この地にて 響く音は レクイエム



演奏が始まる
老人が、ガレキをステージ代わりに演奏を始める。
観客は霊魂。
彼の家族、友人、仲間、その他すれ違っただけの人たち。
そして街。それ自体。その他数々の霊。
常人には見える事のない観客たち。
曲目はレクイエム。

静かな夜。レクイエム、つまりバイオリンの音は響き渡る。
音は届くだろう。
10キロ先にある同じく崩壊した街に。
ガレキの下にいる死んだ人たちに。
老人が救出したものの死んだ、彼の後ろにいる人々に。

決して聞こえないだろう。
街を崩壊させた者には。決して。
老人の怒りを超え、悲しみしかない咆哮のレクイエムは。
霊を慰める音を聞きたい者と霊たちにしか聞こえる事はないのだから。

老人は目から涙を流す。
泣きすぎたためか、血が多く入った負の感情の涙を流す。
涙は白いYシャツを赤く染め上げガレキの中に染み渡る。
レクイエムと共に。

レクイエムは終わらない。
まだ終わらない。
彼は自分だけが生き残った事を後悔する。
街から離れたところにいた事を後悔する。
共に死ななかった事を後悔する。
そして弓と元を擦り合わせ続ける。
音を出し続ける。
思い出と霊たちを観客にコンサートは続く。
星々とガレキをも観客にして。

日が上がってきた。

老人は目を細め太陽を見入った。

演奏は終わった。


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