平和な時


 蝉が鳴いていました。
そして死にました。

 蝉は木に止まって鳴いていましたが、急に鳴くのをやめたのです。
死んでしまったために。
もう鳴く事はありません。
 ただポトリと風に吹かれて地面に落ち、仰向けのままで動きません。
じっと死んでいます。

 蝉はそのままで太陽は昇り沈みました。
小さく細かい蟻がその蝉にたかり、砕き、食べもしました。
ですが雨は降り、蟻たちは流され、蝉はほとんどそのままでいます。

 激しい日の下蝉はいます。
走り抜ける少年の足が、蝉の足を潰します。
少年は後を振り返らずに去ってゆき、蝉は蝉じゃないものになろうとしていました。

雨は幾度も降り、太陽は昇り沈みを何度も続け、夏は終ろうとします。
陽は低く弱く、雨は冷たくなってゆきました。


 あの蝉はまだいました。出ももうあの蝉ではありません。
お腹から白い棒の様な物が生えています。
それはキノコでした。
死んだ蝉にだけ生えるキノコでした。
 蝉なのはもうすでに薄い外皮だけでその中は白いキノコの根が充満し、キノコそのものとなっていたのです。
蝉としての外見はもう、偽物とさえいえるものになっていったのでした。


 全ての生物が死に、別な物になり、残された外見は偽者となる日常が、絶え間無く過ぎてゆきます。
平和な時が過ぎ、また来るのでした。





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