処理


二人の男が固まっている。
この二人の男の顔は良く似ている。年子の兄弟なのだ。
この二人似たような顔をして嫌な顔をしている。
それはこの目玉焼きがひどく不味いのだ。

この兄、料理についてオリジナリティを追求するのだが、100%の割合で不味い物を作るのである。
つまり料理のセンスが全くないのだ。
なにせケーキを作るときにクリームにみりんを入れようとするくらいである。
よって彼の友人達は彼の料理を決して食べない。彼さえも食べれない時があるくらいだ。
故に弟が食う。
この弟、ドケチの上に味音痴である。
食品系の会社に勤めているのにもかかわらず味音痴である。
誰も食えない物を平気で食う。おそらく食えない物は無機物と毒物くらいであろう。

そんな不味いもののプロフェッショナル二名がこの目玉焼きを食えないのだ。
しかも飢えた状態で!
飢えたら何でも食うブラックホール兄弟と異名を取るこの兄弟がこの目玉焼きを食えないのだ!
この目玉焼き兄が考案した奇妙奇天烈なソースをかけただけの普通の目玉焼きである。
ただどうも化学変化を起こしたらしい。変なにおいがする。
近くを飛んでいたハエがポトリと落ちた。

兄も弟も「もったいない」という感情だけでこの目玉焼きに挑戦する。
しかし兄は泣いた。
不味いのだ。不味くて不味くて泣いたのだ。
そしてトイレに消えた。
弟はまだ食う。この男の「もったいない」という精神は戦後直後の飢餓児童以上なのだ。
明らかに不味そうな顔をしつつ食い続けた。
だが限界だった。そして彼もトイレに消えた。
彼は生まれて初めて食べ物を残す事になった。

そして二人は緊急会議を開く事になった。
この人でなし二名が食えなかったシロモノの処理をめぐってだ。
弟の主張はあくまで飢えた餓鬼ごとく食うということだ。
4日がかりなら食えるに違いないからだ。
実際この異臭がする大量の目玉焼きがもう4分の1がないのだ。
兄は嫌がる。こんな物ゴキブリと言えど食えるわけがないだろうが、微生物なら食いかねない。
微生物の食事により腐敗は免れないからだ。
第一、季節的にも物が腐りやすい時期なのだ。
弟は腐った物でも平気で食うのだが、兄は腐った物はさすがに食えない。
そんな兄の主張はこうだ。
この兄の座右の銘は「鳴かぬななら 鳴かしてみよう ホトトギス」である。
よって何か新たに調味料を加えてこの異臭がする目玉焼きをどうかして食おうと言うのだ。
もっとも、この座右の銘のために数々のカタストロフィーの伝説を生み出していて弟を始めとする多くの人々を奈落へと落としていたのだが。
弟は無論それを止めようとする。
長いこの兄との付き合いの経験上兄が不味い物をうまくしようとしたら間違いなくそれを上回るどうしようもない弟以外誰も食えない物体ができるのである。
もっとも、それによって弟はまずい物に対する免疫が過剰にできてしまったのだが。
今回の場合特に始めからとんでもない。
においだけで死者が出かねない。
が、この兄には聞く耳がない。
弟が今までの例や食品加工学や調理学の常識などの証拠を出しても兄は聞いていない。
この癖が懲りずにカタストロフィーを引き起こす原因なのだ。
仕方なしに弟が無理やり力づくで止めようとするが、兄の方が力が強い。
異臭がする目玉焼きに山葵醤油とみりんの混合物がかかってしまっていた。
なぜか目玉焼きは「しゅううううう」と発煙し、事態は悪化した。

二人はまた会議を開いた。
鼻を懸命につまみながら会議を続けた。
嘔吐し、意識が遠のき、三途の川が見え、三途の川を中ほどまで渡っていた。
何故かそこから離れるのを思いつかなかった。
そして苦渋の選択をした。
目玉焼きをゴミ袋に捨てたのである。
こうして心に傷を抱え二人は日常に戻った。



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