はしがきのタカノツメ添え


 日々の生活があまりにも単調なせいか、些細なことで喜んだり悲しんだりする癖がある。キュウリの漬け物を漬けようとしてタカノツメを手でちぎった後に、不覚にも鼻を擦ってしまったのだ。熱いのか痛いのかはっきりしない何ともいえない苦しみが鼻全体に広がり、すぐ治るとわかっていても、この世の終わりのような絶望感におそわれてしまうのだった。しかしハルマゲドン級の鼻の痛みも、三十分もしたらケロリと消えてしまった。
 カーネーションの矢部さんは目薬と間違えて液状のタイガーバームを目にさして、何日か失明してしまったそうだ。その後はなぜかとりつかれたように曲がたくさんできてしまったらしい。・・・私にもなんか起きないだろうか。目や耳ならともかく鼻が利かなくなるなんてのは、せいぜい腐ったものでも食べて具合を悪くするのが関の山だろう。根拠のない万能感だけが沸いてくる。

ラフィン・ノーズ


 私は人と目を合わせることが苦手だ。・・・というか合わせることができない。外国人はそういう人を嫌がるらしいが、幸い私には外国人の知り合いがいないので、あまり不自由な思いをしたことがない。
 しかし大事な話や深刻な場面では、そういうわけにもいかなくなるので、鼻の穴を見つめて話をする事にしている。結局は目を見ていない事に変わりはないのだが、少しは相手に誠意を表しているのだと誤解してもらうための苦肉の策である。大体はそれで済むのだが、時々退っ引きならない事態に陥ってしまうのだ。
 鼻毛の出ている人である。しかも思いきりボーボーと・・・。こうなったらもう駄目だ。戦意喪失である。真面目な話なんてできやしない。笑いをこらえつつも、ついつい観察してしまう。
 そんなことをいいつつも、このHPだけで三回も鼻ネタを書いている。これは愛なのだろうか・・。


元町のねこ


 元町に写真を撮りに行くと、観光シーズンと雨の日以外は大抵たくさんの猫達に会うことができる。彼女たちは撮影に極めて協力的で、まるで遊びに行く度におこずかいをくれるおばあちゃんのようだ。時々煮干しを献上するだけで体を擦り寄せてきてくれるので、目が痒くなる程嬉しくなる。
 これは十分条件であり必要条件ではないのだが、古くて、坂が多くて、路の細い街には必ずと言っていい位猫がたくさんいる。道路条件の悪い市街で犬を飼うには散歩させるのが大変なのだろう。しかし猫の目線でものを見ると、そういう街が一番暮らし易いのだろうか・・・。
 元町や元町の猫のおかげで自分の写真が明確になったのは事実だ。何をするにも理屈っぽく考えてしまいがちな私が、写真に関しては誰の忠告も聞かずに感覚だけで楽しむことができる。だから失敗も多いんだけど・・・。


がらんどう図鑑表紙に戻る

写真図鑑目次に戻る