泣かない赤ん坊


赤ん坊が、泣きません。

赤ん坊が泣かないのです。
柔らかな体でぐったりとしたまま。
力なく口を開けています。手足の指は常に地面を指しお目目は軽く閉じています。
これ以上開きも閉じもしないでしょう。
手をいじわるにつねってみても、そのまま。
ぐったりとしたまま。

何もしないのです。


死んでいました。


泣きます。
王は泣きます。
家来も泣きます。民も泣きます。
こじきすら泣きます。
その中でも王妃の悲しみはとどまりません。
ご自分の子供でしたから。

いつも笑っていた王妃の顔には涙しかありません。
明るい花々が色とりどりに咲き乱れる南国の宮殿に、花はありません。かわいらしい小鳥も追い出されました。
苦しみのあまりに。
明るい色調が、明るいさえずりが王と王妃の気分を害するために。
この国は暗い国になりました。

悲しみにくれた王妃は、王や家来の励ましの甲斐なく寝ないで泣いていました。
ずっと泣いていました。
ですが何か気配を感じたのです。
懐かしい気配だったでしょう。そこに、亡くなったはずの王妃の子供がよちよちと歩いていたのですから。
信じられず、王妃は駆けます。今までに無い力を足にこめ、韋駄天のような速さで駆け寄ったのです。
しかし、その子供を抱こうにも何か壁があり、それ以上前にいけません。それは壁と言うより、綿のように柔らかなギヤマンのような透明な物が邪魔をしたのです。
 それに難渋していましたら、目の前にいる子供は次第に大きくなり、青年へと変りました。
驚く彼女に元は赤ん坊の姿だった青年は声をかけます。
「自分は死ぬために生まれた」と。

 彼は続けます。
「自分は死ぬために生まれたのです。
明るいこの国で死は無視される物で、死んだ者はそんざいな扱いを受けます。
それを正すためにあなたの元に生まれたのです。
誰にでも訪れる死を、考えさせるために生まれました。
死があるから我々は生きているのです」
そう言ったのです。
そして最後に、彼女に礼を言いました。

青年は後ろを向き歩き出します。
王妃は自分の子供の名を叫びましたが、彼は振り返りませんでした。
もう、王妃の子供ではないからです。


やがて、その国は前の明るさを取り戻していました。
花々は咲き乱れ、小鳥は歌い合います。
王妃も笑うようになったのです。
黒い服を着ながらも。





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