歓声の説話




歓声を聞き私は幻視した。


暗い部屋。
その一室は周りの白い壁とは対照的に暗い。
視界はその中へと入る。またしても、私の意思とは関係なく。
そこにいるのは一人の男。
動かない。
首に巻いたロープに全体重を預けた男は。
ただ、振り子のように揺れている。
闇が、彼の顔を隠し、見えない。

私の視点は再び移動し始め、死んだその男の視点と重なる。
首に圧迫感を感じ、闇の中、揺れている。

彼がかつて見た情景が、次々頭に浮かぶ。
不幸な情景が。

それはステージの裏だった。
初めて立つステージ。
不慣れな手つきで、私は、彼となった私は、鎧を着ていく。
そこで彼は初めて劇の主役をなすようだった。
はやる気持を抑え、大勢の観客の前で、きらびやかなステージに立った時。

ブーイングが巻き起こる。

観客は一斉に口を尖らせて。
一切の歓声も、拍手も起こらず、ブーイングだけが劇場を包み込む。
不条理に。彼を抱き込んだ。

誰も、一人も、彼を擁護しない。
思わず逃げ出した彼を誰も何も、励まさない。
ブーイングが、ブーイングの地響きが、彼を追い詰めた。
助け出す、騎士は来ない。

情景が変る。
それは古びたステージの裏のようだった。
前と違い、薄汚く、暗く、蜘蛛が汚く巣を作っている。
変に慣れた手つきで、私の視点となっている、彼は粗末な鎧を着ていく。
陰鬱で不安な気持が、胸に泥のように広がる。
彼はこの以前より程度の低い劇場で、また騎士の役を演じようとしていた。
再び、ステージに立った時だった。
突然、ブーイングが襲う。

明るかった観客の顔も一瞬で険しくなり、彼を罵倒し始める。
狭い劇場は彼を糾弾する。
ただ、ステージに立った彼を。
不条理な怒りが彼の存在を否定し、彼を追い出した。
助け出す騎士は来ず、追い立てる絶望が襲い掛かった。

誰も彼を褒めなかった。
誰も彼を助けなかった。
誰もが彼を責めた。


こうして、彼は首にロープを巻いた。
絶望は首にロープを巻かせた。


歓声は止んだ。
彼が欲した歓声は余韻を残し止んだ。


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