2014/11/16━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 幽玄の森羅万象の散歩道 動物行動学からの性♂♀の話・動物・植物・環境・宇宙・時間・哲学 興味のおもむくまま“みかりん”の しゃべりんぐ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━目指せ1万部! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆         やまねこ通信 E=MC二乗                                vol.211 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ こんにちは。 みかりんです。 11月も半ばを過ぎると、北海道はかなり冬の気配です。 太陽はすぐ沈んで暗くなるのが早いですね。 暗くなる時間長いと読書がはかどります。 今日は先日読んだ「古代日本の超技術」という本から 縄文の技術のお話を、やまねこ風味にしてお届けしましょう。 一般的に文明の発祥地といえば古代の四大文明がありますね。 でもその古代四大文明発祥のさらに一万年もさかのぼる縄文時代に土器があります。 1万六千年前の縄文土器は世界最古の土器と考えられていました。 現在では中国江西省の洞窟に2万年前の土器の破片が発見されていますけれど、 だからと言って縄文土器が古代の最先端の技術だったことには変わりありません。 それでは、本編をどうぞ〜。 ここに↓バックナンバーがあるよ。『内容一覧』という所をクリックしてみて。 http://www.phoenix-c.or.jp/~daichi-m/yamaneko/yamaneko.htm 「ラジオ山猫通信」も、ここから聞くことができます。↑ ━■縄文時代の最先端技術の話━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 1996年のこと、東京にある縄文遺跡の中里貝塚で、 大量の牡蠣の貝殻が発見されて話題になりました。 あまりの量の多さに牡蠣が養殖されていたかもと考えられたんです。 他にも牡蠣の養殖を裏づける遺跡が見つかって、 縄文中期の頃には、牡蠣の養殖をしていたと断言するに至ったんです。 それまでは牡蠣の養殖は紀元前1世紀のイタリアが一番古いとされていて、 日本では室町時代末の1500年代に行われていたことが歴史資料からわかっていました。 中里貝塚で牡蠣養殖が行われていたとなると、 牡蠣養殖の歴史が4000年も遡る事になります。 養殖って事は今で言うバイオテクノロジーですよ。 縄文人あなどりがたしです。 近年、縄文時代の遺跡からどんどん新たな発見が相次いでいます。 その縄文ブームの引き金は、青森県の山内丸山遺跡の発掘でした。 山内丸山遺跡は縄文前期から中期にかけての遺跡ですから、 今からだいたい5500年前から4000年前までの約1500年の間、 途切れることなく営まれた大規模な村の跡です。 この山内丸山遺跡は江戸時代から知られてはいたんですけれど、 本格的な調査は1992年からです。 今でも進行形で調査が進められていて、新たな発見が多いです。 今日はその幾つかを紹介しましょう。 三内丸山遺跡が一躍全国的に有名になったのは、今から20年前に発見された穴です。 この穴は大型の構造物の柱の跡です。 深さ約2mちょっとの六個の柱の跡の穴が3個ずつ2列に並んだものです。 柱の材料は直径1mの栗の木で、柱の底は石斧で整えられて周囲は焦がして 腐りにくく加工している痕跡がありました。 そしてすべて柱は4.2m間隔で立っていたのがわかりました。 縄文尺という一定の単位があったことがわかっています。 近くに立っていた大型の竪穴住居もこの縄文尺の単位で作られています。 この柱の間隔の4.2mは12縄文尺に相当するので、縄文人は12進法を使っていたと 推測できます。 それからこの柱はすべて内側に2度傾けて、 互いに倒れにくくした技法が使われていました。 もうひとつ、この柱を立てる時に、枠を作って少しずつ土砂を混ぜて固める版築という 技法を使った跡がありました。 この版築という技法は、今までは紀元前2000年の中国の古代文明で発祥したと されていて、現在でも使われている技法です。 法隆寺の建立にも使われていることでよく知られています。 でもこの山内丸山でもその痕跡が見つかったという事は、日本では中国よりも早く、 すくなくても同時期には版築の技法が使われていたという事になるんです。 こうやってみていくと日本の縄文時代の技術は世界史から見ても、 屈指の古代文明だった事がわかってきます。 ともあれ、この巨大建造物の柱の跡を使って、当時の建造物を復元してみることに なりました。 でも現在の日本では直径1mの栗の木なんてありません。 探してきたのはロシアのソチの栗の木です。 そう今年の冬季オリンピックがあったソチです。 柱1本の重さは8トン、長さ17m、直径1mの栗の巨木が6本です。 その組み立てにはいくつかの大型クレーンを使いました。 クレーンで支えられなが立てられた6本の柱は、 まず上と下に鉄製の横木を渡して仮止めして、やっと復元にこぎつけたのです。 縄文時代には、人の力と縄だけでこの巨木を使いこなす技術があったんです。 縄文時代の知恵と技術にただ驚くばかりです。 それでは次の縄文の最新技術の話をします。 アスファルトの利用です。 山内丸山遺跡の発掘品の中には石のやじりが出てきます。 その中にそのやじりの根元の部分にアスファルトが付着しているものがあるんです。 縄文人は天然アスファルトを接着剤として使っていました。 天然アスファルトっていうのは、石油の原油から揮発性の油の成分が抜けたものです。 石油が地層の中で自然に形成されて、掘り出したままで使用できます。 天然じゃないアスファルトは、石油を蒸留して精製したあとの残りで得られる 石油アスファルトっていうのがあります。 天然アスファルトは掘り出したままで使えて、よく伸びるし粘着力もあって暖めると 柔らかくなります。 縄文人はこれを利用したんですね。 やじりだけじゃなくて釣り針にも使いました。 シカの角の釣り針に、植物の繊維の釣り糸を結びつける時、 アスファルトを塗って補強したんですね。 これだと40cm級のマダイも釣れるんです。 アスファルトの利用で一番古いものとされていた記録は、旧約聖書です。 旧約聖書は、紀元前10世紀から紀元前1世紀の間に書かれたものとされています。 縄文時代のアスファルト使用は少なくとも4000年以上も前ですから、 ずっと縄文の方が古いです。 旧約聖書のどこにアスファルトが出てくるかと言うとノアの箱舟のところです。 箱舟の内と外にアスファルトを塗りなさいっていう記述があるんです。 日本の古い記録では、720年の日本書紀にも天然アスファルトと思われる所があります。 越の国、天智天皇が即位する時に「燃ゆる土と燃ゆる水をたてまつる」と 書かれています。 越の国は現在の新潟県で古くから石炭と石油の産地として知られています。 燃ゆる水は石油の事、燃ゆる土っていうのは、石炭は土っていう感じじゃないので、 たぶん天燃アスファルトの事だと思われます。 アスファルトは天皇の即位のときの献上物だったので当時は、 きわめて貴重ですぐれものだったんでしょう。 接着剤としてまたは補強剤としてとても優れていたアスファルト。 縄文人たちはどのようにしてこれを手に入れていたんでしょう。 ただ自然採取していただけなんでしょうか。 1995年、北海道の南茅部町(現在は函館市に合併されています)の縄文後期の遺跡から 天然アスファルトの工房が発掘されています。 工房と見られるその跡には天然アスファルトの塊が残っていて、 融けた跡もありました。 またこのあたりでは天然アスファルトが入った土器も見つかっています。 分析してわかった事は、この天然アスファルトは、 秋田県で出土したものだという事です。 つまり北海道の縄文人は、新潟や秋田あたりの日本海沿岸の産地から 天然アスファルトを交易して手に入れて、色々な製品に加工して道具を 生産していたという事なんです。 縄文人の広い流通網と知的生産技術が垣間見えてきました。 それでも現代の技術からみたら、まぁ、所詮、ちょっと掘って利用しただけの 原始的な知的生産技術じゃないかと言われそうです。 それではこんな話はどうでしょう。 とても硬い翡翠(ひすい)という美しい石に、現代の技術をも超えるような綺麗な穴を 開ける技術。 これも縄文人たちはやってのけたんです。 翡翠は、緑色の半透明な石で宝石として古代中国やインカ帝国では 金以上に珍重されていました。 緑色の翡翠は不老長寿の象徴だったようです。 で、ここでも世界の古代文明より以前に翡翠を使ったのは5〜6000年前または7000年前の 縄文の人々とされているんですね。 最初の利用はハンマーとしてです。 装飾品ではありませんけど、硬いという特性を生かしたものでした。 それから時代を経るにつれて多くの装飾品が出土されています。 もちろん世界で最初に作られた翡翠の装飾品です。 翡翠の産地として有名なのが新潟県の糸魚川周辺の翡翠です。 古代の翡翠の加工には謎があります。 まず大きなものを小さくする小割り、そして研磨、穴を開ける穿孔技術、 繊細な彫刻など、とても硬い翡翠だけに方法が謎のままなんです。 穴はいったいどうやってあけられたのか。 その道具は残っていません。 でも、穴あけ作業途中の翡翠が見つかっています。 ここからある程度推察する事ができます。 穴はキリのような尖ったものであけたのではなくて、 ストローのような中空になっているものを使って、あけている途中のものが 見つかっています。 これはどういう事なんでしょう。 一般に思いつくのは、削られるものよりも、削るものの方が硬くなくては 削れないと考えます。 でも翡翠より硬いものをパイプとかストローのように中空にするって、色々無理です。 どうもね、キリそのもので翡翠を削るという事ではないんですね。 研磨剤を使うんです。 中空のキリの役目はその研磨剤を押し付ける役目で、研磨剤が翡翠を削るんです。 だからキリそのものは硬くなくていいんです。 硬いキリがあったとしたら研磨剤を排除してしまうんで 返って穴がうまくあかないんです。 研磨剤は何がいいかというと当時手に入れやすいという事で、 石英とかかんらん岩です。 石英っていうのは、水晶の仲間です。 石英の中でも透明なものを水晶といいます。 透明じゃない石英はそんなに珍しいものじゃなくて、 たとえば岩石は風化すると砂になるでしょ。 石英は風化に強くて、砂漠とか砂丘の砂は石英が主成分になるんです。 だから河川の砂なんかに多く含まれていて、研磨剤としては有力候補ですね。 かんらん岩は、先月配信したvol.208「山と石ころとドラマの話」の中でも取り上げた、 マントル由来の石です。 いや、別に研磨剤の候補として川原の砂の石英だけでの紹介でも良かったんだけど、 最近、私の中でかんらん岩がマイブームなんで取り上げてみました。 それから翡翠を削ることで出来る粉末も使ったでしょうね。 そして研磨剤を水に浸して使うと、研磨剤の方が穴をあける素材よりも硬くなくても、 ちゃんと削れていくことがわかっています。 次に中空のキリ。材料として考えられるのは竹とか鳥の骨でしょう。 適当な研磨剤さえ得られればキリの素材は何でも良かったようです。 そしてそれを回転させて使います。 回転には、火をおこす時に使ったであろう、弓キリなどの道具です。 実際に弓キリで翡翠に穴をあける作業をしてみた所、 1時間に1〜2mmのくぼみをつける事ができたという報告があります。 翡翠、硬いですね。 でも時間さえかければ、これら道具で綺麗な穴をあけることができるとわかりました。 現代の穴あけ技術の最新型は、レーザー光です。 レーザー光で加工すると、直径がマイクロメートルという単位でもできますし、 割れやすい素材や柔らかい素材も選ばず、短時間で綺麗に穴をあけてしまいます。 でもね、翡翠のような宝石などの硬い素材には、 レーザー光の加工技術では穴の側面が滑らかにはできないんです。 側面に噴火口のような輪ができたり、亀裂ができてしまったり。 だから、縄文時代の竹や骨の素材はブリキに変わったけれど、 回転させる中空のキリや、濡らした研磨剤を組み合わせた穴あけ技術は、 宝石に限って言えば縄文時代以来、数千年間、基本的には何も変わっていないんです。 縄文人が確立した、中が空洞になっているキリを使った技術に勝る技術は 今だにないんですね。 山内丸山遺跡の発掘品にはもちろん今お話した新潟の翡翠や、 それから岩手県の琥珀の装飾品が多数見つかっています。 それから北海道の黒曜石のやじりや黒曜石をナイフのように使ったものも 見つかっています。 当時、流通はかなり広範囲であったという証拠が続々でてきています。 ちょうどこの縄文の最先端技術のお話をしようと色々調べていたとき、 テレビで北海道の遠軽町の黒曜石について報道していました。 ちょっと話がそれるけど紹介しますね。 北海道の屋根といわれる大雪山系の山々のひとつに白雲岳という山があります。 いくつかの登山コースがありますが、大雪山系の山々の縦走路の途中にあるため、 白雲岳は人気の高い2000mを超える山です。 大正時代にここで大量の黒曜石のやじりとナイフが発見されたんです。 日本で最も高い所にある遺跡です。 白雲岳遺跡と名付けられました。 黒曜石は黒くてガラスと良く似た性質を持った石です。 割るととても鋭い面が出来やすいので世界各地でやじりやナイフとして 利用されていました。 金属を持たない間は特に重要だったことでしょう。 この白雲岳で見つかった黒曜石のやじりなどは 北海道遠軽町の黒曜石と特定されました。 遠軽町は北海道のオホーツク海側に面するサロマ湖から内陸に入った町です。 白雲岳と遠軽町は、地図上で直線距離でみると60kmくらいですけれど、 もちろんそんな簡単にいけるところではありません。 何しろ白雲岳は遠軽町からだと大雪山系の山々を、 いくつも越えた所にある2000m越えの山です。 何故こんな高い山に遠軽町から産出された黒曜石のやじりやナイフが多数あるのか。 謎です。 この黒曜石のやじりやナイフは縄文時代前期から中期のものとわかっています。 多くの謎を残しながらも、白雲岳と同じ遠軽町の黒曜石のやじりとナイフが、 サハリンと青森の山内丸山と新潟からも出土されています。 黒曜石の産地である遠軽町からサハリンまでは「黒曜石の道」ともいうべきルートが あったようです。 でも白雲岳の遺跡群はやっぱり謎ですね。 たとえばここが黒曜石の加工場だった?としても、何故そんな高い所にと思いますし。 サハリンルートからも外れますから、その途中のなんらかの場所というのも 考えにくいんです。 あ、そうそう黒曜石の石言葉は(花言葉みたいなもんです)「摩訶不思議」です。 それなら謎があってもしょうがないですね。 いずれにせよ縄文人の交易の広さをうかがわせる証拠がどんどん見つかっています。 縄文時代以前は無土器時代で、出土するのは石器ばかりです。 縄文時代の大発明品はなんといっても土器です。 土器の年代測定の技術はまだ完全ではないんだけど、 縄文土器は、現段階では土器としては世界最古の部類に属しています。 土器の発明によって、堅い食べ物を柔らかくする長時間の煮炊きが簡単に できるようになりました。 多くの植物を食べる事ができるようになったのは本当に大発明です。 粘土をこねて形を作って乾燥させてから火で焼く。 この土器の発明が人類最初のセラミックスです。 土器はその後、陶磁器やガラス、レンガなどに発展していきます。 この最初の土器からだいたい2万年経った現在の最先端の材料もセラミックスなんです。 たとえば2011年まで活躍していたスペースシャトルは、 耐熱、耐放射線、断熱、軽量化において最高の特徴の ハイテク・ニューセラミックス・タイルが貼り巡らされていました。 スペースシャトルが地球に帰ってくるときの大気圏突入の時の表面温度は 1500度にもなります。 船体と中の宇宙飛行士を守るのが、シャトルの外側全面に貼られた最新の セラミックッスタイルだったんです。 セラミックスは、人類最古の発明であり、最新最先端の材料でもあるんですね。 スペースシャトルの成功の原点に縄文人の発明した土器がある事に驚きです。 縄文人、あなどれません。    * * * * *  * * * * *                                                縄文時代はずっと昔々         今から1万6500年前から3000年前くらいまでの頃         さぞや不便だったのだろうか         いやいやある意味、今より豊かだったのか         1万年以上続く長い時代を         一概にこうであると言い切ることは出来ない         私たちが見上げる月を彼らも見たことだろう         私たちが見る夕日を彼らも見たことだろう         台風や洪水や津波や地震にもあっただろう         豊かな森や海の恵みをも堪能したんだろう         彼らの時間軸の延長線上にいる私たち         同じ国土の上に生きる彼らと私たち         彼らから私たちまでの長い時間         同じ長い時間を私たちは未来に手渡せるのか          ━■みかりんの叫び━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「2033年問題」 今月5日はよく晴れた日でした。 夜もすっきり晴れて、「十三夜の月」が雲に邪魔されることなく綺麗に見えました。 月を見るのが好きな私はそれだけでもう充分満足なんですけれど この日、この「十三夜の月」は、171年ぶりの名月という特別なものでありました。 171年ぶりの月? なんじゃそりゃですよね。説明しますね。 「中秋の名月」というのはよく聞き馴染んでいる言葉です。 これは旧暦の8月15日の月の事で満月です。 (現行の暦では9月の中旬くらいの事が多いです) この旧暦の「十五夜」を祝う風習は中国から伝わったものなんだけど この中秋の名月だけではなくて、旧暦の9月13日の「十三夜」の月も昔から 美しいとして楽しまれてきました。 十三夜は日本独自の風習で、「十五夜」を見たら「十三夜」も見なければ 縁起が悪いとされてきました。 この「十三夜の月」が、先日の11月5日の月でした。 さて、旧暦というのは今使っている暦とはまったく違う面白さがあります。 月を見れば今日が何日かわかるんです。 新月は朔といって1日です。 三日月は3日です。だから15日は十五夜で、16日は十六夜の月なんです。 旧暦のこよみは、月と対応しています。 空の月が欠けて満ちそして再び欠けるまでを「一ヶ月」。 それを12回繰り返すことで12ヶ月で「一年」。 だけど、この月の満ち欠けの一ヶ月は 約29.530日です。30日ではないんですね。 12ヶ月にもなると誤差は大きくなって、1年は約354.3671日になります。 太陽暦の一年(約365.2422日)と比べると、約11日ほど短いんです。 このズレは、3年間で1ヶ月分ほどになります。 だからだいたい19年に7回くらい、閏(うるう)月を入れて調節します。 うるう月が入った年は、1年は13ヶ月になります。 たとえば二月の次に閏二月が来て、その次に三月になります。 九月、十月、閏十月、十一月…というかんじです。 私が説明できないのはここからです。 どのタイミングでうるう月を入れる年とするのか。 そして何月をうるう月にするのか。 =============   http://q.hatena.ne.jp/1387099663   太陽周期の一年(冬至起算)を十二等分した区分点を「中気」と呼ぶ。   「冬至 大寒 雨水 春分 穀雨 小満 夏至 大暑 処暑 秋分 霜降 小雪」     「中気」を含まない月を、前月の「閏月」と称す(約19年に7閏月)。    一月の翌月に「中気」が存在しなければ、「閏一月」とする。    十二月翌月に「中気」が存在しなければ、「閏十二月」とする。 =============   ↑ 簡単にいうとこういうルールがあって、これを詳しく調べてみたら混乱したので このあたりの説明は割愛して話を進めますね。 今月の11月5日は、旧暦『うるう9月13日』ということで、 うるう月のおかけで、「十三夜」が2回。 今年は、通常の9月の次に「うるう月」が入ったので「うるう9月」になって うるう月のおかけで、「十三夜」が2回あったんです。 それが171年ぶりの現象だという事なんです。 9月に「うるう月」が入るのは、とても珍しくて、前回は1843年でした。 1843年と言ったら江戸時代で、10年後にペリーの黒船が来てます。 さて、ここまで調べていて出てきたのが 「2033年問題」という言葉でした。 http://ja.wikipedia.org/wiki/旧暦2033年問題 あ、この「2033年問題」をテーマにしようとして、 今回の「みかりんの叫び」でタイトルにして取り上げたのに だめだ…理解できないから説明できない…。 先ほど書いた「どのタイミングでうるう月を入れる年とするのか。        そして何月をうるう月にするのか。」 ここの理解ができないと、この問題を説明できないんです。 ええと、3行で説明すると、 この旧暦のルールでいくと、「2033年秋 から 2034年春」に不都合が起きる。 これ以降も天保暦が修正されなかったら、 「2147年秋から2148年春」「2223年秋から2224年春」にも同様の不都合が生じてしまう。 旧暦で暮らしていた頃は、朝廷や幕府が修正案を発布していたけれど 現在は該当者がいない。 3行のつもりが5行になってしまいました。(笑) すみません。 vol.194のやまねこ通信の「みかりんの叫び」で 映画「天地明察」を勧めています。 現在は「軍師 官兵衛」を演じている岡田准一くん主演の映画で 「軍師 官兵衛」よりも面白いです。 「天地明察」 実在の人物、安井算哲(やすい さんてつ)の半生を描いた映画。 江戸の初期、四代将軍の頃の話。 算術や星の観測に熱中する主人公が、 800年もの間、国内で使用されてきた中国の唐から入ってきた暦のズレを正し、 日本独自の暦作りに専念した話です。 手作業で星を観察しながら暦のズレを修正した人がいて その結果を国家が発布するというシステムがなくなってしまった現代です。 「現代は旧暦を使ってないからいいじゃん」と言い放ってしまうのは簡単です。 でも、そういうものではないんです。 旧暦は私たち日本人にとっては知的財産です。 先人の知恵の結集したものです。 現代の暦でも、うるう秒を入れたり、うるう年には1日入れて微調節しています。 暦にもメンテナンスが必要なんですね。 星の運行がそもそもアナログなもので、キッチリしたものでないんですから。 映画「天地明察」 DVDレンタルショップで100円で借りられます。 オススメです。 星の運行を計算して、そのズレを修正して暦を使っている人の苦労など なんの関係もないもんねーとばかりに、月は満ちて欠けて、昇っては沈んでいきます。 171年ぶり? なにそれ。と、今日も月は昇っています。 ━●編集後記━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ★自分でしゃべってるラジオを聞いて思うんですけれど  こういう縄文ネタとか宇宙ネタとか、めちゃめちゃ好きなんだけど  どうも「原稿を読んでる感」が漂いますね。  それに比べて動物ネタの時は「聞いて聞いて、聞けってば!」という  「語ってる感」がありますね。  まぁ、どっちにしても、しどろもどろには変わりがないけれどね。  今回のラジオ「縄文の最先端技術の話」で全部しゃべり終えてから  私が「素晴らしい」って言って笑い声がはいってるのは、  収録が終わって、ガラスの向こう側でミキサーをしてくれている人が  「スペースシャトルとかけて、寒い時に縄文人に靴下を渡した時と説く、   その心は どちらもハイテク(履いてく?)」  と、唐突に言ったんです。  それで私が笑って、その声を抜き出して編集して最後にくっつけたんですね。  明日の放送(ネットにUP予定は11月30日)の「家畜化の話」は動物の話です。  動物話なので、もうちょっと流暢に(?)しゃべっています!  キツネを熱く語っています。 ★今回のメイン記事は、「古代日本の超技術」という本を参考に書きました。  やまねこっぽい話をという事で縄文に焦点を当てて紹介したのですけれど  他にも興味深い話が載っています。  数多くあった五重塔は、地震で倒れた記録はないんですね。  落雷や火災などが原因で倒れたことはあっても。  この倒れない構造の秘密に迫り、その仕組みがスカイツリーにも使われている  という話や、古代の瓦には現代の瓦にはない湿度調整の機能があって家屋を守って  いたという話や、法隆寺などに使われている和鉄という釘は  1300年経っても錆びないしこれから1000年は持つ話など、  現代のものより優秀な瓦や釘も紹介しています。  法隆寺って釘が使われてないって習ってけど?ってなりますけど、  この本によると使われているそうです。  でも今のような釘で木を抑えるような使い方ではなくて、  法隆寺の解体修理の西岡棟梁の言葉で説明しています。   「釘を使うてますけど、今の建築のように釘の力で木をおさえているわけじゃ   ありません。釘は木を組んでいく途中の仮の支えですな。   建て物が組上げられ、組み合わさってしまったら、各部材が有機的に結合され   機能的に構造を支えあっていますから、釘はそんなに重要なものではありません」  「鉄いうても、昔の飛鳥のときのように蹈鞴(たたら)を踏んで、砂鉄から作った   和鉄なら千年でも大丈夫だけど、溶鉱炉から積み出したような鉄はあかんという   のです。   法隆寺解体修理のときには飛鳥のクギ、慶長のクギ、元禄のクギと出てきますが   古い時代のものはたたき直して使えるが、時代が新しくなるとあかん。   今の鉄はどうか、というと、五寸釘の頭など10年も経つとなくなってしまう」 ★ラジオ山猫通信がリアルタイムで、  パソコン、スマートフォンから聴けるようになりました!  http://www.radiokaros.com/simulradio/  ↑ここがカロスのサイトの「インターネット放送聴取方法」のページです。  パソコンからスマートフォンから、カロスの放送を聞く方法が載っています。  http://www.simulradio.jp/  ↑ここがサイマルラジオのサイトです。  ここから全国のコミュニティーラジオが聞けるようになっています。    このサイトを開いたらちょっとスクロールすると「北海道」という場所があって  その下の方に「ラジオカロスサッポロ」という場所があります。  そこの「放送を聴く」をクリックするとメディアプレイヤーが立ち上がって、  リアルタイムに放送を聴くことが出来ます。  サイマルラジオは数分時間がズレて聞こえることがよくあります。  ラジオ山猫通信は、第一月曜日と第三月曜日の19:00〜19:30です。  明日19:00に「家畜化の話」が  リアルタイムで聞くことができます。  バックナンバーは、「やまねこ通信 E=MC二乗」のサイトの「ラジオ山猫通信」の  場所から、いつでも好きな回のお話を聴くことが出来ます。   ★今回のこの「縄文時代の最先端技術の話」は、  ネットでいつでも好きな時に聞くことができます。  http://www.phoenix-c.or.jp/~daichi-m/yamaneko/yamaneko.htm  ここの右側「ラジオ山猫通信」をクリックしてスクロールして  「縄文時代の最先端技術の話」をクリックすると聞けます。  すぐに聞けない人は、じっと待ってみて。きっと聞けます。  http://crashlanding.under.jp/rajiyama1020.mp3  直接URLはここです。  今回の文は、おおむねラジオ原稿そのままです。  ラジオ用をメルマガ用に書き換えているけどね。 ★vol.211の参考書籍&参考サイト 「古代日本の超技術」  著/志村忠夫 講談社         科学ニュース隊 「今日は171年ぶりの名月!『後の十三夜』とは」     http://www.scienceplus2ch.com/archives/4900866.html    ★予告です。 11月17日放送「家畜化の話」  (ネットにUP予定は11月30日)(収録終わった) 12月1日放送「永久凍土とマンモスの話」  (ネットにUP予定は12月14日)(書き終わった) 12月15日放送「見えない時間の話」  (ネットにUP予定は12月28日)(書き終わった) 1月5日放送「ヒトの歴史を作ったヒツジの話」  (ネットにUP予定は1月18日)(書き終わった) ★ラジオ放送が月二回隔週であります。  最初はメルマガを元に原稿を書いてたけど、  今は、書き下ろし原稿です。  それをメルマガに転用するという逆転現象が  最近のメルマガ版「やまねこ通信 E=MC二乗」であります。 ★どうぞお時間のある時に「ラジオ山猫通信」も聞いてみてください。  2009年9月から始まった「ラジオ山猫通信」  どこまで続くんだ?  ここまで来たらいける所まで行ってしまえ!  最近は、トチらずスラスラよどみなくしゃべっているように聞こえます。  慣れてきたのです! ウソです。(笑)  編集で直して貰っているんです。 そのためずいぶん聞きやすくなっています。  決して私のしゃべりが上達したのではありません。  編集がうまくなったのです!(キッパリ) ★私はいつも「やまねこ通信 E=MC二乗」の事が頭の隅にあります。  次回テーマは何にしようかと常に思っています。  「やまねこ通信 E=MC二乗」は、私みかりんを構成している大事な要素です。 ★「やまねこ通信E=MC二乗」では、あなたからの投書を受け付けています。  動物・植物・環境・宇宙・時間・哲学このメルマガの趣旨に合うような投書を  気軽にメールに書いてね。  過去に取り上げた記事からの話題も歓迎しています。 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http://www.phoenix-c.or.jp/~daichi-m/yamaneko/yamaneko.htm ○やまねこ通信は、素人みかりんが趣味で発行しているもので、情報の正確さには  まったく自信がありません。引用して弊害が起きても責任は持てないよ。  それから誤字脱字変換ミスは大目に見てね。気を付けるけれどさ。えへ。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━