山のお爺さん


 冬山にお爺さんが一人でいます。
別に道に迷っているわけではありません。
捨てられたのです。

 年を取ったお爺さんは、寒さに震えます。歯が残っていたのなら、かたかた鳴らしたことでしょう。
雪は次第に強くなり、吹雪いてきました。
誰一人、お爺さんを助けには来ません。ここで死ぬためにお爺さんは連れてこられたのですから。
村人達は村で一番年寄りで体の弱いお爺さんを、捨てました。
この冬は越せないだろうから、人が早めに減ることで食べ物に余裕が出来るから、毎年毎年、村人はこの山に年寄りや病人を連れてきては、捨てるのです。
泣きに泣きわめいた後、捨てるのです。
悲しみながら捨てるのです。


「なんまいだ。なんまいだ」
お爺さんは震えながら祈ります。そんな村人達のために、祈ります。

「なんまいだ。なんまいだ」
お爺さんは、震えるしわだらけの折れ曲がった手で必死に数珠を握りつつ祈ったのです。

「なんまいだ。なんまいだ」
別に何の憎しみも怨みも持たず、村人達のために祈ります。自分もまた何人もの人を捨てたお爺さんは祈ります。
仏さまに向かって祈ります。

「なんまいだ。なんまいだ」
おととし産まれた、孫のために祈ります。祈り続けます。孫の明るくて希望に溢れた笑顔に頬擦りしたのを思い出しながら。
大きく元気になるように祈ります。

「なんまいだ。なんまいだ」
自分のためにも祈ります。安らかな、お浄土に行けるように。
少しだけ祈ります。


「なんまいだ。なんまいだ」
寒くて寒くてしょうがないけれど、祈ります。寒くて口は動かず、手も動かないけれど。

「なんまいだ。なんまいだ」
もう声にもなっていません。
頭の中だけで、頭の中だけで祈っていました。
それでも仏さまは聞いて下さると信じて、祈ります。

「なんまいだ。なんまいだ」
体の痛さのあまり、涙が出てきました。あまりの骨身に染みる寒さに体が痛みを覚えたのです。
でも、祈り続けたのです。
村人達と孫の幸せのために。


「なんまいだ。なんまいだ」




「なんまいだ。なんまいだ」





「なんまいだ。なんまいだ」
なんだかあったかくなってきて、とろりとまぶたが、少しづつ少しづつ、降りてきたのです。



お爺さんは笑顔で雪の中、動きません。



来年もこのようにして、人が死ぬのでしょう。






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