高台からの眺め




高台から眺めていた
街を、眺めていた。全壊した街並みを、眺めていた。
僕の故郷だったところを眺めていた。
ガレキの下、思い出は埋葬された。何もかもが埋葬された。強制的に。

一人の女性が傍らに座り、一緒に眺めていた。
清楚な、白いワンピースの女性の、漆黒の目と髪の女性は涙していた。
お互い口を開かなかった。
開けなかった。

街以外のすべては時を重ねた。
鳥は飛び、虫も飛んだ
空気は動き、風になり、それはガレキの中にも入っていく
そんな風によって、木々は揺れ、声を出した葉と葉をこすって。僕にとっての街の人々の声を出す。
石も落ち、涙も落ちた。
日は沈んでゆく。血のような夕日を辺りにまき散らかし、亡くなろうとする。
日は明日、出てきて生き返る。人は死んだら生き返らない。

多くの漏電のスパークが僕に助けの合図をしたかに見えた。
そんなはずは無く、もうダメなのに。

僕らは口を開けない。ただ目をを開け続けて墓標を見たていた、ガレキの墓標。
人々と思い出と街の、墓標を。

僕らは口を開いて、言葉を出せないでいた。僕は、多分彼女もずっと悲しくて、悲しすぎて街を見続ける。

長い時間が経って、傍らにいる女性は僕に涙声で話し掛ける。
「私ね……死神なの……」
僕は別に無感動に聞いていた。それ以上に悲しかったから。
「物語みたいに天にも地獄にも連れて行く事が無い、死神なの……。
この世のすべての死神でね……。亡くなる様を見ているだけ。
ずっと見てるだけ……。何もできずにね…………」
涙で言葉が途切れた。でもまた彼女は続けた。

「悲しくて、涙を流しながら、見ているだけ……。
虫が死ぬのも、人が死ぬのも、木が死ぬのも、王が死ぬのも、愚人が死ぬもにも見てるだけの存在……。
哀れに思いながらね……。どんな事柄にも……。
もちろん、街も……、人々も……、思い出も……、みんな……」
涙がまた流れる。

涙だけがここにある。
悲しみだけがこの一帯に存在し続ける。無常観だけがこの場に漂っている。
そっらは消える事が無いように思えた。
濃厚な涙の空気が肺と気持ちを侵す。

「踊ろうよ」
さらにしばらく続いた涙を流すだけの静まりの後、女性の声がした。
彼女は僕の手を掴んで地面と溶接されていた僕の体を引っ張り、地面からはがした。
自分を死神だと言った女性は、左目から多くの涙を流しながら右目はこらえようとしていた。
右の顔だけは明るくしようとしていた。

「踊ろう、苦しいから。
 歌おう、苦しいから。
 悼みながらそうしよう。
 悼むためにそうしよう。
涙流しながらそうしよう。
 生きてしまったんだから………。死んだ人のために………」
急に咳き込み、言葉が途切れた。でも、彼女は続けた。
「悲しみを減らすために……。もう十分だから……」

彼女は涙で言葉をうまく出せないまま、ステップを踏もうとする。
社交ダンスらしき踊りを僕たち二人は踊ろうとして失敗し続けた。
歌を歌おうとして、何を歌えばいいのかわからなくて、即興で歌おうとして言葉に詰まって失敗した。
でもし続けた。

嘆き声の様な明るい歌を。
乱暴で雑で汚いステップを。

日はまた沈もうとしていた。
僕たちの涙はいいかげん止まっていた。
「もう私は居るべきじゃないみたいね……」そう彼女は言った。
少し明るい声になっていた。
「いろいろな悲しみはもうだいぶなくなったから……。
 決して無くなる事なんか無いけど……」

「さよなら」
彼女はどこかに消え去っていた。

僕は終えていた。
失敗し続けた歌と踊りは葬式だった。
哀しみの通夜もやり終えていた。

それで僕もどこかに消えようと思った。

これ以上悲しみながら生きるべきでないから。
悲しみは彼女が持っていってしまったのだから。


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