男、助かった



扉が閉まる
その中に閉じ込められた数個の顔は見えない。薄暗い部屋に消えた。
飢餓室に消えた。
もう出てこない。死ぬまで。
絶対に。
男はその様を見ていた。見とれていた。

入れられるはずだった飢餓室はもう閉じた。
犠牲が、彼を救ってくれた。
神父の犠牲。犠牲の神父。
神父が代わりに入ってしまった。哀れむなしく泣く男の代わりに。
やさしい顔で。やさしい瞳で。
入ってしまった。
部屋に。
苦しみの後、必ず死ぬ部屋に。
見ず知らずの神父が。
死ぬのに。助かったのに。そんなこと言わなければ。
でも。
入ってしまった。
少し悲しげな雰囲気で。やさしげなままに。

飢餓室はもう開かない。
全員が死ぬまで。全員が餓死するまで。
決して。
神父と何人かの男たちは、そこで死ぬ。何があっても。
男は助かってしまった。
平凡な男は助かってしまった。
神父が、救ってしまった。
彼を。彼の人生を。彼の不幸を。彼の不運を。
神父は背負い、死ぬ。
助かった男が、何も言えないままに。
飢餓室は二度と開かない。

見とれていた、助かってしまった男は立ち去られる。
それに抵抗できない。側にいる兵士には勝てない。
飢餓室は男から遠ざかり、見えない。
そして受け取ってしまう。食事を。
糧を。
死ぬはずだった男の胃に食物が。生きるはずだった神父には来ない。
来ないままに死ぬ。
糧の無い胃が暴れ、体にもそれが及び、気を狂い失いつつ。

神父は死んだ。
犠牲の神父は死に、男は平凡に生きる。
飢餓室を二度と見なかった男は、生きた。


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