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言語療法士 菅野栄子 今回は脳卒中のあとに起こってくる言葉の障害のうちのひとつの、構音障害についてお話ししたいと思います。脳卒中で起こる言語障害は、私が前回お話しした時にテーマにした失語症という病気と、今回お話しする構音障害という、大きく二つに分かれています。失語症というものを前回お聞きでなかったかたのために簡単に説明しますと、言葉を聞いて理解する力とか、話を組み立てる力とか、字を読んで物を指したり、字を自分で書いたりすることなどが障害されているのが失語症というものです。今回お話しする構音障害というのは、読んで字のごとく、音を作る構えに問題があるという、そういう場合に言います。
この絵(図1)を見て頂きたいんですが、これは人の頭から喉にかけてを、縦半分に切って横から見たもので、ここに描いてある器官を使って、私たちは普段声を出しています。構音障害というのは、この図に示された器官の障害によって起こって来ます。普段あまり認識しているわけではないと思いますが、人間の体は、口の奥と鼻の奥というのは奥の方でつながっています。それを区切る部分がありまして、この垂れ下がっている部分を「軟らかい口の蓋」と書いて「軟口蓋(なんこうがい)」と言います。あとからもお話ししますが、この軟口蓋というのは、言葉を話す時や物を食べたりする時に、非常に重要な役割を持っています。軟口蓋の下の方で先が二つに分かれているんですが、この後ろの方の道が食道になります。食べた物が胃の中へ移る時に通って行く道です。もうひとつの道が、肺の方へ続く道です。吸った息が肺に入って行く方の通り道です。この途中に、お聞きになった事があると思いますが、「声を作る帯」と書いて「声帯」があります。この、口から喉にかけての辺りの部分を使って私たちは声を出しています。 この構音障害というのをちょっと難しい言葉で定義してみます。「構音に関与する肺、声帯、軟口蓋、舌、顎、唇の筋系および神経系の疾患に起因する運動機能障害が構音に影響を及ぼした結果としての症状で、発声発語器官の筋疾患、運動麻痺、協調運動障害などに由来している」と専門書には書いてあります。 簡単に言えば、舌とか唇とかほっぺたとか、そういう顔の筋肉であるとか、それを支配している神経とかが、何らかの原因によって病気になると、動き自体がうまくいかなくなって、音を作る事が難しくなるという事です。結局は動きが悪くなるわけですから、それによってはっきりした発音が出来ない場合とか、口がちゃんと閉まらない場合とか、そういう事によって起こってくる障害の事を構音障害と言います。つまり、普通に息を吸って吐くという呼吸が正常に出来なくても、舌がうまく動かなくても、唇が良く動かなくても、構音障害というのは起こってきます。 その他に、脳卒中が直接の原因でなくても、構音障害というのは起こってきます。何かの原因で前歯が1本欠けてしまったとか、抜けてしまった場合に、それまでは普通にあった歯がなくなるとスカスカしますよね。そういう事であるとか、入れ歯をされているかただったら分かると思うんですが、入れ歯をしている時と外している時との自分のしゃべり方というのは、随分違ってくると思います。そういう時も発音がいつもと違うという事で、それも構音障害のひとつと言えます。 今回は、脳卒中が原因で起こってくる構音障害のお話をしたいと思います。脳卒中になると、全員のかたがそうなるとは限らないんですが、体に麻痺が出てくる場合があります。それは右側だったり左側だったり、あるいは両方であったり、主に手の方が動きづらいとか、足の方がちょっと悪いとか、それは人それぞれでちょっと違います。例えば右半身がちょっと不自由になったかたがいたとします。手や足だけでなくて、麻痺というのは半身全部に出る場合があります。そういう時には顔の神経も麻痺してくる場合があります。これが脳卒中が原因で起こってくる「運動障害性の構音障害」というものです。 運動障害性というのはすなわち、麻痺のために起こってくるという意味です。顔の筋肉を動かす神経が麻痺してしまうと、口を大きく開ける事や、唇をつぼめること、舌を左右に動かしたり上下に動かしたりすることがしづらくなってきます。しゃべるという事は、普段はあまり意識していなくても、口とか、舌、唇、あご、ほお、そのほか顔のほとんどの部分を使ってする事ですから、唇や舌が動きにくくなると当然発音の方も悪くなってきます。 発音がゆがむと、例えば前歯が欠けただけで「サシスセソ」とか「タチツテト」が言いにくくなったり聞こえにくくなりますが、それだけで相手に自分の話が伝わりにくくなることがあります。これが構音障害の一番問題になってくる部分です。 構音障害になられた患者さんというのは、しゃべりづらいであるとか、ろれつが回らないという訴えを持って、言葉のリハビリを開始します。言語訓練の方ではまず、どんな音が言いづらいのか、どんなふうに言いずらいのか、運動の機能はどのくらいあるのか、といった構音検査というのを行なっていきます。これは、日本語の五十音が全て含まれた単語を繰り返して言ってもらったり、たくさん息を吸って「あー」という声を何秒間続けて出せるかを測ったり、唇や舌の動きですね、さっき言いました大きく開けるなどといった動きの速さや範囲などを見ます。 そして、歯の状態。入れ歯であればそれがきちんと合っているかどうか。大き過ぎないかどうか。虫歯がないか。患者さんによっては長年歯医者になんか行っていなくて、1本しか歯がなくて、どうやってご飯を食べていたんだろうというようなかたもいらっしゃるので、そういうかたがいれば、出来れば歯科にかかった方がいいんじゃないかという勧めをすることもあります。 それから、ご飯の様子ですね。どのような食事を食べているのかなどもお聞きします。声を出すために使われているこれらの器官というのは、ほとんどが食べる時にもかかわってきます。同じ器官を使っているんですね。ご飯を食べる時には歯で噛みますし、舌で味わって、塊にして、喉の奥を通って、胃に入っていくという感じで、通り道としてはほとんど同じ。使うところは一緒なんですね。 ですから、構音障害で舌や唇などに麻痺があったり動きが悪い場合には、ご飯を食べたり水を飲んだりする時にむせてしまう嚥下障害という、飲み込む事の障害を併せて持っているかたも少なからずいらっしゃるので、食事の時むせますかとか、しっかり噛めますかとかお聞きします。そして、食事の形態ですね。おかゆを食べているか、普通のご飯を食べているか、おかずがきざまれて出て来ているか、それとも普通の形態のまま出て来ているか、というような事をお聞きしています。 構音検査では、何点取れたから良いなどといった数量化をする事は非常に難しいんです。検査する人間が聞いて、これは何を言ってるかだいたい分かるなとか、ふっと時々分からないな、というような感じで非常に主観的になるんですが、そういうランクの付け方をします。 このような一通りの検査のあとには、失語症にもタイプが色々あったように、構音障害にも色々なタイプがありますので、どのタイプかという診断をまず行ないます。このタイプの診断というのが、その後のどのような訓練をしていけばいいのかというのに関係してきます。 検査のあとに訓練となりますが、構音障害に関しての訓練には、おもに障害された発話機能そのものに直接アプローチする機能回復訓練、残存する能力の強化や補助を図る能力向上訓練、ハンディキャップに対して行なわれる家族指導や環境調整などの環境に対する環境改善的アプローチ、というのが3本柱としてあります。 「機能回復訓練」というのは何をするかというと、唇の動きが悪ければその運動をしたり、舌の動きが悪ければその運動をしたりという、実際に「こういう運動をしましょう」という運動の訓練です。 「能力向上訓練」というのは、さきほどお話ししたような、たくさん息を吸って「あー」と声を出す訓練が当てはまりますが、最初は5秒間ぐらいしか続かなかったのが、発声持続の訓練を続けるにしたがって、10秒、15秒、20秒とだんだん延びていく場合がありますので、そういった訓練もします。発声持続訓練というのは一体何のためにするかというと、一息に吸った息の量でたくさんの言葉を話せるようにするという事なんですね。ちょっとしか息を吸えなかったり、長く息が続かないと、話が切れてしまうんです。細切れになってしまって、聞き取りにくいという事になるので、そういうのを少しでも改善しようという目的で発声持続訓練というのを行ないます。 「環境調整」というのは、家族のかたと実際にこういう場合はどうしてますかというような面談をしたりだとか、カウンセリング的な、おうちでの色々な話をします。 こういう言葉の訓練に関しては、1回につき15分から30分ぐらいします。1日に1回30分するよりは、10分を3回やった方が良いと思います。時間の長さより回数を多くする方が良いという場合もあります。
先ほどここが重要だと言いましたけれど、軟口蓋という部分。口を開けて正面から見たところの図を書きます。(図2)これが舌です。これが口を大きく開けると見える口蓋垂(こうがいすい)です。そこの両脇のこの辺を軟口蓋と言います。上のあごに舌をくっつけてずっと奥の方に滑らせていくと、前の方の歯のすぐ近くの方は固いんですが、その奥の方になってくると軟らかい部分があります。それが軟口蓋で、かなり奥の方になります。 さっきも言いましたが、口の奥と鼻の奥は続いています。軟口蓋が持ち上がって鼻と喉との間をふさぐんですが、それがうまくいかないと、例えば鼻から抜けた声、ふがふがの声になってしまったり、食べた物が場合によっては鼻に行ってしまったりします。何かを食べて飲み込む時というのは、軟口蓋というのは反射的に持ち上がって鼻の方には食べ物が行かないようになっていて、人間の体はうまく働いています。この軟口蓋がうまく持ち上がらなければ、鼻の方に入ってしまうという事も考えられます。 この軟口蓋の挙上麻痺で、軟口蓋がうまく持ち上がらないという患者さんに、構音障害を持たれたかたが数多くいらっしゃいます。それはどうやって調べるかというと、鼻の下に金属の鉄板をあてがって声を出してもらいます。「あー」という声を出してもらうんですが、普通に「あー」と声を出す時には、無駄な空気が無駄な所へ行かないようになっています。だから、「あー」という声を出す時には、鼻に空気が漏れないで口から声となって出るように、この軟口蓋が蓋をしてしまうんです。この蓋がうまくいっていない場合は、鼻の下に鉄板をあてがって声を出してもらうと、その息の暖かさで鉄板が曇ります。曇っていると、鼻から空気が漏れているな、軟口蓋の動きがあまり良くないな、というのが予測されます。 それだけでは不十分なので、口の中を見せてもらいます。その時も、口を大きく開けたままで声を「あー」と出してもらうんですが、ここの筋肉なんですけれど、声を出すとここ全体が持ち上がるんですね、奥の方に。それが、動きが弱かったり、片方だけしかうまく上がらなかったりすると、あ、これは鼻から漏れているな、ここの動きが悪いな、というふうに判断出来ます。 この軟口蓋の挙上麻痺に関しての訓練としては、ろうそくの日を吹き消したり、コップに水を入れてストローを差し込んでぶくぶくと吹くということをします。吹く訓練というのが一番有効なので、そういう訓練をたくさんしてもらいます。 他の色々のタイプの構音障害でもそうなんですが、呼吸というものが構音障害の中では一番重要になってくるので、呼吸訓練をまず行ないます。坐って普通に息を吸うだけではなくて、「鼻から息を吸って口から吐き出す」というように、空気の流れを作ります。それはどうしてかと言うと、普通におとなしく坐って息をしているという時というのは、空気を鼻から吸って鼻から出す、というのが普通の呼吸パターンですね。それを、吸う時は普通で良いから鼻から吸う。しかし声を出す時というのは口からしか声が出て来ませんから、口から出す準備をするという意味で、鼻から空気を吸って口から息を吐くという流れをまず作ります。口から吸って口から出しても構わないんじゃないかと言われればそれまでなんですが、鼻から空気を吸えば、鼻で空気中のごみなんか取ってくれますよね。空気中の不純物を取り除いてくれる粘膜や毛などの器官があるので、そういう目的で鼻から空気を吸って、声を出す準備という目的のために口から出すという意味もあります。 また、直接喉に冷たい空気が入ったりすると、あまり良くないということもあります。鼻から空気を吸って、空洞を通って行く間に空気を暖めて、それで空気を吐き出すというような、色々な意味が隠されていますので、鼻から吸って口から出して下さいというような呼吸の方法を訓練しています。 それから、唇、舌、あご、ほっぺたという所の運動をたくさんやってもらいます。普通にしゃべったりするする時の口の大きさというのはあまり大きくないので、わざと大きく口を開ける、しっかり噛む、思いきり舌を出して唇をとがらす、そういうような大きな運動をしてもらうために、口の体操をしましょうという感じでやっていただいています。 吹いたりとか、口の体操といった色々な訓練をするのに加えて、補助具を使う場合もあります。例えば軟口蓋に関しては、うまく隙間を作る軟口蓋の動きが戻ってこないという場合には、物理的にこの軟口蓋を持ちあげてしまおうという装置、まあ、足が不自由なかたの杖みたいなもので、そのような装置を使う場合もあります。軟口蓋挙上装置というごつい名前がつくんですが、パラタル・リフトと呼ばれています。これは私が作るわけではなくて、歯科の先生に作ってもらうんですが、これは麻痺してしまった軟口蓋を人工的に持ち上げて、喉の後ろの壁と軟口蓋の間の隙間を作る物です。ぴったりくっついてしまうと鼻で呼吸が出来なくなるので、くっつけてしまうのではなくて、隙間を作るような補助装置です。それを使う事によって、発音が良くなったり、りきむ時に力が入りやすくなったり、そういうようなメリットがあります。 この軟口蓋の挙上装置以外にも、自分の力であごを持ち上げられない場合や、口を閉めることがうまく出来ない場合、あごの不随意運動といって、自分がやりたいと思っていなくても動きが出てしまうような場合には、頭にバンドを回してあごを支えて固定してしまう装具もあります。 今までお話ししてきたのは、発音の分かりずらさというのはあまりない、あっても全く分からないというところまでひどくないというかたの場合ですが、障害が非常に重くて、訓練をしてもなかなか良くならず、一生懸命話しても何を言っているのか良く分からないという重度の患者さんの場合には、もちろん口で話せるというのが一番なんですが、その代りの手段を勧めるという事もあります。一番簡単なのは、「話せないのなら書こう」という手段です。筆談をしていくという事。それが一番手っ取り早い手段になります。 しかし、字を書く事がままならない場合ですね。ずっと寝ていなければならない時とか、右手が不自由であるとか、そういうような場合には、実際にうちの訓練室で使ったりもしているんですが、このように五十音を並べて書いてある五十音表を使って、取って欲しい物を指さしてもらう方法があります。 それから、今は機械関係の物が色々発達してきまして、ワープロのあるおうちとか、パソコンのあるおうちというのが増えていっていると思うので、そういう電子機器を使えるようであればそういう物も使えます。 他にも、実物がなくて申し訳ないんですけれど、このような「トーキング・エイド」と言って、携帯型の意志伝達装置というのがあります。これもやっぱり五十音のボタンが付いていまして、これを押して文章を組み立てて、最後に「おしゃべりマン」というのがあって、これを押すと機械が代わりに話してくれる、声を出してくれるというような機械も最近は出ています。このトーキング・エイドはこのサイズで重さが 1,3キロあります。これは指でボタンを押せる人とか、字がはっきり見える人とか、色々制限を含んでいるんですが、足でなら押せるというようなかたのために、この装置のボードの部分だけをもっと大きくした物もあります。 こういうのに似たもので、五十音が付いている物ではなくて、ボタンがいくつかあって、例えば「背中がかゆい」とか「忘れた」という言葉が既に登録してあって、そのボタンを押せばその文章が声となって出てくるというような機械もいくつか出ています。これを有効に使われている患者さんも、うちの病院ではありませんが、いらっしゃいます。 以上、簡単ですが、言語障害のうちのひとつ、構音障害についてまとめてみました。普段話すということは、私たちにとってはあまりにも当たり前すぎて、それが出来なくなった状態を想像するのはとても難しいものです。私も言葉のリハビリに携わっていながら、自分が話せなくなったらどうなるのだろうか、自分が患者さんの立場になった時に、自分が担当して頑張って訓練している患者さんのように、誰かについて訓練をしているだろうかと考えます。失語症の場合でもそうなんですが、構音障害でも少なからず、今までの普通に話していた時とはちょっと違ってしまったという意識から、孤独な感じがしてしまったり、失望を感じたりという患者さんはいらっしゃると思います。私がここで言葉の障害について皆さんの前でお話をするのは、まずひとつは、話すことで困ったいるかたが意外に多いという事を知って頂きたい。そして、どういうふうにそういうかたとコミュニケーションが取れるか、そのためには何が出来るのかを、少しでも多くのかたに分かって頂きたいと思っているからなんです。そういうことで困っているかたがいらっしゃるんだという事を、ひとりでも多くのかたに知って頂きたいと思って、色々なお話をしています。 前回も今回も耳慣れない病気や障害についての話が多く出て来てしまって、何だか良く分からないというかたの方が実際には多いんじゃないかなと思うんですが、皆さんの中に失語症という単語だけでも、構音障害という単語だけでも、良く分からないけれども聞いたことがあるなあ、それで困っている人も身近な所にはもしかしたらいるかも知れないなということが、少しでも皆さんの中に印象づけられればいいなあと思って、これからもここでそういう話をしていきたいと考えています。 問:トーキング・エイドの値段はいくらぐらいか分かりますか。 答:約10万円します。これはプリンターに接続して、作った文章を紙に印刷するということも出来ます。こういう機械というのは需要が少ないせいもあると思いますが、どうしても高くなってしまいます。これは身障者手帳の交付の対象になっていると思います。 本講演の印刷用ファイルのダウンロード(モノクロ)が可能ですが、 閲覧・印刷には「Adobe Acrobat Reader」(フリーソフト)が必要です。 配布は自由にされてけっこうです。必要なかたはどうぞご利用下さい。 印刷用ファイル ← ここからダウンロードしてください 釧路労災病院 リハビリテーション科 |