赤ん坊への手術



 子供が生まれました
いいえ、子供は生まれさせられました。
まだ、ちゃんとした人の形にすらなっていません。
唯一の自分の存在を示す事ができるのは、可愛らしさは無く、不気味な己の姿だけです。
その赤ん坊はまだ、母親のお腹にいなければなりませんでした。
 でも、無理矢理引っ張り出されてしまったのです。
そのまだできていない肌には、外気は凶暴で、苦しいものでした。

 赤ん坊は長い間、母親のお腹の中にいるものです。
そこで、暖かい中栄養を貰いつつ成長するのです。
おそらくそこで眠っているのは、安心できるでしょうし、何より幸せでしょう。
 でも、それを止めさせられる事はあるのです。
非情にも、赤ん坊をいない事にするのです。


 赤ん坊は薄目を開けます。
口を開き、耳をすまし、手を伸ばします。
苦痛の世界を少しでも知ろうと、まだ鈍い五感をフルに働かせて。
でも、何もわかりません。
何もわからない味に冷たくて嫌な手触り、雑音ばかりするために。
目にするのは、ぼやけ何も見えません。
 暗い、母親の中にいたのですから、その目は役に立ちませんでした。
よくわからない新しすぎる世界にいじめられたのです。

 声を出します。
いいえ、出そうとします。
出はしません。
赤ん坊がこの世に物を主張するための泣き声は出ません。
出るのは涙でした。
誰一人見ることの無い涙だけ。
お医者さんも母親すら見ません。
 赤ん坊をなくそうと考えている者には見えません。
何より、この場には赤ん坊をなくしたい者しかいないのです。
笑みを投げかける者も、惜しみをぶつける者もいません。
仮に悲しんでいるお医者さんや母親であっても、ここまで来ても元の通りにする事はできないのです。


 毎日多くの赤ん坊がこのような目に遭っていると聞きます。
彼らはそれに抵抗できません。
決して抵抗できません。
されるがまま、いなくなるのです。
 その足で歩く事もなく、まともに息をすることもなく、意識を持つこともないままで。
彼らはいなくなって行くのです。
あまりにされるがままのために。弱く、動けないために。



 赤ん坊はいなくなりました。
もう、痕跡すら残っていません。
残せる物は持っていませんから。


 その手術は便利な物でしょう。
その手術は人を時に幸せにしたでしょう。
でも、不運な赤ん坊をいないことに事にさせます。

 悲しい赤ん坊への手術でした。


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