隠者との会話



「何の用だ。枯れてた者に」
「何を言われます。何をかれたと言うのです」
「枯れたよ。私は枯れた。私は捨てた。私にはもう浮世の煩わしさについて行けぬ。もうついて行けぬ。何より私は枯れるのを選んだ」
「何を言うのです!先生の詩、小説、さらには映画脚本にいたるまできわめて高い人気と数々の賞を得ております!」
「もうなかろう。市井の目、これほどの無常はない。他にふたつとない。それから人気を取るのは嫌だ。意味を感じなくなったのだ。人の気を引くのはもう疲れた。私はその道を歩むのを止めた」
「し、しかし!」
「しかし何だと言うのだ? 私は別の道を歩んでいる。君から見れば外道かも知れぬ道を歩んでいる。人々の目に監視されたくない。金も観衆も捨てた。そう、捨てたのだ。もう君が求める私はいない。早く帰るがいい」
「…わかりました。…ですが、何をなさっているのです? あなたは書くのを止められないはずだ! あなたは何を書くのです? 誰に書くのです? 何のために書くのです? どのように動機をつけて書くのです? 一体何故書くのです?」
「私は…私でいたい。曲がりくねってもいい。惑わされたくない。蛇行しつつも真にまっすぐ『私』でいたい。それが今の私にできることだ。もしかしたら、いや、おそらく私以外誰も読まない。だがそれでもいい。私も私の作品も何もかもがいずれ消えてしまう。すべていずれ消えてしまう。いまさら何を遺そうか。何をしても消える。ならば私はせめて今は私は私でいたいのだ。もう二度と…私を混乱させないでくれ……」
「混乱ですか…。それはただの逃げにすぎないのでは?」
「そう思うならそう思いたまえ……。君と私とではすでに住んでいる世界が違う。次元が違う。道が違う。私には人になんと思われてもいい。私は…私という名のひずみに出来た虚空に過ぎないのだから…」
「………」
「………」


「それでは先生……お元気で…」
「ああ…君もな…」


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