅したのです。
みんな喜び、博士を称えました。
あれだけ醜く、憎んでいた虫がいなくなったのですから。
もう何も虫たちに噛り付かれません。傷はなくなりました。服も建物も本も虫を警戒する必要はなくなったのです。
 ですが、悲しい事もゆっくり近づいてきたのです。
かわいらしい小鳥や人々が食べる魚がいなくなり、作物もあまり育たなくなったのです。
臭うゴミは溜まり、木々は元気なく、くすんだ色の葉を生やし、人々の心と腹の上は深刻になり、あれだけ活気のあった街は静まり返りました。

 その原因は割合すぐわかりました。
小鳥達や魚がたくさんいて、作物も多く取れた昔と寂れた今と唯一変ったのは虫たちがいるいないかそれだけだったのですから。
 つまりこう言うことだと博士は言いました。
「我々が忌み嫌っていた虫たちは確かに下水やゴミ箱に潜み、病気を伝えた。
だが、下水の有害な泥やゴミ箱のゴミを虫たちが食べる事により糞を出し、その糞こそが植物にとって栄養だったのだ。虫の糞と言う我々にとっての毒物は植物にとって薬だったのだ。
そして、小鳥や魚はあの汚い虫を食べて生きていたのだ。
ゴミを食べそれを減らし、作物や木々、小鳥達や魚にとって汚らしい虫は生きる糧だったのだ。
つまり我々はあの憎たらしい無視によって支えられていたのだ。
我々の愛らしい、必須な物はあの虫たちを必要としていたのだ。
今すぐにでもあの虫たちを国中に放し、元の通りにしなければならない」

 研究の結果、まさしくその通りだったのです。悲しい事に。
小鳥達も魚達も汚らしい虫を必要としていたのです。
虫たちの糞により木々は茂り作物は実っていたのでした。
こうして下水にわずかに残っていた虫を見つけ出し、虫を増やす事になったのです。
虫を増やすために作られた溝には、虫が一杯いて虫たちとこの現実を怨まない人はいませんでした。

こうして虫たちは冷たい視線の中、放たれました。
人間を置き去りにした天国が再開したのです。





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