少女の白ネズミ



 黒い服の少女の手に一匹のネズミがいます。
白い毛並みの赤い目をした、かわいらしいネズミでした。
そのネズミは少女の父親のプレゼントでした。
少女は喜び、優しくその体を撫で、ネズミもまた鼻を動かし、少女のかすかな香りを嗅ぎ、喜んでいるようです。
 でも、少女はネズミに名前を付けませんでした。

 少し大きめの水槽。
そこに一匹の白いネズミはいます。
落ち着かない風でしたが、次第に馴れたのか、疲れたのか眠りにつきました。
少女は目を細めてその様を見、以来少女はそのネズミを見つめるようになったのです。
 名前を付けないままで。
 名前の無いままで、少女はネズミの面倒を見ました。
まだ幼いのに、少女は一生懸命ネズミの面倒を見ます。
読みたい絵本も我慢して、遊びたい気持を抑えて、面倒を見ます。
まるでネズミの気持がわかるかのようにネズミにとって良い面倒を見ました。
お陰で白いネズミは少しのけがも病気もせずに元気に生活していました。

 少女は父から貰ったこのネズミを第一に考え行動しています。
家族と旅行する時、ネズミの面倒を見るために自分は残ると駄々をこねました。誰か他の人に任す気にならなかったためです。
両親はようやく少女を説得し、旅行の日程を短くしました。
 どんな事があっても、黒い服の少女は白いネズミの前にいました。
そのくらい大切にしています。
もう、自分の命よりの大切にしていると思うくらいです。
 ただ、奇妙な事にネズミにはまだ名前がありません。
名前はなんてゆうの、と聞いても首を振るばかり。
答えません。
ネズミに、ねずちゃんと呼んでも怒るくらいです。
仕方なく少女に倣い名前を言わずにネズミに呼びかけるのでした。



 少女にネズミがプレゼントされてから、一月経った辺りの事です。
白いネズミは次第におかしくなっていきました。
毛並みが悪くなり、動きも怠慢です。
ネズミは病気にかかっていたのです。
元気だったネズミはみるみるうちに弱ってきました。
少女は夜も眠らずに看病します。
父がまた買ってくるからといっても耳を貸しません。
看病を続けます。

 お医者さんに診てもらい、薬も飲ませます。
注射もしました。
でも、もう体は動きません。唯一、鼻が少しだけしか動きます。
少女の香りをかぐだけです。
少女の涙の香りを。

 名の無いままで、白いネズミは葬られました。
墓には味気の無い棒が立っています。
 黒い服の少女はとつとつと両親に話をしました。いつも悲しげな顔をより悲しそうな顔にしたままで。
名前を付けなかったことについて言いました。
ゆっくりと話し始めました。
 ネズミはすぐに死んでしまうからと聞いたから、名前を付けなかったと言いました。
動物には元々名前が無いのに、名前を付けるのは悲しいと言ったのです。
名前をもつ人間は死ぬのが怖いけど、名前を持っていない動物は怖くないと思ったから。
動物は食べられる。だから食べられていいように名前が付いていないと思う。
誰が誰なのかわからないから、死ぬのが怖くないと思った。
ネズミが死ぬのを怖がらないように、名前を付けなかったと言ったのでした。


 悲しげな顔からまたさらに涙が出ます。
泣き声をこらえて、涙が出ています。
彼女の父と母はそっと黒い服の少女を抱き締めました。


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