姉弟の説話




笛の音を聞き私は幻視した。


夕焼けの空の下の光景。
平らで何も無い場所で、一人の少年が美しい音色の笛を吹いていた。
それは笛のためなのか、彼の技のためなのか鳥肌が立つほどの音色だった。
美しくとも淋しげな聞いた事の無い曲の音だ。

しばらくはそのまま、笛の調子は変らない。
淋しげなまま続く。
すべての物に染み入るであろうその音は。

急に明るい調子に変化した。
少年の元に少女が駆け寄る。少年より少し年上の可憐な少女が。
古いほころびだらけの服を着た少年と少女は、笛と歌声を紡いだ。

誰もいない二人には見えないであろう私だけが観客の演奏会は始まり、少年と少女、私だけの音楽は入り、その他は虚空へと消えた。

二人は手をつなぎ歩いてゆく。




「あなたの弟はもういない」
なぜか私はそのような事を口走っている。
可憐な少女を前にして。
さっきの少女……違う。
今の彼女は金で着飾った豪華な服を着、憔悴し切った表情を無感情に浮かべている。
何があったのか。

周りには東から日が昇ろうとしていて、少女と私の影が西へ長く伸びている。
ただ、その影は少女のだけはっきりとした輪郭を持ち、私のだけははっきりしない。
私には体は無く、ただただ影だけが独立して存在している事に気づいた。

「どこに……いったの?」
小さな声。少女の声。少年と一緒にいた彼女とは思えないような声。
「はるか彼方に。一緒に行ったのだ」
独立した影となった私は機械的に言い、少女は問う。
誰が、と。
あなたが、あなた自身が連れて行った。
そう答え、少女は泣いた。

王に少女だけ呼ばれ、少年は置いていかれた。
長い間、少女は弟である少年を忘れて生活し、少女と同じ姿の少女を連れて行った。

少女は嘆く。
もう一人の自分がいて、それは善良でその自分が連れて行った。
そう、叫んだ。
私は何も言わなかった。


私はテレビからの笛の音を聞いている。
独奏の笛を。




(小川未明作「港に着いた黒んぼ」から話を得ました)


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