不幸の女と幸福の男



 これから、人々にとってとても嬉しい事が始まろうとしていました。
みんなそれを祝う祝宴をはじめ、その時を今か今かと待っています。
 処刑の瞬間を待っていました。
不幸の女性の処刑をの時を。

 広場には何とも言いがたい、特別にあつらえた不思議な模様が描かれています。
そこに、一人の女性が体中を呪文を書いた紐で動かないのように、グルグルに巻きつけられて連れてこられました。
彼女こそが、“不幸の女”だったのです。
人々に永きに渡り不幸を与え続けた、厄病神です。
 占いによると、黒い山の中に人々に今まで、散々不幸を与え続けている者がいると出たのです。
昔からしょっちゅう起こる不幸な事件や事故の元凶は全て彼女が原因だと言うのです。
彼女はなぜかしら、不幸を人々に与えるのです。
不幸は憎むべきもの、少しでもなくすべきいらないものです。それで悲しい不幸をなくすために彼女を捕まえ、退治する事になりました。
そして彼女に賞金が掛けられて、見つけだされました。
彼女が不幸を味わう様を楽しみにする、観衆の目の前に連れてこられたのです。
 外見上、彼女はただの女性でした。
来ている服も特段、変ではありません。
でも聖水を浴びせると、彼女のうめき声と共に聖水がかかったその体の部位は火を押し付けたかのように焼けただれました。
聖なる物に酷く弱い、占い通りの性質です。
 ここで、占いが本当である事が確かめられました。
このまま全てが占い通りであるのならば、もう人々から不幸はなくなるでしょう。
お金に困る事も、病気に苦しむ事もなくなるのです。
 占いが真実だと知った人々は、より笑い、歌い、踊ります。
幸せの絶頂を感じ始めたのだから。

 みんなが楽しみにする処刑は始まります。
誰も彼も、その女性を哀れむ者はいませんでした。
嫌な事を引き起こした者へ、そんな物は起こりようがなかったのです。
 彼女が泣き叫ぶ声に、みんな盛大な拍手をしました。
地面の文様に近づくにつれ、その体は蝋燭のように溶け出しました。
痛々しい姿に、人々は喜びの笑みを向けます。もうすぐ、処刑が終るのをわかっていましたから。
そして一気にその文様へ、投げ込まれ、姿はなくなりました。
 聖なる文様の中、その痕跡はありません。
嬉しさのあまりに歓声は沸き上がり、不幸のなくなった事を祝い続けました。


 占いにより、次にするべき事がわかりました。
それは“幸福の男”を探し出す事です。
彼を探し出し、この町に住まわす事ができるのなら、より一層の幸せがやって来るのは確からしいのです。
占いによっても彼がどこにいるのかははっきりとはわかりませんでしたが、でもこの辺りにいる事だけは確かなようでした。
早速男が住む立派な宮殿は建てられ、彼に賞金が掛けられました。
でも、見つからなかったのです。
 更に賞金を上げても、見つかりません。
 そうこうする内に、月日は流れ、ようやく見つけ出しました。いえ、正確には彼の痕跡がです。
痕跡があった場所は以外にもあの“不幸の女性”が住んでいた黒い山の奥にある洞窟です。
そこに幸福の男が着ているとされる、外套があったのです。
 その外套が発見されてから程なく、このような噂が流れます。
「実は“不幸の女”も“幸福の男”も同じ人物だった」と言う噂です。
確かに、“不幸の女”がいなくなっても不幸らしい不幸は変わらず限りないほどに表れては消え、表れては消えます。
幸福感も別にそんなには感じません。
 ある時、占い師の水晶にこのような文章が浮かび上がりました。
「“不幸の女性”と言う私も“幸福の男”と言う私も、あなたたちは探し続ける。
 不幸と幸福が別々の物であると考え、信じているために。
 だが、不幸があるから幸福があり、幸福があるから不幸があるのではないのか。
 故に、その両方を否定する事はできない。
 占いによれば、“不幸の女”と言う私の一部を殺すためにあなたたちはやってきて、そのあまりの情熱のために私はそれを避けるkと尾ができないと言う。
 だから私はあなたに殺されよう。
 だから、あなた方が望む理想を実現させてあげよう。
 “幸福の男”と言う私がいなくなる代わりに。
 あの男は、私が外套をまとった姿に他ならないのだ」

 事実、幸福の男はどこをどう探しても見つかりませんでした。
占いにも、ついにこう出ました。
「幸福の男はもういない」と。
不幸と言う悲しみを失った代わりに、幸せというなくてはならない物を喪ったのでした。

 もう、何が辛くて何が楽しい事なのかもうわからなくなりました。
どんなに面白い事をしても、なにかつまらないようになったのです。
笑顔を見せても、どこか悲しげなのです。
そんな幸福も悲しみも喪った逃げられないある種の不幸が、ずっと続いたのでした。
 もうみんな、お腹の底から笑うことは決してないのでした。


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