ピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピー
どこかでガス警報器が鳴っている、と思ったら目覚まし時計の音だった。
今日は十二月二十五日、冬休み第一日目。だというのに、僕はいつもの癖でセットしてしまった目覚まし時計に七時に起こされてしまった。
うー、もっかい寝よ。
そう思って、枕に顔を押しつけかけたとき、目覚まし時計の隣にあるなにか白いものに気がついた。
なんだこれ。たまご?
確かにそれは、たまごらしかった。
でも、どうしてこんな所にたまごが・・・?
僕は、今日がクリスマスだって事に気がついた。
でも、僕はもう十六歳だ。
サンタクロースが、枕元にプレゼントを置いていったなんて事は、どうしたって思えない。
それに、これはたまごだ。
百歩譲って、サンタクロースがプレゼントをくれたとしても、なんでたまごなんて・・・。
母さんがふざけてんのかな。
僕はそう思って、たまごを持って台所に降りていった。
「母さん、僕の枕元にたまご置いた?」
「たまごぉ?」
母さんは野菜を炒めながら、振り返りもせずに聞き返した。
「そ、たまご。朝起きたら置いてあったんだ。」
「母さんならたまごじゃなくてリカちゃん人形一式でも置いとくわよ、あんたがもう少し女らしくなるように。あんた、かりにも女子高生よ。しかもあのお嬢様学校と名高いT女子高校の。なのに、ちっとも女らしくならないで。せめて僕って言うのぐらいなおしてもらわないと、母さん何のために高いお金出して私立の・・・。」
母さんの話が終わりそうにもないので、僕はお椀を持って、そっと台所を出た。
母さんはああ言うけれど、僕がこんなに男っぽいのには母さんにだって責任があると思う。
まず、母さんがつけた広海っていう男か女かよくわかんない名前。
それから、母さんに似て170cm以上あるこの身長。
そしてきわめつけに、母さんに無理矢理入れられた女子校で女の子からラブレターをもらう毎日。
これで女らしくなった方が不思議だ、と、僕は思う。
ま、そんなことより、たまご、たまご・・・。
なんか、もったいない気もするけど、割っちゃえ。
僕はコンコンと、机の角にたまごをぶつけた。
が、しかし、たまごは割れるどころか、殻にひびすら入らなかった。
なんだよ、これー。
僕は今度はもっと力をいれてたまごを机の角にぶつけた。
瞬間、たまごが白く発光して、一瞬視力を失った。
「キャーン、海平ちゃん、元気だった?会いたかったわ。」
とてつもなくキャピキャピした声の発生源は、ピンクのドレスに身を包んだ女の子だった。
「どしたの、海平ちゃん。イヴのこと忘れちゃった?」
僕はあまりのことに、机の上に座っている女の子になんと言ったらいいのか、わからなかった。
やっと絞り出した一言は、なぜだか震えていた。
「た、た、た、た、たまご?」
「そうよ、たまごから生まれたイヴちゃんでーす。」
やっと落ち着きを取り戻してきた僕は、あらためてその女の子に聞き返した。
「だれだって?」
「だからイヴだって言ってるでしょ。ほんとに海平ちゃん、イヴのこと忘れちゃったの?」
女の子が泣きそうな顔になったので、僕は慌てて言う。
「あの、人違いじゃないの。僕、海平っていう名前じゃないし。」
「うん、知ってる。今は槙野広海って名前なのよね。でも、女になっても海平ちゃん、かっこいいよ。」
「なんで知って・・・。」
「海平ちゃんはなんにも覚えていないみたいだから、最初っから話すね。海平ちゃんはね、私達が住んでいる世界から、人間界に修行に来たの。それでイヴ、淋しくて淋しくて、やっとパパにお許しもらって、海平ちゃんに会いに来たのよ。」
「はぁー?」
いったいどこが最初からなんだよ、さっぱりわかんねぇぞ、と、僕は思った。
「だからね、イヴと海平ちゃんは、フィアンセなの。だけど、海平ちゃんが、修・・・。」
「ちょっと待て、フィアンセって、僕、女・・・。」
「うん、でも海平ちゃん、今は女の姿してるけど、ほんとは男なの。人間界で海平ちゃんに悪い虫がつかないように、パパに頼んで、イヴ、海平ちゃんを女の姿にしてもらったの。」
どうりで僕が、こんなに男っぽいはずだ。
それにしても僕、こんな娘とよく婚約なんてしてたよなぁ。
確かに可愛いには可愛いけど、こんなに疲れる娘。
あ、待てよ、それで嫌になってこっちの世界に来たのかもしれない、こっちで八十年も修行してれば、この娘と結婚なんてできないだろうし。
僕はとてつもなくこの娘と結婚したくない、と思った。
向こうの世界でよっぽど嫌な思いをしていたのかもしれない。
「ねぇ、僕、こっちの世界にどれくらいいるの?」
「海平ちゃん、イヴに会って、早くイヴと結婚したくなったのね。イヴ、嬉しい。修行が終わったら、すぐ結婚する約束だものね。でも、大丈夫よ海平ちゃん。修行は槙野広海の寿命がつきるまでだけど、人間界の百年は、イヴたちの世界の一週間だもの。」
なんだよ、結局、結婚しなきゃなんねーのかよ。
僕、女みるめなかったのかなぁ。
「でもね、パパが海平ちゃんがイヴにふさわしい人かどうか、テストするって言い出したの。簡単なテストだから大丈夫だと思うけど、合格してくれなきゃイヴ、死んじゃうから・・・。」
イヴが言い終わると、部屋の中が急に暗くなった。
「ちょ、待てよ、テストって何だよ。」
部屋はすっかり暗くなって、何も見えなくなった。
どこからか、太い男の声が響いてきた。
「たまごが飛んでくる。その中からイヴのたまごを選び出せ。もし、失敗すれば、イヴはおまえの所にはやれん。」
ラッキー、ってことは、失敗すれば結婚しなくてもいい。
そう思った次の瞬間、たまごが飛んできた。
たまごは白く光りながら、僕めがけて四方八方からすごい勢いで飛んでくる。
こんなんで、たまごなんか選べっこないと思ったとき、たまごが一つ僕の手の中に飛び込んできた。
あんなにたくさん飛び交っていたたまごは、僕の掌の上の一つを除いて、みごとに消え去った。僕の掌の上のたまごは、いっそう白く光ってイヴになった。
「これで来年のクリスマスも、再来年のクリスマスも、これからのクリスマスには毎年、イヴ、海平ちゃんに会いに来れるわ。」
イヴはうっとりと言うと、僕の右頬にキスをして、そうしてそれから、ゆっくりと空気に溶けた。
それから僕は、婚約を破棄するために、誰よりも女らしくなり、ボーイハントに精をだしたが、僕の身長を超え、かつまた、僕を愛してくれる人は未だに現れていない。