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オペラの愉しみ(第2回)

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1979年の初来日に続く2回目のイギリス ロイヤル・オペラの日本公演。劇場の街ロンドンを支えているのは、舞台好きの
鑑賞術の名人たちであり、シェークスピアで鍛え上げられた鑑賞眼は舞台芸術の王であるオペラにも当然厳しい目を注ぐ
ことになる。したがって世界の名門オペラ劇場としてその名を広く知られたロイヤルオペラにしても常に名声を維持
できるとは限らなかった。
  
 しかし、この来日当時は音楽監督コリン・ディヴィスのもとでロイヤルオペラの長い歴史の中でも特筆すべき頂点の
時期にさしかかっていたといえる。英国ロイヤルオペラは280年余の輝かしい歴史を有する世界でも有数の名門オペラ
劇場で、別名コヴェント・ガーデン王立歌劇場とも言われる。この半世紀の間、音楽監督にラファエル・クー
ベリック(1955→59)、ゲオルク・ショルティ(1961→71)、コリン・ディヴィス(1971→86)、ベルナルド・ハイティンク
(1988→)という大物指揮者が就任している。その絶好調のロイヤルオペラがこの時の大掛かりな引越し公演で携えて
きた演目は、プッチーニ「トゥランドット」、ビゼーの「カルメン」、サン=サーンス「サムソンとデリラ」、モーツァルト「コシ・ファン・
トゥッテ」の4演目。特に期待されたのは当時、史上最高のカルメン歌手といわれたアグネス・バルツァがついに日本の
舞台でその無類の歌を歌うということだった。今までのすべての「カルメン」をしのぐ、特別な「カルメン」に接することが出来る筈
といやがうえにもその期待は高まった。そして強力なカルメンに対抗するにはやはりそれにふさわしいテノールが
必要だと、ここで登場するのがホセ・カレラスであった。この人ほど切ないホセが演じられる歌手はほかにいるだろうか。
ということで大いなる期待を抱いて上野の東京文化会館に出向いた。

 実際は想像を絶していた。バルツァの声は怖るべきもので劇場の空間を真っ二つに引き裂いてしまうほどだった。
フォルティシモのオケを容易に突き抜ける途方もない声とそれを制御する術をもった最強のメゾであった。
そして歌良し、演技良し、まさに圧巻であった。アグネス・バルツァ − このギリシャ生まれのメゾ・ソプラノは1968年の
オペラ・デビュー以後、瞬く間に世界中から愛される人気歌手となり、現代を代表するカルメン役であり、
どれも高評を得た膨大なレパートリーとともに、見事なまでのキャリアを歩んでいた。バルツァのメゾ・ソプラノは
特に中音,高音の響きがよくて、凄みがあり、悪女的なカルメンにはうってつけであった。彼女は体格的には
それほど大柄ではなく、オペラ歌手としてはむしろ細身の部類に入ると思うが、しかし、どこからあの声が出てくるのか、
と思うくらい声量があり、かつ美しかった。そして声だけではない、妖艶さと可憐さを持ち合わせたみごとな女性を
演じていた。
 
 一方、カレラスのあの甘い声は歌のいかなる細部をも抉り出さずにおかない鋭利な刃物でもあった。カレラスの声は
イタリア系テノールのどこまでも明るい響きに比べると、こころなしか陰があり、そして幾分重い。しかし、
それは悲劇性の多いテノールの役にとってはむしろ強みであり、他の追随を許さぬ魅力になることが多い。
そのような観点からもカレラスのドン・ホセは適役であった。惚れた女に捨てられる男の切なさ、やるせなさが胸に迫る
熱演であった。

 第4幕の幕切れ、セビリアの闘牛場の外でのホセがカルメンを刺し殺してしまう場面での二人の緊迫したドラマ
「愛と死の2重唱」は劇場内を凍りつかせるほどの怖ろしい迫力であった。このロイヤルオペラをはじめとする
「カルメン」で、バルツァ=カレラスのコンビの名声は不動のものになっていった。このように私にとって空前の「カルメン」が
英国ロイヤルオペラによってもたらされたのである。
アグネス・バルツァ ホセ・カレラス 
このオペラの聴きどころ、見どころは説明を要しないであろう。オペラ史上最高の人気作のひとつであり、
その激しい愛のドラマで、あるいはヒロインの圧倒的な魅力で、そして何よりも心を揺さぶる音楽の力で、人々を
魅了してきた名作中の名作である。第1幕への前奏曲から全曲の締めくくりであるカルメンとドン・ホセによる二重唱まで、
次から次へとお馴染みの音楽が聴こえてくるので全ての部分が聴きどころであるといってよいであろう。
カルメンによる「ハバネラ」や「セギディリヤ」のような鼻歌風に唄われるアリアがあるかと思うと、もう一方には
ドン・ホセが切々とうたう「花の歌」のようなアリアがあるといったように変化に飛んだ魅力的な歌が連続する。
オペラ「カルメン」がとびきりの人気を誇るのもゆえなきこととはいえないのである。
 
         
<閑話> 歌手のために書かれたオペラ。

 カルメンはバルツァの「当たり役」といわれる。まさにその通りであるが、昔、オペラは歌手のために書かれたらしい
(勿論、全部が全部ではない)。歌舞伎十八番のように、オペラにも「当たり役」がある。例えばマリオ・デル・モナコの
オテロであり、マリア・カラスでいえばノルマであり、椿姫のヴィオレッタである。あるいはフレーニの「ボエーム」の
ミミであり、パヴァロッティの「愛の妙薬」のネモリーノなどである。
 
 もともと作曲家たちは、初演を歌う歌手の声質にあわせて作曲したらしい。モーツァルトは恋人でもあった
歌手のナンシー・ストーレスの存在があったから「フィガロの結婚」第4幕のすばらしく美しいスザンナのレチタティー
ヴォとアリア“楽しい時がついにきたわ・・・早くおいで、すばらしい喜びよ”を作曲した(らしい)。モーツァルトより
9歳年下のストーレスはロンドンに生まれ(1765年)、早くも10歳で歌手デビュー。オペラ作曲家であり
ヴァイオリニストでもある兄と共にイタリアに渡って歌の教えを受けた後、フィレンツェ、ピザ、パルマ等各地で演奏。
その後、16歳の若さでミラノ・スカラ座に登場、翌年にはウィーンにまで活動の場を広げる。このウィーンでモーツァルトと
出会い、『フィガロの結婚』の初演でスザンナ役を歌うことになったのである。

 ロッシーニもお気に入りのコントラルト(註1)、マリア・マルコリーニのために「アルジェのイタリア女」
や「試金石」を書いた。ベッリーニもジョヴァンニ・バッティスタ・ルビーニという特殊な高音をもった
テノールのために「清教徒」や「海賊」などの超高音を要求される作品をかいている。(これ、本当の話)。

 聴き手としてはやはりその歌手が「当たり役」にしている役柄のオペラを聴きたいのは当然であろう。
その時点での最高のキャスティングといえるからである。当たり役でいうなら実際の舞台を聴いていないからこその
願望なのだが、チェチェーリア・バルトリ(註2)が歌う「セビリャの理髪師」と「チェネレントラ」。これが聴けるのなら地球の
果てまでも馳せ参じたい。
  
註1 コントラルト:女声の声域(声種)のひとつで、現在では、女声の最低音を言い、   女声を2部に分けたときの
下の声部、3部に分けたときの一番下の声部の名前。   マーラーの交響曲などで活躍している
ナタリー・シュトゥツマンが有名。

註2 チェチェーリア・バルトリ:人類史上最高と言っても過言ではないメッゾ・ソプラノ   (イタリア生まれ)。モーツァルトや
ロッシーニなどを得意とする現代の超人気オペラ歌手。

 「サムソンとデリラ」は私が初めて体験するオペラで、大掛かりな舞台装置が必要である上、それを崩してしまう
「大屋台崩し」のスペクタクルで大変面白かった。デリラ役の著名なメゾ・ソプラノのエレーナ・オブラスツォワが
病気で来日せず落胆したが、それでも代役が唄ったデリラの有名なアリア「あなたの声に心が開く」の官能的な
美しさに虜になった。サムソンは当時ヘルデン・テノールとしてワーグナーを歌い、強力な声の持ち主であるジョン・ヴィッカース
であった。また第3幕の長大なバッカナールはこのオペラのひとつのクライマックスで、官能的な
音楽と踊りが延々と繰り広げられ、大きな見せ場になっていた。

 「トゥランドット」はカラフ役のフランコ・ボニソルリの「誰も寝てはならぬ」が、鳴り止まぬ拍手に
応えてアンコールで再度唄い、2度も聴けたのはもうけものでうれしかった。このオペラの大規模な
管弦楽としての面白さを再認識したものである。 
 
 フィオルディリージをキリ・テ・カナワが唄うということで前評判の高かった「コシ・ファン・トゥッテ」は
残念ながらチケットが入手できず涙を呑んだ。結局、私にはキリ・テ・カナワはこの後も実際の舞台に
接する機会がなく、後になって一度は聴きたかった歌手であったと悔やんだものである。
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ウイーン国立歌劇場
6年前の1980年についでの2回目の来日。今回は規模、内容ともに前回をはるかに上回り、総勢450名にのぼる
大型陣容で、携えてきた演目がオペラフアンにとっては何とも魅力的なラインナップであった。幸いにも苦労したが
4演目のチケットを手に入れることが出来た。
 
 出演する指揮者・歌手陣も文字通り世界最高の顔ぶれであった。演目別に紹介しよう。

【 R・シュトラウス・ばらの騎士 】
 指揮をペーター・シュナイダー、マルシャリンがグンドゥラ・ヤノヴィッツ、オクタヴィアンがトルデリーゼ・シュミット、
オックス男爵をハンス・ゾーティンという布陣。演出が8年後に東京で上演された同じウイーン歌劇場公演での
カルロス・クライバーが指揮したものと同じオットー・シェンクであった。
 
 「ばらの騎士」については同じホームページの別稿Dr Almonndeの熱烈オペラ入門講座 第2回 〜オペラは
男と女のホレタ、ハレタの物語〜を参照にしていただければより詳しく述べている。しかし、正直にいうとまだこの
頃の私にはこのオペラの本当の面白さや素晴らしさは判っていなかった。
もっと年を重ねて初めてこのオペラの素晴らしさに気づいた。
この時の印象は、第3幕の幕切れのこの作品のなかでもっともよく知られた、そして同時にもっとも美しい音楽、
ゾフィー、元帥夫人、それにオクタヴィアンの3重唱とその後に続くゾフィー、オクタヴィアンの2重唱が身震いする
ほどの美しい音楽であったことをはっきりと覚えている。
この世の中にこれほどの美しい音楽があるのだろうかと、本当に息がつまるほどの衝撃であった。

【W・A・モーツァルト・フィガロの結婚 】
 事前の案内では指揮をエーリッヒ・ラインスドルフということで期待が大きかったが、残念ながら
キャンセル、私が聴いたときは無名の指揮者であった。歌手陣もそれ相応ではあり、決して
レベルの低い演奏ではなかったが残念ながら特に感慨深いものではなかった。

【 G・プッチーニ・マノン・レスコー 】
このオペラは私にとって実際の舞台は観た(聴いた)ことがなかったので大いに楽しみであった。
指揮が新進気鋭のジュゼッペ・シノーポリ、タイトル・ロールにミレッラ・フレーニ、デ・グリューに
ペーター・ドヴォルスキーが予定されていたが、私が聴いたときは残念ながらセコンドのキャスト
であった。但しマノン・レスコー役はこの頃は無名であったが後に活躍したイローナ・トコディで大健闘、
とても素晴らしかった。プッチーニらしい甘美なメロディがあふれた面白いオペラであった。

【R・ワーグナー・楽劇「トリスタンとイゾルデ」 】

【作   曲】リヒャルト・ワーグナー(1857〜59年)
【初   演】1865年6月10日 ミュンヘン、宮廷歌劇場 
【原   作】 ゴットフリート・フォン・シュトラスブルクの叙事詩、『トリスタンとイゾルデ』ほか
トリスタンに関する伝説
【演奏時間】第1幕 80分、第2幕 80分、第3幕 70分  合計 約3時間50分
【時と 場所】 伝説上の中世、イングランド西南部のコーンウォール
【登場人物】
   トリスタン(T)    =マルケ王の甥であり忠臣
   イゾルデ(S)     =アイルランドの王女
   マルケ王(Bs)    =コーンウォールの王
   ブランゲーネ(Ms)  =イゾルデの侍女
   クルヴェナール(Br) =トリスタンの従者
   メロート(T)      =マルケ王の忠臣
   ほか  
 
 ドイツ後期ロマン派の最高傑作でワーグナー円熟期の作品。今回の来日公演で私が個人的に一番期待したのは
この「トリスタンとイゾルデ」であった。指揮はベテランのハインリッヒ・ホルライザー、トリスタン役を当初、
ヘルデン・テノールとして名を成していたルネ・コロの予定であったが病気のため来日せず殆ど無名のテノールであった。
それでもイゾルデはお目当てのヨハンナ・マイヤー、マルケ王がテオ・アダムという期待のもてる
布陣であった。 

 別稿でも書いたが、私にとってワーグナーの初体験は、イタリアオペラに接するのとは全く違う覚悟
と緊張感をもって臨んだものである。ワーグナーは特別な存在であり、それを見る(聴く)のは特異な
体験なのである。いつも彼方にそびえる神聖な山を畏敬と不安な気持ちで眺めていたが、実際に
体験するにはいよいよその懐に跳び込む覚悟が必要だったし、特に、楽劇と名づけられた
「トリスタンとイゾルデ」以降の作品となるとその魔力に身をゆだねるか、抵抗するかの選択が
迫られる・・・・そんな覚悟で聴いたのを今でも覚えている。まずは簡単なあらすじをご紹介しよう。

【第1幕】
 時は伝説上の中世、舞台はイングランド西南部のコーンウォール。アイルランドの王女イゾルデは、
コーンウォールを治めるマルケ王に嫁ぐため、王の甥であり忠臣であるトリスタンに護衛されて
航海していた。かつてトリスタンは、戦場でイゾルデの婚約者を討ち、そのとき自らも傷を負った
ものの、名前を偽りイゾルデに介抱してもらったことがあった。このときイゾルデは、トリスタンが
婚約者の仇だとすぐ気が付いたが、そのときにはすでに恋に落ちていた。
 イゾルデは、自分を王の妻とするために先導するトリスタンに対して、激しい憤りを感じていた。
彼女は一緒に毒薬を飲むことをトリスタンに迫った。しかし、毒薬の用意をイゾルデに命じられた
侍女ブランゲーネが、毒薬のかわりに用意したのは「媚薬=愛の薬」であった。そのため、
船がコーンウォールの港に到着する頃、トリスタンとイゾルデは強烈な愛に陥っていたのであった。
 
【第2幕】
 イゾルデがマルケ王に嫁いだ後のこと。マルケ王が狩に出掛けた隙に、トリスタンがイゾルデの
もとを訪れ、二人は愛を語り合う。そのとき急にマルケ王は戻ってきた。これはイゾルデに横恋慕
していた王の忠臣メロートの策略であった。マルケ王は信頼していたトリスタンの裏切りと妃の
裏切りに深く嘆くのであった。王の問いにトリスタンは言い訳をしようとせず、メロートが斬りかかって
きたところを、トリスタンは自ら剣を落とし、その刃に倒れたのであった。
 
【第3幕】
 フランス西北部ブルターニュにあるトリスタンの城。トリスタンの従者クルヴェナールは、深手を負った
トリスタンのために、イゾルデを呼びよせた。しかし、イゾルデが駆けつけたその瞬間、彼は息絶えた
のであった。そこへ、全ては「媚薬=愛の薬」のせいだと知ったマルケ王がやって来る。ただそのとき
には、すでにもうイゾルデの運命は決まっていた。彼女は至上の愛を感じながらトリスタンの後を追う
のであった。
ヨハンナ・マイヤーのイゾルデとルネ・コロのトリスタン(1983年バイロイト公演から)
「トリスタントイゾルデ」は“愛”のオペラの傑作。ほぼ全編にわたって二人即ちトリスタンとイゾルデの
内面の激しい恋愛感情が唄われている。このオペラの最大の特徴は従来のオペラ、即ちワーグナーなら
「ローエングリン」までのオペラ、及びワーグナー以外の作曲家のオペラのように、アリアとか重唱曲、
合唱曲、あるいはオーケストラによる、例えば舞曲や行進曲などのように区分された楽曲の連続によって
進展するのではなく、メロディが止まることなく流れ続ける「無限旋律」として深奥の彼方から湧き上がる、
あるいはさまざまに変容したあげくにやがて再び無限の彼方に遠ざかってゆく音楽であり、劇であった。
それゆえ示導動機(ライト・モティーフ)という、人物、事物、行為、感情、自然現象などを象徴するモティーフ
を劇の進展にあわせて駆使し、変化させるという複雑かつ巧妙な手法がとられている。

 まず、非常に有名な前奏曲であるが、イ短調で開始されるが、次々に調を変え、移ってゆく。この無調音楽
も「憧憬の動機」で開始され、「愛の動機」ほか3つほどのモティーフを加えながら、「愛と法悦の動機」を経て
クライマックスに達したあと、潮が引くように退き、前奏曲冒頭の気分に戻っていく。無限旋律と無調、
示導動機が特徴的に表現されている独特の雰囲気をもつ印象的な前奏曲であり、「トリスタンとイゾルデ」の
テーマである「愛と死」にふさわしい官能的な美しい音楽である。私にはそれまでのオペラ体験では味わえな
かった全く異空間の世界であり、そして何とも形容しがたい魔界ともいうべき音楽の世界にいきなり引き込ま
れたものである。

 聴いているうちに「トリスタン和声」と呼ばれる不安定で不思議な響きの和音が、官能的で甘美な響きを
作り出しているのに気がつくであろう。なお、この前奏曲は幕切れの「愛の死」とセットで管弦楽曲として
しばしば単独で演奏されるほど魅力的かつ有名な曲である。正味3時間30分を超え、30分の休憩2回を
入れると延々4時間30分を超える超大作であるために歌手の力量と体力が試される過酷なオペラであり、
非力な歌手であれば3幕第2場の幕切れの最大の聴きどころであるイゾルデの「愛の死」に至るときには殆ど
息絶え絶えであるが、この夜のヨハンナ・マイヤーはさすがに見事に唄いきった。マイヤーは強靭なフォルテ
を持っているわけではないが、情感の豊かさを感じさせる歌唱で,怒れる1幕、愛に浸りきった2幕、神々しさと
凛とした美しさの3幕、それぞれのイゾルデを完璧に歌いきっていた。

 マイヤーはドイツ系のアメリカ人。最初はアメリカの劇場で歌っていたが、その後ヨーロッパにデビュー、
ウイーン国立歌劇場などで活躍。イゾルデ唄いとしての高い評価を得ている。1983年バイロイト祝祭劇場での
ルネ・コロのトリスタン、指揮ダニエル・バレンボイム、演出・舞台装置ジャン・ピエール・ポネルの盤(LD)で
マイヤーの健闘ぶりが視聴できる。

 最大の聴きどころといってよいこの「愛の死」はいくつかの動機が精妙に織り込まれ、このオペラの終末の
法悦の至境を歌い上げたもので、聴いているうちに知らず知らずのうちに涙ぐんでいる自分がいた。
テオ・アダムが気品のあるバリトンで苦悩に満ちたマルケ王を見事に演じきったのも印象的であった。
かくて私にとって衝撃的なワーグナー初体験であった。

 参考までに申し上げると、このオペラを正確に理解しようと思ったなら、古くからヨーロッパ各地に伝わる悲恋の
説話「トリスタンとイゾルデ」、あるいは「トリスタン伝説」を多少とも理解をしておくと判りやすい。そしてワーグナー
がこのオペラを作曲したのは、ワーグナーの音楽を愛し、金銭的にも支援した実業家オットー・ヴェーゼンドンクの
庇護の下におり、そしてその夫人マティルデとの熱愛と別れのさなかに生まれた作品であることも重要な視点と
して見る必要があろう。
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まだ東西に分断されていた当時の東ドイツの歌劇場、ベルリン国立歌劇場の公演で、既に巨匠として高い評価を
受けていたオトマール・スイットナー指揮でワーグナーの5時間に及ぶ大作「ニュルンベルグのマイスタージンガー」
が上演されるということで大変な話題を呼んだ。この歌劇場はベルリン国立歌劇場というよりも現在、ダニエル・バレ
ンボイムが音楽総監督を務めるベルリン州立歌劇場、通称リンデン・オーパーといったほうが判りやすいかもしれ
ない。マイアー・ベーア、オットー・ニコライ、リヒャルト・シュトラウス、エーリッヒ・クライバー、ヘルベルト・フォン・
カラヤンなど錚々たる大指揮者が音楽監督を務めた名門歌劇場である。特に近年、バレンボイムが音楽監督に
就任して以来めざましい成果をあげている、現在、世界中で最も注目されているオペラ劇場である。
 
 私が聴いたのはこの「マイスタージンガー」の他に同じくスイットナー指揮の「フィガロの結婚」であった。他の
演目はジーグフリート・クルツ指揮でモーツァルト「後宮からの誘拐」、同指揮R・シュトラウス「サロメ」で、特に
「サロメ」は演出が評判を呼んだ鬼才ハリー・クップフアーであったので期待が大きかったが、私は残念ながら聴く
ことは出来なかった。

【 R・ワーグナー・楽劇 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 】
ニュルンベルクのマイスタージンガー』(Die Meistersinger von Nurnberg)は、リヒャルト・ワーグナーが作曲した
楽劇で、台本も作曲者自身による。16世紀中ごろのドイツのニュルンベルクが舞台。
初演は1868年6月21日。ハンス・フォン・ビューローの指揮によるミュンヘンの宮廷歌劇場。
演奏時間 は約4時間20分(各幕80分、60分、120分)。
オトマール・スイットナー テオ・アダム
指揮者のオトマール・スイットナーには後ほど触れるとして、この公演の歌手陣がすごかった。
列挙すると、主人公靴屋の親方ハンス・ザックスにあのテオ・アダム、金細工師の親方に
ジークフリート・フォーゲル、市役所の書記ベックメッサーがジークフリート・ローレンツ、若い騎士
ヴァルター・フォン・シュトルツイングにライナー・ゴールドベルク、ザックスの徒弟ダーヴィッドに
ペーター・シュライヤー、ポーグナーの娘エヴァがマグダレーナ・ファレヴィッチ、エヴァのうば
マグダレーネにウタ・プルエフ。旬の歌手を揃えたこれ以上は無いという位のベストキャスト
であった。

 特にテオ・アダムはすでにザックス歌いとして確固とした地位を築いていたし、その歌唱、
演技力はもとより、その舞台栄えのする思索的な風貌を生かした威風堂々たる舞台姿は観客を
魅了した。4時間半あまりの長丁場を歌いきった後の最後の最後に、ザックスは「マイスターを
侮ってはいけない」とヴァルターを諫め、「神聖ローマ帝国は煙と消えても、聖なるドイツ芸術は
我らの手に残るだろう」と歌うマラソンでいえば心臓破りとも言うべき非常に重要な歌があるが
それも見事に歌いきった。それは体力的にも限界に近いであろう壮絶な歌であったし、これ以上
望むべくもない堂々たる歌唱であった。まさにヨーロッパの主要なオペラ劇場にたびたび客演し、
バイロイト、ザルツブルグなどでも活躍していたドイツを代表するバス・バリトンという評判に違わず、
その実力は評判通りであった。

 そしてこのオペラの上演の難しさは主役のザックスに加え、それを取り巻く多彩なキャラクターを
演じる芸達者な歌手陣がそろっていなければならないということであった。金細工師の親方・
ポーグナーのジークフリート・フォーゲルはテオ・アダムとダブルでザックスを歌うほどの実力者であり、
その深い声と安定感抜群の歌唱は千金の重みがあった。市役所の書記ベックメッサーをジーク
フリート・ローレンツが芸達者に演じ、テノールとして既に名声を博していたライナー・ゴールドベルクが
若い騎士ヴァルター・フォン・シュトルツイングを、ザックスの徒弟ダーヴィッドにこれも名手ペーター・
シュライヤーが、長身で気品にあふれたマグダレーナ・ファレヴィッチがポーグナーの娘エヴァを力演。

 そしてフイナーレではもうひとつの主役ともいうべき合唱の力強さでこのオペラの大円団を迎えること
ができたのである。その点ではこの上演はその全体の歌唱は高い水準であり、理想的な配役を得て
実現したといえるであろう。

 ヴェルナー・ケルヒの演出は近年ドイツで主流となっている作品の読み替えや意味の問い直しを迫る
ような類のものではなく、衣裳も背景も中世のニュルンベルクであり、作品の真の価値を真っ向から問う
という正攻法の演出であった。


<閑話> マイスタージンガー

 ニュルンベルクでは、手工業が発達し、各手工業の代表者たちが芸術(歌唱)に携わって、マイスター
ジンガーと呼ばれていた市井の芸術家たちがいた。マイスタージンガーと呼ばれるには厳しい修行過程が
あり、「見習い」、「弟子」、「歌手」、「詩人」、「親方」という段階があった。マイスター歌曲は、中世の
騎士歌人の伝統を受け継ぎ、厳格な規則がある。さまざまな名前を持つ定まった旋律があり、これに装飾
を施し詩に当てはめるための煩雑な規則がある。これらは、オペラのなかでも第1幕で触れられ、
ダーヴィットやパン屋の親方コートナーの歌に出てくるものがそれである。これらの煩雑で硬直した
「規則性」と、革新的な音楽の軋轢・対決の構図には、現実面でのワーグナー自身の葛藤が表されており、
第3幕でザックスが規則を教えながらヴァルターの歌をともに作り上げていく過程には、ワーグナーにとって
の音楽の一つの理想が描かれていると解釈されている。


 このオペラの大まかな見どころ・聴きどころを要約すると
まず、有名な「ニュルンベルクのマイスタージンガー前奏曲」は、ワーグナーの楽曲のなかでもよく親しまれ、
演奏会でしばしば単独で採り上げられる機会が多い。祝祭的なイメージから式典(大学の入学式など)での
演奏機会も多い。冒頭はハ長調の輝かしく堂々たる開始ではじまり、親方たちの動機や入場行進の音楽、
ヴァルターの応募歌(懸賞歌)に使われるメロディーなどが現れ、オペラ中に使用されるライトモティーフの
代表的なものが殆ど扱われる。終わりは直接第1幕の教会のコラールにつながってそのまま第1幕の幕が
上がる。

 このオペラの聴きどころはやはり第3幕であろう。
第3幕は、靴屋の親方ハンス・ザックスの仕事部屋。前奏曲では、ザックスの「諦念の動機」が扱われる。
ザックスはどこか心ここにあらずの状態で人の迷いについて思いを巡らす(迷いのモノローグ)。やがて
金細工師の親方ポーグナーの娘エヴァに思いを寄せる若い騎士ヴァルターが起き出してくる。
ヴァルターは不思議な夢を見て新たな歌の着想を得たと言う。ザックスはこれを素材に、マイスター歌の
規則を伝授する。ヴァルターとエヴァの二人が愛し合っているカップルだと知ったザックスは、自分にも残って
いたエヴァへの思慕を絶つ。エヴァは自分もザックスを慕っていたことを告白することで彼を慰め、諦念の
行為に感謝の言葉を述べる。ここで『トリスタンとイゾルデ』が引用される。これはトリスタン伝説の故事を
引いて、自分はマルケ王のような悲惨な目に会いたくはないから身を引くのだというくだりで、意味深長な
場面である。ザックスは若い二人を抱き合わせ、ヴァルターの歌を「聖なる朝の夢解きの調べ」として命名する。
さらに現れたダーヴィットに洗礼の儀式を挙げ、徒弟から職人へ格上げする。エヴァの乳母マクダレーネも
交え、エヴァ、ヴァルター、ザックス、ダーヴィットはそれぞれの思いを歌い上げ、素晴らしい印象深い五重唱と
なる(愛の洗礼式)。 

 舞台転換してヨハネ祭が行われる野原。ここから壮麗かつ圧倒的なスケールでクライマックスへと突入する。
祭りのファンファーレとともに、靴屋、仕立屋、パン屋の組合の歌、隣町から来た娘達と徒弟達の踊り
(徒弟達の踊り)、マイスタージンガーの堂々たる入場と続く。

 人々がザックスを認めると「目覚めよ、朝は近づいた」のコラール(これは実在のハンス・ザックスの歌詞に
基づく)を合唱し、讃える。ザックスはこれに感謝し、今日の歌合戦にポーグナーが優勝者に娘のエヴァを授け
る行為を歓迎するように演説する。 

 歌合戦が始まり、市役所の書記であり、優勝してエヴァを得ようとしているベックメッサーがザックス書き付け
の歌詞を自分のセレナーデに当てはめて歌おうとするが、うろ覚えもあって、大失敗に終わる。聴衆の笑いに
怒ったベックメッサーは、これはザックスの歌だと叫び、退散する。ザックスは、歌の本当の作者としてヴァルター
を紹介し、自らの証人と称し歌合戦に参加させる。

 ヴァルターは有名な「朝はバラ色に輝いて」(ヴァルターの懸賞の歌)を見事に歌う。この歌は非常に印象深い
すてきなメロディーなので、人々、親方たち、エヴァ、全員がヴァルターの歌に聴き惚れ、これを大喝采と共に讃える。 
ポーグナーはヴァルターにマイスターの称号を授与しようとする。しかし、マイスターに怒りと疑念を拭いきれない
ヴァルターはこれを拒否する。ザックスは「マイスターを侮ってはいけない」とヴァルターを諫め、「神聖ローマ帝国は
煙と消えても、聖なるドイツ芸術は我らの手に残るだろう。」と歌い、その価値を説く。ヴァルターも納得して称号を
受け、晴れて優勝者となりエヴァと結ばれる。

 全員がこの結末を導いたザックスと「ドイツ芸術」を讃えて終わる。大合唱を伴った巨大なスケールの幕切れは
圧倒的な迫力で幕となる。この感動的な幕切れに私はしばらく立ち上がれないくらい打ちのめされたのを今でも
覚えている。その大いなる感動はその後もしばらくその舞台がすぐ目に浮かんできた程であった。


<閑話> ハンス・ザックス

主人公のハンス・ザックスは実在の人物である(1494年?1576年)。靴商であり、詩人であった。実在のザックス
もまたニュルンベルクのマイスタージンガーであり、第3幕のコラール「目覚めよ、朝は近づいた」はザックスの実際の
詩に基づく。オペラのザックスは男やもめという設定であるが、実在のザックスも妻に先立たれ、子供もなくし
男やもめとなったが、のちに若い女性と再婚したという。

楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」第3幕第2場 歌合戦の場面
ところでこのオペラは彼の作品の中では例外的にハッピーエンドの結末をもつ”喜劇“であり、しかも彼のオペラ
ではこれも例外的に誰も”死なない“オペラである。このオペラの作曲当時のワーグナーは債権者に追われる
流転の生活を送る失意のどん底にあった。 しかしそこから立ち上がってこのオペラのように高らかに人生賛歌を
歌い上げた作曲者の強靭な生命力にただただ驚嘆するだけである。
 
 指揮者のオトマール・スイットナーは1922年、オーストリアに生まれる。ドレスデン国立歌劇場、ベルリン国立
歌劇場の音楽監督を歴任し、バイロイト音楽祭などにも出演する。奇をてらわず地味な感じもする演奏スタイルで
あるが、ひとたび聴いてスウィットナーの虜になった音楽ファンも数多いように、奥が深い指揮者だった。単に渋み
を生かした「古きよきドイツのオーケストラの響き」を表現した演奏のみならず、ストラヴィンスキーの「春の祭典」の
ように曲によっては「熱演型」の指揮者に変貌することもあった。レパートリーも古典派・ロマン派から近代ものと
幅広く、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスなどは定評のあったレパートリーであり、ワーグナーも好評で
あった。

 2010年ベルリンで死去。1973年にNHK交響楽団の名誉指揮者になるなどその活躍は広く知られていたが、
この長丁場のオペラを少しも弛緩させることなく、大きい意味での緊密なアンサンブルの魅力、効力を発揮し、
主役から端役までのよく息のあった歌唱をまとめていた。オーケストラも地味だが底力があり、時に激しく力強く、 
時に精妙に美しく、まさにオペラのオーケストラとしては理想的に見えた。舞台、照明などいっさいを含めて幅広い
意味でのアンサンブルの良さを感じさせられたオペラ公演であった。


<閑話> ナチス・ドイツ

 『マイスタージンガー』は、最後の幕切れに非常に印象的にザックスが「ドイツ芸術」を高らかに賞賛する場面が
あり、ワーグナー自身が反ユダヤ主義思想の持ち主だったことに加えて、後世にナチス・ドイツが国家主義思想の
高揚のために、ニュルンベルク党大会に際してこのオペラが上演されるなど、最大限利用された。このため、
一時期、このオペラがそうした思想の産物あるいはそれらを呼び起こすものとして疎んじられる時があったので
「ドイツ芸術」を讃えるラストのザックスの演説などは戦後、頻繁にカットされて上演された。一方この演説は、
ドイツ語圏が育んだ芸術や文化、風土を愛する宣言であって、特定の政治体制、国家的な枠組みの無意味さを
表明しているという見解もある。

<閑話> 札幌で

 今回この稿を書くにあたり、記録を調べてみるとこのオトマール・スイットナーとベルリン国立歌劇場は1977年
1月14日 札幌・北海道厚生年金会館でモーツァルト「コシ・ファン・トウッテ」を上演していたことがわかった。
外来オペラの引越し公演では北海道初であった。ジーグフリート・フォーゲルなどが出演している。この拙文を
お読みの皆さまの中にこの公演をお聴きになられた方がいらっしゃるかも?
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 この公演のキャッチコピー“日本音楽史上、永遠に刻まれる歴史的瞬間! この日、日本中のワグネリアンの夢
が現実のものになる!!!”というのが決して大げさなものではなく、本当にワーグナーフアンのみならずオペラに
関心のある人間にとってはまさに夢のような出来事であった。

 このオペラ公演について同じホームページの別稿「Dr.Almondeの熱烈オペラ入門講座」第4回<ちょいワルおやじ
の壮大なるオペラ=「指環」の世界>で詳しく述べているのでそちらを参照にしていただくとして、この上演は繰り返し
になるがオペラファン、特にワーグナーファンにとって画期的な上演であったということにとどまらず、日本のオペラ
上演史上まさに歴史的な大事件であった。私にとってもこの頃、完全にワーグナーにはまっており、いくつかの作品を
積極的に聴いていた時だけにこの「指環」の上演は絶対に見逃すことの出来ない公演であった。

 序夜「ラインの黄金」、第1夜「ワルキューレ」、第2夜「ジーグフリート」、第3夜「神々の黄昏」の全4作品を一挙上演、
堂々15時間を超える空前のオペラ体験がいよいよ出来る・・・まさに胸おどる出来事であった。権力や財宝に対する
欲望、怨念、裏切り、父性愛、官能的な性愛など人間のあらゆる感情が描かれ、情念の深さを感じさせる魔術的な
神話の世界を描いてはいるが、そこに描かれているのはまさに現代の人間社会そのものであり、よって現代に通じる
普遍的なテーマとしてさまざまな解釈が可能である。
是非、PMFボランティア「ハーモニー」のホームページで「Dr.Almondeの熱烈オペラ入門講座」をご一読下さい。

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