蟻の死


 何の因果か、小さな道の真ん中で蟻が死んでいました。
一生懸命働いていた、蟻たちはぺしゃんこになっています。
それはただただがむしゃらに、昼も夜も無く仲間と女王のために働いていた蟻たちでした。
 蟻たちは別に何も悪い事はしていません。
 蟻たちは別に何も変な事をしていません。
 別に罰が当たったわけではないのです。
単に、いたずら者の少年がせせら笑いながら踏み潰しただけです。
 誰も悪くありません。
ぺしゃんこの蟻たちは。いたずら者の少年さえも。

 多くの蟻たちは不条理に死んでいます。
バラバラになった体を、あちこちに散らして。くわえていた餌や、おなかに貯めた蜜をぶちまけて。
悲惨にも見える光景でした。
でも、ちっとも悲劇ではないのです。
仲間がいますから。

 まだ、多くの仲間がいますから、悲惨ではないのです。
手足の一本ずつ、潰れた頭や胴体一個ずつ、ぶちまけた餌や蜜を集めなおして、仲間たちは巣へと戻ります。
入り口は小さいけれど、ずっとずっと地下深い巣の中へと入るのです。

蜜は蟻の口伝いに、女王の口へと入り、餌は倉庫へ入り、いつか食べられます。
少年にぺしゃんこに潰された蟻たちも、食べられるのです。

むしゃむしゃ、もりもりと、死んだ蟻は生きている蟻たちに、また小さな子供の蟻に食べられるのです。
力のある糧になるのです。これは残酷ではありません。
人間の感覚を蟻に当てはめてはいけません。
この仲間たちが、女王が、繁栄する糧になるのですから。
我々が感じる不幸は、蟻たちにとってなんでもない事なのです。br> 死が糧になる、力強い生物なのですから。
 このような死がないと、それを上回る絶滅がある、弱くもある生物なのですから。
蟻には死が必要なのです。
ですから、少年の行為は良くも悪くもないのでした。

 でも、蟻を踏んだ少年は悪い夢を見ます。
それは自分が踏まれ、ぺしゃんこになる夢でした。





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