老婆の説話



ミイラの写真を見たとき、私は幻視した。


老婆を見た。
夢の中で赤ちゃんを抱きながら泣いている老婆を見た。
老婆は裸足で半裸で汚れきった服を身にまとっている。
悪臭がなぜか鼻についた。
赤ちゃんが腐乱していたのだ。

視点が私の意志と関係なく移動していった。ゆっくりと老婆へ近づいてゆく。
そして老婆の抱いている赤ちゃんと同じと思われる視点に重なった。
私は老婆の熱い涙を全身に浴びつつ、自分自身の悪臭を嗅いでいた。
辺りはなぜか異様に暗い。夜なのだろうか?

「私の子供を生き返らせて」と、老婆は叫んだ。
今の赤ちゃんになっている私は老婆の子供なんだろうか。
老婆は暗闇の道端で再び叫んだ。
「何もこの子は悪い事をしていない。助けてやって」
私を強く抱きしめ私の体のどこかが壊れ、崩れ落ちた気がした。
無理もない。今の私の体は辺りの暗闇と同じくらい黒く変色している。ミイラ化している。
力を入れたら壊れるだろう。

私を抱いている老婆の外見についてあまり記憶にない。
ただ醜く感じた。
赤ちゃんを喪くし弱々しく気が触れた印象を受けた。
暗闇だったから見えなかったのだろうか。

でも光が老婆を照らしても、その外見は見えなかった。
光は一人の男から発せられていたみたいだ。
老婆はその男の人に「生き返らせて」と叫んだ。
男の人は光り輝きすぎて見えない。
「辛子の種をもらってきなさい。それをこの子に食べさせれば生き返るだろう。ただし愛する者を亡くしたことのない人からだ」
そう男の人の声がした。
「はい」と、張りのないかすれた声で肯定の返事が聞こえた。

老婆は暗闇にぼんやりと見える人々に大声で叫んだ、「この子を生き返らせる辛子の種をくれ」と。
みんな辛子の種をくれたのだが、私――つまり赤ちゃん――は生き返らなかった。
愛する者を亡くした者しかいなかった。
老婆は言葉にならない叫びを続けた。
だが、私の口の中にいくら辛子の種を入れても生き返ることはなかった。
私が動く事はなかった。

老婆はまた道端に座り込んでいた。
私をなでていた。今の私のざらざらした肌で毛の一本もない、ミイラ化した死体を。
熱水の様な涙が私の体を潤す。そしてすぐに蒸発する。

男の声がした。
「その子をどうするのかね」さっきの輝いていた人の声だった。いつの間に老婆と私の目の前にいた。
老婆が声を出した。
「この子を埋葬してやります」はっきりした声だった。

気づいたら、写真を見ながら私は散らかった自身の部屋にいる。
そして、幻視は終わった。



(仏教説話から話を得ました)


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