2015/2/1━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 幽玄の森羅万象の散歩道 動物行動学からの性♂♀の話・動物・植物・環境・宇宙・時間・哲学 興味のおもむくまま“みかりん”の しゃべりんぐ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━目指せ1万部! ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆         やまねこ通信 E=MC二乗                                vol.216 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ こんにちは。 みかりんです。 どちらを見ても真っ白な雪に埋もれた冬。 皆様方はいかがお過ごしでしょうか。 寒い日が続く今夜あたりは暖かい鍋でも食べましょうか。 鳥つみれが入った肉系の鍋も好きですが、 タラやシャケなどが入った魚系の鍋も大好きです。 いいですね。鍋。 魚美味しいですね。 ホッケやサンマやニシンやシャケ。 やっぱりね、北の魚は寒い海の中にいるので脂が乗って美味しいんですよね。 その魚なんですけれど、よく「魚は痛みを感じないんだ」と聞きます。 ふぅん。そうなのかなぁ。となんとなく半信半疑な気持ちでした。 ある日図書館で「魚は痛みを感じるか」というタイトルの本を見つけました。 イギリスの本で翻訳本です。 奥付を見ると2012年発行の本です。 たぶんこの分野の最新の情報でしょう。 魚が痛みがあるとしても、私たちはどこまで他人の痛みがわかるんでしょう。 ましてや相手は表情も声もほとんど出さない魚です。 今日の話は「魚は痛みを感じるかの話」です。 ここに↓バックナンバーがあるよ。『内容一覧』という所をクリックしてみて。 http://www.phoenix-c.or.jp/~daichi-m/yamaneko/yamaneko.htm 「ラジオ山猫通信」も、ここから聞くことができます。↑ ━■魚は痛みを感じるかの話━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 私は魚釣りの経験がほとんどありません。ちょっとだけあります。 餌のゴカイというウネウネした細長い生き物を釣り針に付けて、 遠くに投げて釣竿を持ってしばし待ちます。 するとつんつんというアタリがあって、リールを巻くと魚がかかっています。 アブラコと呼ばれている魚で、正式名はアイナメです。 魚はぴちぴちと躍動しています。 動く魚をつかんで針から放してバケツに入れます。 バケツに入れられても魚はまだぴちぴちと跳ねていました。 魚が痛がっているとか、苦しんでいて動いているというよりは、 まぶしいばかりの命が躍動していて、 釣られた魚は、跳ねて運よく海に戻れればという事かな くらいにしか思わなかったのを覚えています。 魚って痛くないの? という私の問いに、 幾人もが「魚は痛くないんだよ」と答えました。 その答えに釈然としないものをずっと感じつつ、 反論する知識もないのでそのたびに黙るしかありませんでした。 たしかに釣りをした時の魚の躍動感は、 痛さのあまり苦しさのあまりに跳ねているというより、 万がひとつのチャンスに賭けて海に戻ってやろうと魚のしたたかさを感じたんですけどね。 金魚やグッピーを飼ったことがあります。 限られた水槽の中の魚には、痛さや苦しさはあると、普通に思っていました。 ポンプのぶくぶくが不調の時は苦しそうですし、 仲間同士の争いに負けてヒレが欠けたグッピーは痛そうで心が傷ついていると感じていました。 釣り上げられた魚には痛みよりしたたかさを感じ、 ペットの魚には痛みはあるでしょ、と当然と思っていました。 そこに矛盾があるとは気がついていませんでした。 さて。2006年「魚は痛みを感じるか」という記事がイギリスの新聞に載りました。 本の元になった記事です。 この記事には二通りの反応がありました。 ひとつは、魚が痛みを感じないのは明らかだ。 バカな事を言い出して釣り愛好家を迫害するな。という意見。 もうひとつは、魚が痛みを感じるのは当たり前の事だ。 何故わざわざそんな判りきった事を研究しているのか。 誰にでも明らかな事なのではなかったのか。という両極端な反応だったと言います。 この反応、私は両方に共感できます。 これから魚の痛みについてお話していきますけれど、私の意見はその時々で変わります。 生き物として痛がって当然と思う私と、 まぁ、それほどでもないんじゃない?という私がいて渾然としたまま話を進めていきますね。 魚が痛みを感じているかどうか。 実はこの単純な疑問について、21世紀に入るまで、 基礎的なレベルですら科学的な分析がなされていなかったんですね。 魚に痛みはないと多くの人が信じているのも、 当然、痛みはあるでしょと思っている人も、 思い込みというか迷信というかそのレベルと同じだったって事です。 痛みが感じるには2つの段階を踏む必要があるといいます。 たとえばドアに指を挟んでしまった時、 まず神経系が勝手に反射する無意識な段階があります。 痛いと感じる前に素早く指を引っ込める反射のような動作ですね。 考えてやっていない動作です。 それから脳が痛みに気づいて指をドアに挟んでしまって痛いと苦しむ段階があります。 このふたつがあって初めて「ドアに指はさんで痛い」と感じるんですね。 魚は痛みを感じるかの研究をしたイギリスの学者は、 魚のマスを使っての実験と観察で、魚には痛みを感じる能力が備わっているとして、 その能力はヒトの新生児や早産した赤ちゃん以上だと判明したとしました。 かつて赤ちゃんは神経が未発達だからという理由で、 痛みを感じる能力がないと考えられていて、麻酔なしで手術が行われていたんです。 でもちゃんと麻酔をして手術した方が術後の経過が良いという事で、 今では新生児や早産した赤ちゃんにも手術の際には麻酔をしています。 実験と観察と検証から、魚は何らかの意識を持っていて、 痛みを感じる能力が備わっていると結論付けました。 魚が経験している苦痛は、私たちが感じる痛みや苦痛とは違う、 もっと単純なものかもしれないけれど、 魚に痛みみを感じる能力が備わっていないとする根拠は見つからず、 刺激を受けると苦しむという証拠は豊富にみつかったと発表したんです。 それでは魚に痛みがあるとすると、 魚には意識があるのか、魚は鳥や哺乳類と同列に扱われるべきか、 蟹やイカやミミズと一緒に分類されるべきか、 論理的な観点からどの動物を保護すべきか、どこに線を引けばいいのかなどの、 これまで避けられてきた問題に直面しなければならなくなってきているというのです。 痛みがあるのなら魚にも動物保護法のような感覚は必要かという提言です。 ある動物が痛みのために苦しむ能力があるのなら、 その動物に対して私たちは、接し方や扱い方、 世話の仕方を変えなければならないのではないかというんですね。 動物愛護というか魚愛護です。 魚の漁獲方法や養殖のやり方、釣りの方法は魚に無用な苦しみを与えていないか。 与えているのなら改善するべきではないのか。という考え方です。 私はこのあたりは違うなと感じるんです。 痛みがあるのなら保護しなければならないというのなら、 言い換えれば痛みがないのなら命をぞんざいに扱っても良いという事になってしまう。 これって可愛い動物は保護するけれど、可愛くない動物は減ろうがどうなろうが、 どうでも良いっていうのと同じだと思うんです。 痛い痛くないは保護するしないとはまた違う話だと思っています。 魚に痛みはあるとするこの発表は多くの人々の論議を呼んで、 現在でも絶対に認めないという釣り人は多いです。 でも以外な人たちがこの説に賛同しました。 魚の養殖をする人たちです。 魚は苦痛を感じる事を前提に考えて、魚にストレスを与えない環境で飼うと、 病気の発生もなくなって、申し分なく成長して、品質のよい魚になるからです。 魚は痛みを感じないと長らく言われてきたことにも理由があります。 人間は脳の前葉頭という部分で痛みを感じているんですけれど、魚には前葉頭がないんですね。 それについてはこう言い返すことができます。 イソギンチャクやクラゲやサンゴなどのグループがあります。 これらの単純なつくりの無脊椎動物には脳がありません。 でも体中に神経が行き渡っています。 これらの動物は攻撃したりされたりして、負けたほうは去っていきます。 クラゲやイソギンチャクが出す毒素は、私たちがいたみを感じる毒素と同じ、 神経系を損なう神経毒なんです。 痛がらせているし、痛がっているだろうという事なんです。 それから魚の行動から、魚は痛みを感じないと思うようになった例として、 口に釣り針に引っかかった魚が、口の周りを引きちぎれんばかりに暴れて、 口の周辺がズタズタになっても暴れるのをやめないどころか、 釣り人から離れる方向に泳ぎ去ろうとする。 痛かったらこんな事はできないでしょ。という事例です。 これは魚に多くみかけるかもしれないけれど、 私たち人間も含めたほかの動物でもあることです。 足が罠にかかったサルやキツネなどが、罠から抜け出すために、 たぶん相当な痛みがあったんだろうけれど、足を引きちぎってまたは齧りとって、 足がない状態でその後も生き続けています。 人間でも、岩に挟まれた腕を自分でナイフで切り落として脱出した例がありますし、 岩に挟まれた足をひざから下を自分で切り落として、命がたすかった例もあります。 生き物は、どうしてもここから逃げたいと思うと、体の損傷は二の次三の次になるんですね。 それではもうひとつと、魚が痛がっているを認めない人は言います。 それではなぜ同じ魚が何度も釣り上げられるのか。 これについてはこう考えられます。 魚が一度でも釣り針に引っかかると釣り針を避けるようになります。 釣ったあとで川に戻すキャッチアンドリリースの慣習がある川では、 釣り糸がいつも垂れていると、なかなか餌に食いつかなくなると釣り人は言います。 では何故すべての魚がそのように学習しないのでしょうか。 餌が限られている競争の激しい川では、 魚たちは何を餌にするかと選んでいる場合ではないんですね。 餌を食べようとする衝動が強い競争の激しい所では、 魚は何度でも釣り針にかかってしまうという事なんでしょう。 体が傷ついて損傷してもいいから逃げたいとか、 また釣りあげられるかもしれないけれど万が一にも本物の餌かもしれないと食いつくのも、 どっちの衝動が強いかで魚の行動が決まるという事です。 これらの行動によってだから魚は痛みを感じないとは言えないという事なんですね。 でも、だから痛みを感じているとも言いきれないんです。 だって私たちは他者の痛みを感じる事ができませんもの。 あなたが痛がっている。痛いと言っている。 だから痛いだろうなと共感する事はできます。 言葉で痛いというからやっと判るんですね。 言葉で表現できない赤ちゃんに痛みはないとした考えも、 やっぱり他人の痛みは自分の痛みではないからそう思うんです。 人間同士でもそんな感じです。 動物に心はないとちょっと前まで本気で言われていました。 ましてや魚です。 でも生きていく限り痛みというのは不可欠なものです。 痛いから危険から回避するんです。 痛みの感じる事ができない生物は生き残っていくことができないと思うんですよ。 「鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず。声あるものは幸いなり」 明治時代の斉藤緑雨という小説家の言葉です。 人は、痛いと声をあげる人をみてやっと他人の痛みに気がつくんです。 痛みって、「痛い」といわないと気づかれないんです。 そしてどのくらいの痛さで痛いと言い出すか、人によって違うんですね。 現代のお医者さんが江戸時代にタイムスリップしてしまった漫画がありました。 のちのテレビドラマ化されて大ヒットした「JIN 仁」です。 この中で南方先生が「この時代の人はとても痛みに強い」と言っていたのが印象深かったです。 麻酔のない時代に来て麻酔なしで盲腸の手術をしなければならなくなって、 女性の患者さんは痛みに耐え切った時の話です。 それから何の本で読んだかは忘れてしまったんですけれど、 ある日本人が、どこかジャングルのような所に入っていくために現地の若者を荷物持ちに 雇った時の事を書いた文の中にこんな描写がありました。 ある時、荷物を持ってくれる若者のひとりが、 荷物を運んでいて背中の皮がずる剥けになっているのに気付いたんです。 雇った日本人はビックリします。 「何故、その事を言わない、十分な手当てはできないけれど、少しなら薬もある」と。 でも、若者は笑って意に介しません。 痛くない訳がない。いやかなり痛いはずだ。 何故彼は痛いと言わないんだろう。 その日本人は考えました。 たぶん言ってもしょうがないからではないのか。 近くに痛みが治せる人がいれば「痛い」というけれど、 そうではない場合は言ってもしょうがないので言わないのではないか。 小さい子どもが些細な傷で痛いと言って泣くのは、 治して欲しいというアピールなのではないか。と考えたと書いてありました。 海外のお医者さんの間では、日本人は痛みに強いと通説になっているようなんです。 医者が痛いかと質問すると、「このくらいは痛くない」と答えてしまうんですね。 だから海外では日本人に対して、「本当に痛くないか慎重に調べろ」言われるくらい、 日本人は表現が下手なんですね。 外国人に比べて、表情に乏しくて喜怒哀楽を表に出さない日本人。 大袈裟に言えば、哺乳類から見たら、魚のようです。 痛そうな顔をしないし痛いって言わないんですから。 人は哺乳類や鳥が怪我をしているのをみると、痛みを感じているものと解釈しています。 動物たちは人の言葉で痛みを訴えません。 怪我した足をかばう動作で痛いだろうと人間が勝手に思っているだけです。 動物の心はのぞけません。 自分たちの体の痛みについても十分に理解していないのに、 動物の痛みについてはわかる事は困難です。 ましてや魚になるとどうしたものかと思います。 実験で、ニジマスに酢酸という刺激のある液体を注射すると、 注射したところを砂などに頻繁にこすりつけて痛がる動作をした。 という報告があります。 モルヒネで同じことをしたら、こする回数はとても少なかったというんです。 この実験からニジマスは痛がっていると主張しています。 注射ですから皮膚が破れてます。 皮膚が切れて痛い所を砂や岩にこすり付けるかなと、 私は本を読んでいてちょっと思ったんです。 もしかしたら私たちのような痛みよりは、痒みに似ているかもって。 これも想像の範囲を超えられません。 この、魚は痛みを感じるという研究発表の少し前に、 カニ、エビ、ロブスター、ザリガニなどの甲殻類に痛点がある事が判明して、 痛みを覚えていてそれを回避しようとする行動が見られるという研究が発表されていました。 この研究に関わった学者は 「今まで痛点がない全くないとされてきたカニやロブスターなどが、  生きたまま茹でられて調理されてきたんだけど、  甲殻類も脊椎動物と同じような痛みを感じるのがわかれば、  倫理的に生きたまま調理する方法について議論すべきだろう」と語っています。 この学者さんの語った所を読んだ私は、うわぁ。と思いましたよ。 私は今ではネットで毛蟹やタラバなどを売っていますが、 かつてはお店で生きた蟹を毎日ボイルしていました。 ハサミで指を挟まれたことがありますけど、まったく表情を変えずに指を挟んできて、 ペンチで捻り切られるような機械的な痛さでした。 毎日多い時で何百匹となくボイルしてきて、「ああぁ、いつかは蟹供養に行かなくちゃな」 と思っていた事を思い出しました。 前半でも言いましたけど、 動物愛護の精神を、痛いと感じるか否かで線引きするのは違うと思うんです。 ミミズだってオケラだってアメンボだって、 みんな痛いかもしれないし、痛くないかもしれないけれど、 命をぞんざいに扱っていい動物とそうでない動物に線引きする権利は人間にはないんです。 そんなふうに考えていてある時、ビックリするような動画をインターネットで見つけました。 それは三枚におろされて骨になった魚が水槽で優雅に泳いでいる動画でした。 これです。↓ https://www.youtube.com/watch?v=mmWET02wIWQ 日本の寿司職人さんが、イシダイを三枚におろします。 身は握り寿司にしてお客さんに提供します。 想像していたよりは身が付いていたけれど、頭と骨と尻尾だけになったイシダイは、 別に痛がっている様子もなく普通に水槽の中を泳いでいるんです。 さすがに元気いっぱいの泳ぎではなかったですけれど平常心で泳いでいるように見えました。 さばくときに魚の血管をうまく外す技術のなせる技らしいです。 魚は防衛本能としての痛みや不快感や苦痛は感知できると思っていたんだけど、 もうなんだか判らなくなってしまいました。 まぁ、このイシダイの事は置いておいて、 たぶん進化の過程でかなり原始的な段階から痛みを感じる能力は あったんじゃないかと思います。そう考えたほうが自然です。 魚にも痛みを感じる事の出来る能力はあるでしょう。 でも、それは人間の意識と同じ苦痛なのかという事になるとそれはわかりません。 脳が違うので違うものだとは思いますけれど。 痛いというのは苦痛の感覚です。 それでは魚に心地よいという感覚はあるんでしょうか。 ナマズの仲間に体の表面全部が味覚センサーで覆われているものがいます。 それからコイの仲間の口の周りのヒゲは味覚にとても敏感なことがわかっています。 魚も好ましい味と嫌いな味を区別する事が判っています。 という事は、魚は痛みだけじゃなく快い感覚がわかる能力もあるという事です。 それでもやっぱり人間と同じなのか?というとそうでもないのかそうなのか。 私たち人間は、私たちの脳に感じる感覚しかないんです。 魚は痛いのか、動物は悲しいのかと知りたがる人間です。 無駄な行為なんだけど、人間は他者に共感したい特性を持つんですね。 そのおせっかいぶりは人間に特出したものです。 進化の過程でおせっかいな性質を持ったのが、たぶんこの先何かの役に立つんだと思います。    * * * * *  * * * * *                    餌をみつけてかぶりついたら        いきなり口に痛みが走り、宙を舞う        太陽がまぶしく熱すぎる        あまりの驚きに暴れていると        急に自由になって水の中に戻っていた        今、何が起きたんだ?        岩陰でじっと観察する        危険な餌があると知る        口がひりひりする        二度と騙されるものか        うかつ者が引っ張られていく        痛いか痛くないかだって?        大きなお世話だ        食うか食われるかだよ          いつかすきをみつけて食ってやる          ━■みかりんの叫び━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「2045年問題と人類の未来」 2045年問題というのがあると知りました。 人類の知能は爆発的な速度で指数的に進化してるのがわかります。 次に起こるのが2045年、シンギュラリティだと言われているというんですね。 シンギュラリティというのは、「技術的特異点」という意味で、 世界中の物理学者や宇宙学者、未来学者が 2045年前後で、全人類の知能がコンピューターにかなわなくなると予想しているというんです。 たとえば、20年位前に、コンピューターがオセロを打てるようになりました。 そこから数年後、人間はオセロでコンピューターに勝てなくなりました。 2009年頃、人間はチェスでコンピューターに勝てなくなりました。 数年後、ニコニコ生放送でプロの将棋棋士が、コンピューターに勝てなくなりました。 1、2、3、4、5…と30カウントすると、人は30歩進むことが出来るかもしれないんだけど、 コンピューターは、30カウントの間に 2、4、8、16…と、30カウント後には10億に達する速度で進化していくって事なんですね。 1903年にライト兄弟が人類初めて空を飛びました。 その飛行距離と飛行時間は、259mと59秒。 その66年後の1969年には、人類はアポロ11号で月に降り立ちました。 その距離と時間は、38万キロと5日間。 66年間で146万倍の飛行距離です。 2045年以降、もし技術的特異点(シンギュラリティ)が引き起こった場合、 コンピューターは更に凄いコンピューターを自分で作るようになって コンピューターに作られたさらに凄いコンピューターは 更にすごいコンピューターを作るようになり… そして、人類は一気に置いて行かれることになる。という話らしいのです。 まぁ、難しいことは考えないでこれちょっと見てください。 神木隆之介くん主演の未来の生活です。楽しめます。 「NHKスペシャル NEXT WORLD 私たちの未来」  http://youtu.be/CugctMVhWy4 (前編) 8:38  http://youtu.be/Q15PP-CRZMc (後編)11:09 コンピューターに管理される平和な日常の未来です。 SF映画になるともうちょっと暴力的になりますね。 「マトリックス」とか「ターミネーター」のスカイネットとか。 たしかに技術は進歩しているけれど、人類そのものは太古の昔から変わっていない印象を 私は持っています。 嫉妬、功名心、欺瞞、見栄、自惚れ、優越感、劣等感、卑屈、自慢などなどの 実に人間らしい部分はなんら変わっていないんですね。 コンピューターに囲まれている人たちがいる一方で、 まったく違う世界で生きているナントカ族という人たちも存在しています。 全身ペインティングしている、珍妙な格好をしているように見えるナントカ族の人々は、 私たちとまったく同じ人類です。 ちょっと前までチョンマゲを結い、お歯黒をしていた日本人は、 やはり「珍妙な」と表現される習慣を大事にしていました。 人類の文化には幅があります。良い悪いではなく。 人はどうなりたいかと、個人個人で問われれば ナントカ族の人々もパソコンに囲まれている人も 「幸せに暮らすこと」に異議はないでしょう。 でも人類全体でみると「どうなりたいのか」まったくわかりません。 宗教によるいさかいがあります。 たとえこのまま人類が宇宙へ飛び出していっても、 宇宙に行った先でもそのまま宗教観を持っていくから、 やっぱり宗教対立は起きると思うんです。 嫉妬、功名心、欺瞞、見栄、自惚れ、優越感、劣等感、卑屈、自慢などなどの 実に人間らしい部分は、宇宙へ活躍の場を広げても変わっていかないんですね。 2045年まであと30年です。 人間そのものは変わっていかないまま、しかもこれだけ文化の幅を持ちながら コンピューターの技術的特異点(シンギュラリティ)が来るらしい私たちの未来です。 そして30年以降もまだまだ人類の歴史は続くんですから。 どこへ向かっていくんでしょう。 私も、このメルマガを読んでいるあなたも、いずれどこかの時点で死んでしまいます。 人類の最後を見届けることはできません。 なんか不思議な気持ちになります。 ━●編集後記━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ★今回の「みかりんの叫び」は、ちょうどパリの新聞社襲撃事件がとりあえず収束し、  その直後に日本人2人がイスラム国と名乗る武装集団に拘束されて身代金要求を  されているニュースが流れている時に書いたものです。    世界情勢はどこに向かっているのだろうと、この先を憂う気持ちがありました。  書いてる途中でニュースが入ってきて、大相撲中継は飛んでしまい、  人質ニュースばかりになり、  「みかりんの叫び」の書き始めと書き終わりは気分が違っています。   パリの新聞社襲撃事件は遠い事件のように感じていましたけど   日本人人質拘束身代金要求のニュースは8500kmも離れている所のニュースですけれど   とたんに身近になってきます。   世界は確かに繋がっている。   世界情勢はどこに向かっているんだろう。   心底そう感じたのです。   科学は人を幸せにするために発達するもの、すべきもの。   でも科学では解決できそうもない人の業はこれからも続くんだろうな。   ★ラジオ山猫通信がリアルタイムで、  パソコン、スマートフォンから聴けるようになりました!  http://www.radiokaros.com/simulradio/  ↑ここがカロスのサイトの「インターネット放送聴取方法」のページです。  パソコンからスマートフォンから、カロスの放送を聞く方法が載っています。  http://www.simulradio.jp/  ↑ここがサイマルラジオのサイトです。  ここから全国のコミュニティーラジオが聞けるようになっています。    このサイトを開いたらちょっとスクロールすると「北海道」という場所があって  その下の方に「ラジオカロスサッポロ」という場所があります。  そこの「放送を聴く」をクリックするとメディアプレイヤーが立ち上がって、  リアルタイムに放送を聴くことが出来ます。  サイマルラジオは数分時間がズレて聞こえることがよくあります。  ラジオ山猫通信は、第一月曜日と第三月曜日の19:00〜19:30です。  来週の月曜日19:00に「健気な外来動物の話」が  リアルタイムで聞くことができます。  バックナンバーは、「やまねこ通信 E=MC二乗」のサイトの「ラジオ山猫通信」の  場所から、いつでも好きな回のお話を聴くことが出来ます。   ★今回のこの「魚は痛みを感じるかの話」は、  ネットでいつでも好きな時に聞くことができます。  http://www.phoenix-c.or.jp/~daichi-m/yamaneko/yamaneko.htm  ここの右側「ラジオ山猫通信」をクリックしてスクロールして  「魚は痛みを感じるかの話」をクリックすると聞けます。  すぐに聞けない人は、じっと待ってみて。きっと聞けます。  http://crashlanding.under.jp/rajiyama0119.mp3  直接URLはここです。  今回の文は、おおむねラジオ原稿そのままです。  ラジオ用原稿をメルマガ用に書き換えているけどね。 ★vol.216の参考書籍&参考サイト       魚は痛みを感じるか?  著/ヴィクトリア・ブレイスウェイト                   訳/高橋 洋    紀伊國屋書店       脱臼しても「大丈夫」日本人は我慢強い?       http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=105837       【人類滅亡?】2045年問題について語らせてwwwwwww       http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4806383.html     ★予告です。 2月2日放送「健気な外来動物の話」  (ネットにUP予定は2月15日)(収録終わった) 2月16日放送「火山とアトランティスの話」  (ネットにUP予定は3月1日)(書き終わった) 3月2日放送「石油の怪しい話」  (ネットにUP予定は3月15日)(書き終わった) 3月16日放送「火星の風景の話」  (ネットにUP予定は4月5日)(書き終わった) 4月6日放送「シナントロープの動物たちの話」  (ネットにUP予定は4月19日)(書き終わった) 4月19日放送「ナキウサギと氷河の風の話」  (ネットにUP予定は5月3日)(書き終わった) ★ラジオ放送が月二回隔週であります。  最初はメルマガを元に原稿を書いてたけど、  今は、書き下ろし原稿です。  それをメルマガに転用するという逆転現象が  最近のメルマガ版「やまねこ通信 E=MC二乗」であります。 ★どうぞお時間のある時に「ラジオ山猫通信」も聞いてみてください。  2009年9月から始まった「ラジオ山猫通信」  どこまで続くんだ?  ここまで来たらいける所まで行ってしまえ!  最近は、トチらずスラスラよどみなくしゃべっているように聞こえます。  慣れてきたのです! ウソです。(笑)  編集で直して貰っているんです。 そのためずいぶん聞きやすくなっています。  決して私のしゃべりが上達したのではありません。  編集がうまくなったのです!(キッパリ) ★私はいつも「やまねこ通信 E=MC二乗」の事が頭の隅にあります。  次回テーマは何にしようかと常に思っています。  「やまねこ通信 E=MC二乗」は、私みかりんを構成している大事な要素です。 ★「やまねこ通信E=MC二乗」では、あなたからの投書を受け付けています。  動物・植物・環境・宇宙・時間・哲学このメルマガの趣旨に合うような投書を  気軽にメールに書いてね。  過去に取り上げた記事からの話題も歓迎しています。 蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹     ★彡★彡★彡★彡★彡『蟹屋 山猫屋』★彡★彡★彡★彡★彡 生まれも育ちも北海道育の“みかりん”が、北海道の味覚を全国の方に広めるために 『蟹屋 山猫屋』を立ち上げました。一級品の道産品をお手ごろ価格でネット販売! 読み物としても楽しめるものを目指しているよ。    登録はここ→ http://www.phoenix-c.or.jp/~daichi-m/kani/   山猫屋の蟹は冷凍ガニではありません。ボイルしたてを食卓に直送! 蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹蟹    ↑↑↑  私、みかりんのもうひとつのメールマガジン。  北の味覚。海産物。蟹おいしいよ〜。海水ウニもありますよー。  予算はこれくらい。食べる人数はこれくらい。と教えてくれたら、その中で  できる限りのご提案をします!山猫屋の蟹は冷凍物は扱っておりません!  さぁ、タラバ食べたいよう、毛ガニ食べたいようのメールをみかりんに書こう。  タラバも毛蟹も良いのが入荷してきています。  北の食材たちは脂が乗っておいしいです。  この機会に、どうぞ冷凍ではない蟹を!  ご贈答に、山猫屋の海産物を。 それじゃ、今回はここまで。 あなたのお便り待ってます。 daichi-m@phoenix-c.or.jp じゃね。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 大惨事!白玉団子を作ってキナコで食べていたら…むせた。 場所はパソ前。 どうなったかは想像にお任せします。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ○ やまねこ通信E=MC二乗 vol.216  2015年2月1日発行 http://www.phoenix-c.or.jp/~daichi-m/yamaneko/yamaneko.htm ○発行編集者 みかりん daichi-m@phoenix-c.or.jp ○発行システム: インターネットの本屋さん「まぐまぐ」ID:0000052530 http://www.mag2.com/ ○登録/解除 http://www.phoenix-c.or.jp/~daichi-m/yamaneko/yamaneko.htm ○やまねこ通信は、素人みかりんが趣味で発行しているもので、情報の正確さには  まったく自信がありません。引用して弊害が起きても責任は持てないよ。  それから誤字脱字変換ミスは大目に見てね。気を付けるけれどさ。えへ。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━