洞窟の中



 洞窟と言うのは怖い物です。
ぽっかりと開いたその穴に、暗闇と静寂のあまり何がいるのか、何がそこに入ってゆくのかわからないのですから。
その無言の沈黙は、自分自身が暗闇になってしまいそうです。
少年は、そんな洞窟による一人で入って行きました。
決して入ってはならない洞窟に。

 少年は大人たちからあの洞窟には入ってはならないときつく言われていました。
特による、あの洞窟に入ってはいけないと。
少年は何故とは聞きませんでしたが、別にその洞窟に興味が無いのもあり、その言いつけを守るつもりでしました。
 ですが今日、敵国の兵士が一斉に攻め込んできたのです。
誰もがさらわれ殺され、その少年だけは家族の助けで何とか何を逃れられたのです。
しかし、少年の家族はどうなったのかわかりません。
 少年は洞窟に駆け込んでいきました。
入ってはならない洞窟なら、安全のように思えたからでした。
何となしに、何かがここを守ってくれると感じていたのでした。

 洞窟の中は静かでした。
また、冬なのに変に暖かでした。
森の中は葉のこすれる音や川のせせらぎなどが聞こえます。冷たい風も肌に刺し込んで来るでしょう。
あと洞窟には、こうもりの様な生き物が住み着いていて、それらも音を出すでしょう。
でも、音がそこには何も無いのです。
少年の息と足音、そして心臓の音。それだけしか聞こえないのです。
 上手い具合に月の光は洞窟に差していました。
それでしばらく足元に困る事はありませんでしたが、洞窟を下から半分ふさぐ大きな岩の向こう側からは、 恐怖を与える暗闇が迫っていました。
少年は取りあえずその岩陰に隠れました。
敵兵もここまでは来ないだろうと思って。


 少年はうずくまっていました。
その姿勢はまるでお腹の中の赤ん坊のようです。
目を閉じ眠っているようでもあります。
その実半分以上は起きていました。
そのままで、ふと少し目を開けたときのことです。
 何かが、少年の首にふわりと掛かりました。二つのそれは体に絹の布のように軽く体に巻かれました。
恐怖は感じません。少年の闇に馴れた目には。
それは手だったのです。優しい手でした。
体に、軽やかに抱き締めていたのです。
闇が少年を抱いていたのです。
洞窟の闇より、さらに暗い布状の闇が、抱き締めていたのです。

 それにより少年の持っていた恐怖は溶け、少し懐かしい安心感が心に入りました。
禍々しさの無い手によって。
体には布のように軽く温かい物が掛かっています。
明らかに冬の洞窟の暑さとは違う何かの体が、温かさを与えています。
振り向くと、人型の闇がいたのです。
ほのかに目鼻は有り、髪の様な長い物を頭の部分からたなびかせていました。でもその顔らしき物には口は無いのでした。


 二人はそのままでした。
少年も彼を抱き締める闇のような人も、安心し切っているようでした。洞窟の静けさは少年にとって寂しい物ではなくなりました。
闇も、安心させる物になっていました。
 でもその時、全てを打ち破る、光と騒がしさが来たのです。
敵兵です。森に逃げ込んだ人を探しに来て、この洞窟を発見したのでしょう。
兵が洞窟の中に入り、少年の近くにまで来ました。
 するとどうでしょう。
人型の闇が、少年から離れると敵兵に覆い被りました。その様は闇が兵を飲み込んだかのようでした。
敵兵は一目散に逃げていきます。どうやらぐったりと動かなくなった人を引きずって行っているようでした。
少年には何故大人たちがここに来てはいけないと言ったのか、そしてこの闇とは何なのかわかったのでした。
 この闇は侵してはいけない物なのだと、理解しました。

 どこが果てなのかわからない手が、少年を抱きます。
長く、どこまでが長いのかわからない髪の雰囲気を背に。
口の無い顔が、笑いかけているかのようです。
ほのかな顔が笑いかけているかのようです。
深く長い洞窟の入口辺りで、少年は抱かれていました。

 昼になり、少年はそこを発ちます。
あの影は、手を振っているかのようでした。
「もうあまりここに来てはいけない」
そう言う呼びかけを聞いた気持になり、少年は光を浴びて、走ってどこかにいきました。


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