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さて、阿懿[あい]の名字は誰も知る所ではない。
阿懿と親しいものは無かったし、小さな邑[むら]であったから別段姓名を記されるような事も無かった。
別に皆から名で呼ばれたと言う事でも無い。阿懿の事を呼ぶ機会が殆ど無かった、のだ。
阿懿は人付き合いをまるでしなかった。一言で言えば物臭さであった。
阿懿の名を呼ぶものは阿懿、
つまり「阿」は「〜ちゃん」という意味を持つので、
若年の阿懿をそう呼ぶ事に注意を払う必要は無いため、
その様に呼んだ。
それでも「阿懿」と呼ぶ事を多少なりとも躊躇[ためら]う者達は、阿懿の名を呼ぶ事無しに挨拶や会話
―阿懿と会話をしようという者などは皆無に近いが―
をしようとするか、話さない。
ちなみに阿懿のたった一人の肉親、兄は、これも又阿懿と呼んでいる。
阿懿と兄は左程[さほど]年が離れている訳でも無く、然[さ]りとてけして近くも無い。
兄が五つの時阿懿は産まれた。
阿懿の父は彼の母が身籠[みごも]って3ヶ月目に野犬に襲われ、
阿懿の産まれたのを見ると緊張の糸がぷっつりと切れたかの様に、
阿懿が産まれて二十五日目に息をひきとった。
阿懿の母は途方にくれそれでも必死に働いたが、遂にその疲れ極まり、四年後に死の床に着いた。
まだ九つの阿懿の兄は懸命に生きた。
幼いながらに出来るだけの仕事はした。
近所の者も流石に哀れだと憐憫の情を持って何かと面倒を見てやった。
そんな風に育ったものだから阿懿にとっては
父とは則[すなわ]ち兄であり、
母といえば即[すなわ]ち兄であった。
そして阿懿は身体がけして丈夫とは言え無かった。
慢性の頭痛を持ち運動は出来なかったし、
冬には鼻腔を痛め、
夏には腹を壊し
又季節の変わり目には大体高熱を出した。
然し阿懿の不思議な所はそういう己の状況をまるで気に病んでいない事である。
阿懿は何より散歩と睡眠とを好み、それ以外の事は必要に迫られた時のほか特にしないで生きて来た。
怠け者と確かに呼ぶ者はあったが、
邑の者で阿懿の身体の弱さを知らぬ者は無かったし、
又阿懿の兄はその境遇からか阿懿を溺愛したので、
阿懿を働かせようとは思わなかった。
幸い、と言おうか二人は小食で、最低限の暮らしに何ら不満を持つ様な性格では無かったため、
別段問題が起こる事も無く生活が出来た。
だがそれも、
阿懿がその二十一年間の人生の中で最も大きな
「被害妄想」と言う名の病に取り憑かれる迄の十四年間の間だけであろう。
阿懿はその年これ迄に無い程の高熱に魘[うな]されていた。
兄は遠くから医者を呼んで来た。
意識が朦朧としている阿懿には
自分の身体を医者に調べられている事などどうと言う程の事でも無かった筈だが、
目が回っていて辺りがまるで見えなくとも其処にいると判る兄と、
医者の声が阿懿の妄想を引き出した。
「早く、早く切ってしまって下さい。どう調理すれば好[い]いのですか」
「こう痩せこけていてはどうにも成りません。も少し太る迄置いときなさい。回復してからの方が旨くも有りましょう」
〜続劇〜
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