二匹の金魚が小さな金魚鉢の中で一緒に暮らしていました。
 金魚名前はカイとクウ。
 二匹はとても仲良しでした。
 けれどクウには一つだけ心配なことがありました。
 それはカイがどこかへ行ってしまうのではないか、という心配でした。
 カイはクウに口癖のように言うのです。
「僕は海に行ってみたいんだ。
 こんな小さな金魚鉢なんてもううんざり。
 いつか聞いたことのある大きな大きな海へ行って、そして帰ってきたら、クウに一晩中海の話を聞かせてあげるよ。」
 カイがそういう度に、クウは淋しくなりました。
 クウはカイに海の話をしてもらうことよりも、カイが側にいてくれることの方が嬉しかったのです。

 けれどある朝、クウが目覚めると、金魚鉢の中からカイの姿が消えていました。
 クウが眠っている間に、カイは金魚鉢を抜け出して海へと向かって泳ぎだしていたのです。
 カイは嬉しくて嬉しくてぐいぐい泳いでいきました。
 どんなに泳いでもカイの身体はガラスの壁にぶつかったりしません。
 海というモノは、こんなにも大きいのだ、と驚きながらカイは流れに逆らって泳いでいきました。
「ねぇ、君は赤くてとても綺麗だね。」
 カイよりもずっと小さな銀色の魚が言いました。
 カイは嬉しくなって答えました。
「君の身体だってピカピカ銀色に光って、とても綺麗だよ。
 それに君はこんなに広い海で生まれたんでしょう。
 羨ましいよ。」
「ここは海じゃないよ、海じゃなくて川だ。
 海はここよりもずっとずっと広くて大きいんだよ。」
「え、ここは海じゃないの。」
 カイはとてもがっかりしました。
 ここは海ではなくて川なのです。
 海にはどうしたら辿り着けるのでしょう。
「ねぇ、君も海に行くの?
 だったら僕達と一緒に行かない?
 僕達も海に行くんだ。」
「え、本当かい。」
 カイはたちまち元気になりました。
 だってたくさんの仲間と一緒に海に行けることになったのです。
「僕はカナタ。よろしくね。」
 カナタは銀色の身体をふるふると振るわせて言いました。

 それからカイの長い旅が始まったのです。
 カナタと銀色の仲間達に守られながら、カイは泳ぎ続けました。
 長い旅の途中、何匹もの仲間が力つきて死んでいきました。
 大きな魚に追いかけられる事もありました。
 カイはすっかり痩せこけて、赤い鱗が何枚も身体からはがれ落ちていきました。
 けれどもカイは海を目指して泳ぎ続けました。
 何度泳ぐことを止めようと思ったかしれません、その度にカイは海のことを思って力をふりしぼるのです。
 やがて、どうして泳ぎ続けるのか、カイにはすっかり分からなくなりました。

 ある日、カイは気が付きました。
 銀色の仲間達の数ははじめて会ったときの半分以下に減っていました。
 そしてカイよりも小さかった筈の仲間達の身体は、今ではカイの何倍も大きく成長していました。
 その時カイは、なぜだか泣き出したいような気持ちになりました。
 カイの身体は痩せこけて、クウと一緒にいたときよりもずっと小さくなったように見えました。
「カイ、君は帰った方がいいよ。」
 突然の言葉に、カイは驚いてカナタを見つめ返しました。
「カイ、君は海へは行けないよ。
 海はあんまり広すぎて、君の小さな身体じゃとても生きていけない。
 僕はカイの身体も僕達みたいに大きくなると思ってたんだよ。」
「でも、僕はクウに約束したんだ。
 海に行って来て、帰ったら一晩中海の話を聞かせてあげるよって。」
 カイは金魚鉢を飛び出してからはじめてクウのことを思い出しました。
 今まで海に辿り着くことで頭がいっぱいで、カイはクウのことを忘れてしまっていたのです。
「帰りなよ、カイ。
 友達が君のことを待っているよ。
 それにカイの身体はもうぼろぼろじゃないか、死んでしまうよ。」
 カナタの静かな言葉に、カイは泣きながら必死に答えました。
「死んだっていいよ。
 僕は、僕は、死んでもいいから海へ行きたい。」
「どうしてそんなに海へ行きたいの。」
「・・・・・。」
 カイは自分がどうして海へ行きたいのか分かりませんでした。
 ただカイは、どうしても海へ行きたかったのです。
「海へ行ったって何もないよ。
 冷たくてしょっぱい水があるだけ。
 僕達は生まれてくる前に神様に言われたんだ、海へ行きなさいって。
 でもカイは違うんだろ。
 帰りなよ、カイ、友達が待っているよ。」
 カイは小さく頷きました。
 カイにもなんとなく分かっていたのです。
 自分は海では暮らせないことが。
 銀色の仲間達にさよならを言って、カイは泳ぎだしました。
 クウが待っている小さな金魚鉢に向かって。
 今までクウを忘れていたことをとりかえそうと、クウのことばかり考えて、カイは泳ぎました。
 そして、カイは辿り着きました。
 クウのいる小さな金魚鉢に。
 クウはカイを見て、嬉しそうにぽーんと飛び跳ねました。
 そして、カイの身体からはがれ落ちた何枚もの赤い鱗のことを悲しんで、涙を一粒こぼしました。
 その日カイは一晩中クウに銀色の仲間達との長い旅の話をしました。
 そして、最後にこう言いました。
「ただいま、クウ。」
 クウはお帰り、とまた一つ飛び跳ねました。
 小さな金魚鉢の中は、きれいな水で満たされていました。


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