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【2011ニュースNo2から】 全国指導員学校の成功を、 全道研につなげよう
第2回目となった第36回全国学童保育指導員学校(北海道会場)は昨年を上回る370名の参加で成功でした。次の第27回北海道第31回札幌学童保育研究集会につなげましょう。 去る6月5日に『第36回全国学童保育指導員学校(北海道会場)』を開催し、50地域370名の参加で大成功することができました。一昨年、18年続けてきた北海道学童保育指導員学校を終了し、昨年より全国学童保育連絡協議会主催の全国学童保育指導員学校(北海道会場)として開始しました。今年2年目を迎えた全国指導員学校でした。 保育合研集会でも学童保育の分科会が行われました 指導員学校が終わってすぐ、北海道保育団体合同研究集会が行われました。全道から保育士や保護者、学童保育指導員など保育関係者が650名を超える参加となり、初日の土曜日は旭山動物園園長の坂東元さんの記念講演、松本伊智朗さんの子どもの貧困の講座や子ども子育て新システムの講座があり、翌日の日曜日は会場を札幌学院大学に移して、8つの分科会などが行われ、学童保育の分科会では現場からのレポートも出され、参加した保育士からも学童保育のことが良くわかったと感想も出され、今回は参加者も大きく増えました。 岩手県指導員学校と陸前高田市のようす 2011年8月27日、28日に盛岡市つなぎ温泉で行われた岩手県第27回新指導員学校、第40回指導員学校、第25回合宿研修会が合同で行われました。1日目は午後から7つの分科会に分かれての研修、夜は夕食交流会、2日目は北海道にも来られた松崎運之助先生の講演が行われました。松崎先生の講演は2時間たっぷりと学童保育への思いやすばらしさを話され、夜間中学で出会った人たちのエピソードも交えて感動的な話が続けられました。前日の父母会の分科会でも話された陸前高田市から参加されたお父さんから震災の日からの様子が報告されました。 震災からの復興をめざして行われ、岩手県の思いがひとつになった集会となりました。集会終了後、お願いしてあった陸前高田市に向かいました。被災地です。会場だった盛岡から2時間、山を越え、海岸線に入るまで、山間の景色はとてもすばらしいものでした。しかし、津波が襲ったところから景色が変わり、壊れた家、土台だけの家、瓦礫の山・・・。海岸は何メートルも後退し、道路のすぐそばまで波が打ち寄せ、その周りには何も無い景色、壊れたビルの骨組みと瓦礫、土台と時折供えてある花束しか目に入りませんでした。そして、そこに住む皆さんは、顔を合わせると、家族は無事か、家はどうか、あの時はどこにいたかなどひとつひとつ確認して安心したり、哀しんだりしてから、普段の話が始まるのは、震災後半年がたとうとしている今でも変わりないと、震災はまだ続いていると教えてくれました。普通の生活をしようとし始めることからも心の復興は始まっているのだと実感しました。前を向いてがんばろうと合言葉のように言いながらも、思い出すと涙が流れ、つらくて下を向きながらもがんばろうとしているみなさん、あのときのまま時間が止まってしまった住宅や瓦礫の山、通れない道路、満足とはいえないけれど開店している店、過去と未来が行きかうがんばっている街をこの目で確かに見てきました。震災にあった学童保育も見てきました。津波が来る直前に学校の1Fにあった学童保育から海側の高台に逃げ、さらにそこにあった建物の屋上にはしごをかけて非難し、2日間取り残されてしまったところでは、学校の校舎は使える状態ではなく、1Fの学童保育は床に砂がたまり、ランドセルや絵の具箱がそのまま残っていて、あの日で時間が止まったというより、タイムスリップした大昔の場所を見た思いでした。最後に行けた学童保育は小学校の1Fにあり、ちょうど帰ってきた子どもたちの元気な声が響いていましたが、その学校からほんの10mもいくと、そこから先の海岸線までは何も無い荒涼とした土地が広がり、草が茂り始めたところを忙しくダンプや車が行きかっている風景しかありませんでした。海岸線を走る道路からは、学校がぽつんと見えて、その先に広がる住宅の風景が、そこで切り分けられたような感覚におそわれました。何も無い道路の脇を中学生が一人歩いていて、これが現実のことなのだと実感させられました。 遠い北海道からできることは何かをずっと考えていました。北海道でも奥尻島の津波、有珠山の噴火、十勝沖地震、今回の地震による津波・・・とたくさんの災害に見舞われてきた事実を忘れていたことに恥ずかしさも覚えましたが、今、できること、これからできることは、何かをしっかりと考え、できることからやっていこうと強く思いました。自分が見て、聞いて、感じたものをうまく伝えられないもどかしさはありますが、ひとつひとつ伝えていく努力をすることが長い支援になることを自分に言い聞かせながら帰ってきました。あらためて、このことを多くの人に伝えること、学童保育の目線でこれからの支援を考えること、そして私たちの教訓を考えることが必要だと実感しています。 |
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