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リハビリテーション科部長 斉藤裕 今日お話させていただきますのは、この前ちょっとお話ししたことです。この教室においでのかたから、寝たきりという言葉が色々なイメージを引き起こしているし、寝たきりという言葉を聞くことによって大変傷ついているかたも多いので、あまり適切な言葉ではないのではないか、というご指摘をいただきました。私自身も、なるほど本当にそういうものだなあと、自分自身がよく気がついていない面もあったものですから、そのへんを素直に考えるということで、その後は「自立」という言葉を使うように心がけております。 ところが、実際にうまく表現ができない部分もあるんですね。「自立」という言葉と「寝たきり」という状態を表す言葉とが、ちょっとニュアンスとして違ってくるんです。しかし「寝たきり」ということは、誰もそういう状態にしたくてなっている状態でもないし、されたくてなっている状態でもない。色々な世の中の変化と大変強い関係を持って、そういう状態が引き起こされた結果なわけです。だから、そういうものを一度しっかりと見据えてお話をしてみたいなと考えたものですから、今回「長寿社会に潜むもの」というテーマをつけたんですが、こういうことで少しお話させていただこうかと考えました。 それから、最初におことわりしておきたいことなのですが、今日の話の中で「ぼけ」という言葉と「寝たきり」という言葉をどうしても使わないとうまく説明していけませんので、今回はそれを皆さんに了解していただいた上で、ちょっと使っていきます。 ![]() ある本に出ていることなんですが、こういう平均寿命を持っている、そしてしかも(これは女の人のデータとして出ていました)女性の場合は75歳の誕生日を迎える人が実に8割にも及んでいるという時代になっている、それほど人々は長生きをするようになってきているわけです。 そして、75歳の誕生日を迎えた状態で、日本に寝たきりの人はどれだけいるかというと、3割の人が寝たきりになっています。3人に1人が寝たきりの人、あるいはそれに近い状態の人がいるんだということです。それから、1割の人、10人に1人は何らかの「ぼけ」という症状を伴っています。そういう状態になっています。平均寿命は長くなってきて、75歳の誕生日を迎える人が8割を超える時代になっている。それは大変喜ばしいことなんだろうけれど、現実はその段階で3人に1人の人が寝たきりの状態を強いられている。あるいは10人に1人ぐらいの人がぼけの症状を起こすような、そういうような世の中になっているんですよということです。 ●国民皆保険制度ができたこと では、どうしてこういう具合に長寿の社会ができ上がってきたんだろうか。 長寿の社会ができ上がってきた大きな理由がいくつかありまして、ひとつは、社会が色々な意味で豊かになってきて、人々の生活がしやすくなってきたということと、昭和38年に「国民皆保険制度」という、皆が保険に入るという制度が日本ででき上がって、色々な人が病院にかかりやすくなってきたということがあります。それまでは皆が保険というものを持っていない時代でした。昭和38年以前には保険というシステムがなかったものですから、病院にかかるというのは大変なことだったんですね。そして、もっと昔の時代には少しぐらい病気でも病院に行くような余裕がなかったと思います。日本の国自体が貧しい生活をしていましたから、病院なんかにはなかなかかかれなかったわけです。 ところが、日本の国が色々変化してくるにしたがって、皆が保険というものを使って病院というところにかかりやすいシステムを、日本という国が作っていったわけです。ですから、何か病気になってもすぐ病院にかかりやすいという形ができ上がってきました。それは、病院にかかってもあまりお金がかからないで済むからです。だから、病院というところにかかりやすくなってきました。 ●医学が発達して、その結果、重度の障害が生じてきたこと 病院というところにたくさん患者さんが出入りしやすくなってくると同時に、医学が発達してきているんですね。今だったらCTもあればMRIもあれば、色々の高度な医療を今はできるようになっています。昔は“聴診器”と“脈をとる”、そういう種類のことで終わっていたものが、今はレントゲンをとる、MRIをとる、といった色々な手段ができるようになってきました。そして、病気なんかも早く見つけられるようになってきました。だから、高度な医療が行なわれるにしたがって、昔は病気にかかって死んでしまったかも知れない人が、助かるようになってきたわけです。病気が早くから治療されるようになってきたことと、高度な医療が行なわれるようになってきたために、病気が治らないまでも、その病気を持った状態で命が助かる状態が起こりやすくなってきたわけです。そういうことによって、色々な「後遺症」とか「障害」を持ったり、そういうことが複雑に絡み合ったような「重度の障害」を持った人が、病院の中で作られるようになってきました。それから、もちろん病気が治るような人も多くなってきているわけです。 たくさんの人が病院にかかりやすくなって、とにかく、命というものが救われるようになって、たくさんの人が病院から出てくるようになってきたんだけれども、その中で、健康な状態で戻ってきている人も多いと同時に、障害を持って病院から出てくる人も大変多くなってきたということがあります。 ●慢性の成人病が増えてきたこと 皆が保険を持っているということで病院にかかりやすくなってきているんですが、慢性の疾患、「成人病」というものが多くなってきたわけです。成人病の代表的なものは「糖尿病」とか「高血圧」で、こういう種類のものを中心にした疾患ですね。こういう種類の病気を持った人は、「じゃあ、もう昔の病気と同じように入院して、普通の生活が営めないような状態になっているか」というと、そうではなくて、普通の生活をしながら病気の治療もしているわけです。そういう慢性の病気を持った人が多くなってきているわけです。 ところが、そういう状態になった時に、皆はどういうことに関心が出てくるかというと、自分が病気であるのかないのかということが、大きな興味の対象になるわけです。自分はこういう生活をしているけれど本当は病気の要素があるのではないかとか、あるいはそれがあるかないかということを知りたくなるわけです。そのために、色々な機械を使ったり検査などが病院の中で行なわれます。すなわち「診断」ですね。これが病気であるか病気でないかということを決める診断と、それから、もし病気であればそれをさっきのような高度な医療をもって治療をしてもらいたいという「治療」。この二つに皆の目と注意が注がれるようになってきたわけです。僕たちが病院に行って行なう検査、そのほとんどは、レントゲン検査にしても、血液検査にしても、おしっこの検査にしても、心電図にしても、全部、診断のために病院の設備はできているんです。そしてあとは、薬を使ったり手術したり、色々な治療をする。とにかくこの二つに大変大きな人間の関心が集中してしまったわけです。 診断をして治療をして、そして高度な医療をやって人は助かっていくんだけれども、同時にこういう障害を持った人が世の中に多く出ているわけです。しかし、今の医療は「診断と治療」には大変に力を注いでいるんだけれども、「障害」──例えば半身が脳梗塞であたったとか色々な障害があります──を持った人が、ずっとその後に、どういうリハビリをやっていくかとか、どういう治療をやっていくかとか、どういう生活を営んでいくかとか、そういう方に対する興味というのは全然薄いわけです。それは、僕自身が医学部で教育を受けてきた時も「診断と治療」の教育を受けてきているわけです。実際に「障害」の教育というのは、本当に付け足しで、1時間か2時間あるかないかと、そういう勉強を僕ら自身はしてきたんですね、大学で。 一昔前のように急性の病気でもって、例えば急性の伝染病、腸チフスとか赤痢とか、あのようにパーッと死んでしまっていく時代には「障害」は何の問題でもなかったわけです。急性の病気を中心にしていた時代は助かるか助からないか、どちらかしかないわけです。そのために「障害」を持ってずっと生きのびていくというようなことは、大変少なかったわけです。勝負が早かったわけです。 ところが今の医療というのは、病気との勝負の一連の経過が長いですから──病人であるかないかという状態から長い期間を経て障害を持つ──こういう長いもので見ていかなければいけないし、これがしかも女性なら82歳、男性なら76歳という平均寿命の中でこういうことがあるわけです。そしてしかも、医療というものが対象にしているのは「診断・治療」が実に9割なんですね。そして「障害」というものに対する目の向けられ方が大変少なかったという問題があります。 どうして「障害」というものに目が向けられないで済んでいたかという大きな理由のひとつに、まず、老人が昔は寝込んで亡くなるまでの期間が非常に短かった。だから、親子が同時に住んでいて、あるいは家庭内で面倒をみ続けられたわけです。ところが今は、家庭内で全部やっていけるような状況ではなくなってきたために、色々なことが世の中に出てきているわけですね。 ●農業中心の時代には なぜ家庭内でこういうものが処理しきれなくなったか。これは昔からの日本の考え方の中に親孝行の考え方とか、親の面倒を子がみるのは当たり前とか、そういう価値観がありましたけれど、それは、昔の農業を中心にしていた時代にはそれで済んでいたのかも知れないんです。おやじさんが持っている技術とか、田畑とか、地域ですね、そういうものの中で親戚一同は生活していたから、親と一緒に生活をするということは、親から技術的なもの、それから土地、地域での信用などをもらって生活していくという、言ってみれば「財産」ですね、そういうものが、親から子供に伝わっていくという側面があったと思うんですね。そしてしかも、親は寝込んだら間もなく死んでしまう。だから、2代目が数年間我慢して(その当時は我慢するという概念はなかったと思いますが)、親と同居して色々やっていくということは、親にとっても重要なことだったし、子にとっても重要なことだったし、その中で、子が親の面倒をみるといった親子の関係、それから同居というものが大変一般的に行なわれていて、それが日本型の福祉という考え方(身内の面倒は身内がみるのは当たり前)の根底としてずっときたわけです。 しかし、長生きをする人が多くなったり、障害を持って色々なお世話をしなければならない人が多くなってくると、この考えだけではやっていけなくなってきているわけです。そして、そのためのもうひとつの変化というのは、「社会が変わった」ということなんです。皆保険制度+高度な医療+慢性疾患の増加ということで、病人や障害を持った人をどんどん作り出していった、世の中にあふれていったという、ひとつの流れです。 ●農業中心の時代から工業中心の時代へ もうひとつは受け皿の方の話になります。先ほど農業国という話がありましたが、途中から、佐藤栄作首相よりもっと前の首相の時代から、大きいことはいいことだということで、どんどん物事をたくさん生産して、たくさん大きいものを作って、効率を上げていくという、「工業国への政策転換」を日本はしてきたわけです。農業中心の国から工業中心の国に政策転換してきました。そのために、農業中心の時代にはある地域の中で生活できていたんですが、今度はこういう工業中心の時代になると、日本の国民の就労者(働いている人)の9割の人が“サラリーマン”になったわけです。僕もサラリーマンです。皆さんの中にもサラリーマンのかたはたくさんいらっしゃるはずです。 とにかく、仕事に就くほとんどの人が、給料をもらって生活するサラリーマンになったわけです。それは、農業国から工業国へ変わったということで、色々なところに職種が多くなってきたわけです。色々なところに色々な種類の職業が出てきて、日本の国中にばらまかれているわけです。そして、就職口も色々な種類があって、色々な場所に散らばるようになってきたわけです。 ●日本人の生活と意識がずいぶん変わってきました 色々なところに色々な種類の職業が出てくると、まず最初に起こってくるこのは何か。今までは同居率が高かった。農業中心の時代には皆、地域で生活して、親と生活していれば親も子もいいことが多かったから、同居率というのは大変高かった。一緒に生活している割合が大変高かったわけですけれども、こういう具合に勤め先の職業にあらゆるものが用意されて、あらゆる地域に勤め先ができるようになると、まず、同居率、一緒に親子で住んでいる割合がどんどん少なくなってくる。 それと、小子化。子供を少なく生む。女のかたの色々な面での自立ということに関して意識の変革が起こってきていますから、子供を産むということがだんだん少なくなってきている。 それと、女の人が外に出て働くということが多くなってきている。 だから、農業中心の時代に家庭というものが持っていた考えと、工業中心の時代に持っていた考えとは、やっぱり変わってきているわけです。しかも、農業中心の時代には、地域というものが皆のひとつの社会だったわけです。この時代の結婚式には、職場の人と親戚の人と、それから家の回りの人がたくさんよばれた時代だと思います。しかも、僕らも小さい時そうでしたけれど、お嫁さんが来たら、そこのお姑さんがお嫁さんを連れて挨拶に回るということがありました。それは地域がひとつの固まりを作っていた時代だったと思うんですね。そして、どこか遠くに行こうとする時は、前もってこっち側で小さい結婚式を挙げて、また向こうに行くとか、そういうことがあったと思うんですが、今の結婚式に僕達が行ってみますと、親戚の人と仕事場の人しかいないわけです。地域の人はあまりいないわけです。そういう結び付きがないから。そういう結婚式の形態ひとつをみても、ずいぶんと農業中心の時代からは変わってきた世の中になってるということがあらわれているんだろうと思います。 極端な言い方をすると、同居率でいうと、社会が全然変わってしまったんだけれども、人間の頭の中の価値観だけが変わっていないから、依然として、家族が面倒をみるのが当たり前だ、子が親の面倒をみるのが当たり前だというのが、当然の話としてあるわけです。実態は変わってるにもかかわらず、ものの考え方が何十年も変化しないでいるわけです。だから、それまでの時代はずっと何だかんだと皆、我慢しながらやってきています。だいたい、我慢しながらやってきているというのは、それは家庭の女性が、お嫁さんにしてもそこの家の主婦にしても、家庭の女性の犠牲の上に成り立って、こういうことが表面化しないで、世の中に潜んでいたんですね。そして、そういうものが今はもうパンクしつつあるんです。そういうパンクしつつあるということが、世の中に色々な形として出てきているわけです。 だから、世の中は何の準備もしていない。それは人の心の中でも、それから実際の政策場面の上でも、何の準備もされないまま、こういうことが長寿社会の下にずっと進行していたということが、今、出てきているわけです。そして、「どうしようか」ということが出てきてしまっているんです。 ●ものの考え方が変化してきました さらに問題なのは、ものの考え方です。工業をやるという時代は、「大きいことはいいことだ。たくさんあることはいいことだ」という表現のように、効率がいいものが一番価値の高いものだという考え方ができ上がってきたわけです。日本は物がないから外国から少ない材料を仕入れて、そしてたくさんの物を作って、そしてたくさんのお金に換える。損をしないで得ばかりしていくということが非常に重要なんだという考えが、当然でき上がってくるわけです、こういう工業という種類のことをやろうとする時には。 ところが、農業中心の方は、そうは言っても自然現象に左右される面があるから、ある程度、自然頼みのような雰囲気の、まだ人間の気持ちに余裕がずいぶんあったと思うんですね。 ところが、こういう工場のような、流れ作業のようなことに国全体がなっていってしまったら、物を安く仕入れてたくさん作って、それを売ってたくさんお金が入るという効率のいいことが大変重要なんだという思想が、国全体の中にでき上がってきたと思います。それがあったからこそ、日本の国は発達してきたわけですが。非常に力を持って、色々やってこれたと思うんですね。 僕らは進学をしてきましたけれど、塾ができるとか、色々な進学ということでも、ずいぶん早くに良い学校に入って、浪人もしないで、良いところに努めて、良い給料をもらって、良いお嫁さんをもらって、ということが、これこそが一番重要で価値があるものだと言われる思想を、工業中心の時代に作りあげてきたと思うんです。そういう「価値観」ですね。そういう価値観が、生活の中でも、医療の中でも、教育の中でも、そういうものが支配し続けているわけです。 ところが、僕たちが仕事としてやろうとしている対象というのは何か。正常な場合ではなくて、障害を持ってきたり、何らかの病気を持ってきたり、弱いところがあったりという人が、病院という高度な医療の中で助かって、その人たちがそういう状態にあるところを僕たちは仕事の対象にしているわけですから、効率がいいという効率主義でものを考えたら、とてもこういうものに対応していけないわけです。ですから、我々がこういう仕事を選んでいる根底にあるものは、効率主義を良しとしないという価値観でものごとに対応していこうとしているわけです。それでなければ、効率主義だけでいったのでは、健康な人、あるいは体力のある人、そういう人はいいかも知れないけれど、そうでない場合には世の中は全部切り捨てるという方向に行くわけですね。 それは、学校教育にもよくあらわれていると思います。ある守るべき校則のようなものがあって、それからはずれれば、その子を教育として救うとか救わないとか、教育としてどういう具合な対応をしようかということの以前に、その生徒にやめていただくという形で、学校教育というものが対処している部分が大変に多いな、本音と建前とはやっぱりずいぶんと違うな、というようなことが考えられます。それが医学の中にも医療の世界にも、みんな出てきているわけです。 そして、そういう立場が弱い人達がたくさん出てきているんだけれども、同居率という問題があるために、その人がたの行く場所、受け入れの場所が大変せばまってしまっているということになります。 ●これは3年ほど前のデータなんですけれど、寝たきりのかたが全国に70万人いると言われています。25万人の人が家庭にいる。あとの25万人の人が病院にいる。あとの20万人の人が施設に入っているという具合になっています。 70万人が寝たきり 25万人が病院 20万人が施設 こういうような状態になっていますが、病院にいる25万人の人がたが自宅で生活していくために、自宅の問題には大変大きなものを残したままでいるわけですね。家に帰ってもその世話をする人が確保されていないと同時に、住宅構造の問題があります。住宅構造の問題が解決されなければ、病院で色々なことがある程度できて自宅に帰ったとしても、構造上の違いがあったら、それまで動けた人も自宅に帰ったら動ける状態でなくなってしまう。だから、またこの人がたも寝たきりの方に準備されていく人達の中に入っているわけです。 ●社会的入院 もうひとつ、その25万人の人が病院の中にいるということは、本来は病気も何も治って自宅の中に帰っていいようなかたが、実際にさっき言ったような、家庭でうまく介護ができないとか、住宅の問題があって、結果的に──「社会的な入院」と言いますが──うちに帰りたいんだけれどうちに帰れないという状態を強いられているという面があります。 ●「医療」と「福祉」の大きな問題 そしてもうひとつは、なぜそういうことが起こっているのかというと、「医療」というものと「福祉」というものの違いに根づいているところがあるんですね。これは全く違うものなんだということです。 何が違うかというと、医療というものは、皆さんがどこの病院にかかろうが、いつどこの病院に行こうが、たちどころに受付をしてもらって、その治療を受けられますね。 ところが福祉というのは、福祉の何かをもらおうとすると、少なくても障害者手帳を持っているかどうかとか、病院に行って書類を書いてもらって、それからおいでとかあります。医療はたちどころにどんなところでもすぐ受けられる、福祉の方は時間がかかる、という違いがあります。それはなぜかというと、福祉の方は、国が措置するというサービスシステムを持っているからです。国にこれこれの理由で車椅子が欲しいとか、自分はこういう状態なので装具が欲しいということになったら、その書類が国の機関で審査されて、そしてOKが出たり出なかったりする。そのために時間が必要なんですね。なぜかというと、お金は全部、国から出ているからです。国庫から出ているからです。国からお金が出ているから自由に使えないわけです。自由に使えないから、国のお沙汰をもらって、そしてはじめてそのサービスが受けられるという、これは本当に江戸時代の思想のようですね。 ところが医療費の方は、自分達がお金を払っています。そして、不足分を国が補助しています。だから根底にあるのは、人々がためているお金を使っているわけです。人々がためているお金を使っているから、国のOKとか国の措置を経なくても、すぐそれを利用できるという違いがあります。これはものすごく大きな違いなわけです。 だから例えば、病院にいる25万の人が自宅に帰ろうとしても、同じ能力を持っている人だったら、環境がきちんと整っている場合はその能力を出せるけれど、環境がだめであれば──段差があったり、色々な移動などに関する環境が健常人のとおりになっていたら──その人は結局は寝込むしかないわけです。そうすると、家を改造しようとかということになっても、それが実際にできるまでかなり時間がかかってくる。自宅に退院して、ホームヘルパー・サービスを受けようということになると、今度はその家の収入はどうであるか、家族構成はどうであるか、どうのこうのということで、すぐに受けられないわけです。医療サービスはすぐ受けられます。ところが福祉の方はなかなか受けられないんです。 こういうことが、実際に社会的入院を多くしてしまっている理由にもなるし、同時に、この社会的入院をするということで、病院の方もそれなりの利点を持っているわけです。ベッドを常に占めている、入院患者さんが常に一杯いる、そういう意味合いも持っているわけです。それは、本来福祉がやるべき領域のことを、すぐにお金が出やすく利用しやすい医療の方が肩代わりしているという面もあります。こういうことをあまり大きな声で言うと福祉課の人に怒られるかも知れませんけれど、そういう一面を持っているわけです。それ自体がまた、病院というところを維持させているという面もあるわけです。小さい声でしか言えませんけれど。だから、世の中というのは本当にこういう具合に、色々なことががんじがらめになって、皆がうまく利用し合っているような事があるんですね。 ●福祉に関する国家予算 どうしてそうなのかというのを、国家予算の方から見てみますと(僕はこういうのは本を読んで分かっているだけですから、あまり詳しくはお話しできません。大まかなことで言います)、国の予算が今は71兆円ぐらいだったと思います。 日本の国は裕福だ、裕福だと言われます。僕はリハビリテーションを勉強するために、カナダに1年半行って勉強してきました。カナダという国には色々な国の人が来るんですね。中国の人も来れば、ユーゴスラビアの人も来る。ソ連の人もアメリカの人もイギリスの人も来ます。 色々なお医者さんが集まっている中で、日本の国はものすごく裕福だ、お金持ちだということを何回も言われるんです。いや、普通の生活はそんなに裕福ではないんだ(僕らは実際にそうですから)、そんなにすごい生活をしているわけではないんだと言っても、そんなはずはないという言い方をされます。実際にカナダの人が住んでいる家を見るとずいぶん立派ですよ。広いし。テレビにしてもとても大きなテレビを見ているわけです。ものすごく優雅に見えるわけです。他人のうちの庭はよく見えるというのは、ああいうことを言うのかも知れません。だけど、日本はすごく裕福でいい国だと、皆から言われるんですが、決してそうではないですね。 生活して楽しいということと、安心があるということが、たぶんその豊かさというものをあらわしていると考えれば、日本の国の71兆円という国家予算に対して、日本の国のレジャー産業というものが60兆円のお金を持っているらしいんです。パチンコからボートから競輪・競馬から何から何まで。皆が楽しもうという産業が、これぐらいのお金を持ってやっている。国家予算に似たぐらいのお金を確かに持っています。だから、楽しめるという意味では大変豊かには違いないですね。数字からいけば。 ところが、医療費に払われる国のお金というのは、レジャー産業の3分の1の20兆円。それにしてもずいぶん使われているとは思います。だからこそ我々はすぐ医療のサービスもすぐに受けられる状況にあるわけです。ところが、福祉の予算というのはレジャー産業の30分の1の2兆円。 福祉に与えられているお金は2兆円。医療費に与えられているお金は20兆円。そして遊ぶのは60兆円。そして国の予算が71兆円。だから、福祉の方に回されるお金というのは実質的に少ないから、いい顔をしてぱっぱっぱっと対応しきれないという面も確かにあるんですけれど、しかし、こういうのを見ましたら、福祉が本来やらなければならないことを医療の方がある程度肩代わりしながらこういうことをやって、しかも医療そのものも採算の問題を実は考えているとか、そういうぐちゃぐちゃの世の中が見えてきたんですね。 寝たきりの人を自宅に連れて帰って、自宅で何とか生活させようと思っても、実際に自宅で手をかけられる人がいないわけです。だから、本来ある条件がそろえば動き回れる人でも、結果的に寝たきりにならざるをえないという、福祉の予算の問題が実は大きなところにあるのと、それから、世の中が変わってきたために家庭構造が変化してきた。そのために家庭内で色々工面をするということができなくなってきた。 だけども、依然として我々を悩ましているのは、元々にある価値観ですね。親の面倒を子供がみるのが当たり前だとか、家庭内で全てを処理すべき問題なんだという、その価値観が時代としては違ってきたんだということです。 そして、福祉というものが措置というサービスのされ方をする限り、どうしても医療と福祉との間に時間のずれが出てきてしまうわけです。だから、医療と福祉が一体化して色々のことをしなければならないということが、非常に声だかにたくさん言われていますけれど、実際にこの問題を考えると、そう簡単に福祉と医療が一緒になりきれるわけがないんですね。制度が違うわけですから。制度が違うということはお金の出方が違うということです。だから、ここを国の政策か、地方でもいいんですけれど、行政のところで調整ができない限り、どうしても今の状態が続かざるをえないのではないかなというような考えでいます。 なかなかこういうことを考えてみまして、日本の医療にしろ何にしろ、国のあるひとつの政策とか方針というものが、ある価値観を形成していって、それが全てのものにいき渡って支配していく力を持っているもんなんだなあというのが、僕はリハビリというものを通して、その一端をかいま見てきたような気がするんです。僕がちょろっと調べて分かったことはこんなことなんです。 このあいだ申し上げましたように、寝たきりという言葉から連想されるものはたぶん、ここのところなんだと思います。色々なことをやりたくて家庭に連れて帰っても、それをできる人手も十分じゃないし、家を改造したり色々なことをしてその対応をしようとしても、おいそれとすぐできるわけでもないし、そういう種類のことをやっている間に皆、寝たきりになってしまう人がいるんだということですね。誰も、寝たきりを作ろうと思ってやっているわけではないし、寝たきりをなくそうとしてやっているに違いないんです。誰もがそう思ってやっているに違いないんだけれど、こういう福祉と医療の方の予算の問題とか、サービスシステムの問題とか、そういうものの中で実際に苦労されている人が多いんだということが分かります。 そして、そうやってやられている人がたに、僕たちがその寝たきりを少なくしたいと思って説明しているんですけれど、そういう表現がこういう気持ちのかたに非難的に聞こえたり、つらい思いをさせたということがあったと思われるので、大変申し訳ありませんでしたと素直に謝りたいと思います。しかし、これからもなんですが、表現のしかたとして寝たきりという言葉は、その状態を相手に知らしめるのに大変使いやすいものですから、その時には僕は皆さんに「すいませんが」と言ってその言葉を使って説明する時もこれから出てくると思いますが、それを了解していただければ、大変あり難いと思っています。 だいたい、長寿社会の中にこんなことが潜んでいるんだなということをお話ししたんですが、どんなものだったでしょうか。 そしてその時に、平成4年度の「釧路の高齢者の実態」というものを調べたんです。簡単に数字のようなもので紹介します。 ![]() そうすると、10.6%の高齢化率なんですね。1割ちょっとの人が65歳を超えたかたです。65歳を超えた人がだいたい2万1千5百人の人がいるわけです。そして、65歳を超えた人がたの9割の人が在宅です。90%の人が自宅にいるわけです。そして自宅以外にいる人が1割です。1割の人が自宅以外のところで生活しています。 そして、在宅の人のうちの9割ちょっとの人がたは健康な生活を営んでいるかたです。ところが、7%ぐらいの人が体が弱かったり、寝たきりという人です。 そして自宅以外のところにいる人は、7割の人が入院という形をとっています。そして3割の人が老人ホームとか中間施設とか、そういうところに入っています。 入院している人の3分の1の人が6か月を超えている。こういうかたが社会的入院といったかたですね。そして、その6か月を超えて入院している人の中の7割の人が65歳以上のかたで、色々な病気を持っているんですけれど、その中にはガンの人もいれば脳卒中の人もいれば、色々な病気の人がいます。その中の半分近く、40%ぐらいの人は脳卒中のために長期入院をしています。ということが釧路の調査をした時に分かったデータになっています。 釧路は老人高齢化率が少ないから今は10.6%ぐらいの数字ですが、全国平均からいくと12〜13%いっていますので、まだまだ数字としては、実際の数としては多くなると思います。そしてこういう変化がどんどん進行していくだろうし、20歳より若い人はどんどん人口が少なくなってきているわけですから、日本の国はまだまだ大変な変化が起こっていくだろうと思います。その中で一番重要で、急いで何とかしなければいけないという具合に僕が思うことは、やっぱり福祉制度のあり方が再検討されなければ、そういう医療の質自体も上がりきれないのではないかなという気がいたします。 問:うちも2級の障害者手帳をいただいていまして、市の保健婦さんが年に一度くらいみえてくれます。最近は少し来て下さって、話をします。うちは2級ですけれど、動くことは手を借りなくてもできるものですから、実際にお話といってもよもやま話の方が多くて、その時にはじめて聞いたんですけれど、死亡率のお話がありまして、病気というと「イコール、ガン」というくらいガンが多くて、死亡率もぐんを抜いて多いというお話だけれども、発病率というか罹患率からいうと、心臓・脳卒中がずば抜けてガンに比べて多いんだそうです。私はそれははじめて聞いたことだったんです。本を読んだり情報を自分で入れているつもりだったんですけれど、はじめて聞いたことだったんです。私みたいに勉強していてもはじめて聞いたことなので、「そういう情報はどういうふうになっているんですか。うちの場合は脳卒中というのが起きた途端に、人生を否定されたように字も読めなくなった、計算もできない、話もできないということになりました。一般の人に死ぬ話ばかりじゃなくて、ガンばかりではなくて、もっと病気に対する認識というのも、脳卒中の怖さとか心臓病の怖さとか、そういうのをもっと知らせていく必要があるんじゃないか」と、保健婦さんとお話しして、「いやあよく分かりました」ということだったんです。ガンの怖さばかりではなくて。脳卒中や心臓病は死ななくなったから、現実に脳卒中の人でも亡くなる時は脳卒中ではなくて、別な病気で亡くなっていくから、おもてには出てこないんで、脳卒中というのは片隅にやられたような感じだなあというお話を、長々としたんです。 別なお話ですけれど、ここの先生方や看護婦さんに言われたんですけれど、「脳卒中、大変ね。でも、ガンよりいいでしょう」とかなりの人に言われました。リハビリの先生に言われたこともありますし、看護婦さんからも言われたこともあるし、一般の人にもずいぶん言われましたけれど、私の知ったかたでは、半年でも5年でも、ご夫婦で話をいっぱいして、心残りなく見送って、何の悔いもないというかたが結構多いんですね、連れ合いさんをガンで亡くしたかたで。人生を否定されたような連れ合いと20年生きるのとどっちがいいか。そんなに簡単に比べられることではないんですよね。それを現実に医療の立場の人にずいぶん言われるわけです。大変悔しい思いをしました。 答:人のつらさ、悲しみというものは、僕は思うんですけれど、比較できるものではなくて絶対的なものだと思います。はたから見て、これだからこの人はつらくてかわいそうで、この人はこうだからまあまあではないか、という種類のものではなくて、その一つ一つのつらさがどの人にとっても、 100%の重みを持ってその人にかかってくるものですから、けっしてそういう種類のことを我々としては簡単に口に出すべきものではないと思います。それは私達医療者が本当に気をつけていかなければいけないことだと思います。 それから、僕はリハビリをするようになってはじめて、脳卒中とかそういう患者さんと接するようになってきましたが、その前は整形外科をやっていましたので、リウマチという患者さんをずっと十何年、見続けてきました。こういう言い方をするとまた誤解を招いてしまいますが、リウマチの患者さんはガンの患者さんよりももっと大変に思うと、そういう話をリウマチの患者さんと時々していたことがあるんです。 ずっとリウマチという身の不自由を持っていると、離婚率が高い病気なんですね、ご婦人のかたがリウマチになった時に。身体的な面だけではなくて、精神的な面でも大変な苦労を長い間していかなければならない。そして、まわりから色々な人が去っていってしまうという、精神的なつらさと肉体的なつらさの両方が、長きにわたってその人を苦しめていくというのは、本当に僕らも医療をやっていながら何の力にもなれないなとか言いながら、患者さんとやってきていました。結局、お話をうかがって、そのかたのつらさを聞くしか僕らとしては手がなかったんですね。そのお話を聞くということ自体が、僕は大変重要な医療をなしているものだという具合に考えるものですから、できるだけそうすることを心がけてきました。どの病気でも皆つらい思いをされながら生活しているという具合に感じます。何がお役に立てるかというと、案外、役に立てないなというのも実感です。 そして、死亡率の話とか、病気の発症率の話とか、そういうような種類のこともいずれ、この教室でもお話をするというようなことにしたいと思います。 他に何かなければ、これで終わりたいと思います。どうも有り難うございました。 本講演の印刷用ファイルのダウンロード(モノクロ)が可能ですが、 閲覧・印刷には「Adobe Acrobat 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