『自立をさまたげるもの_その1』

講師:リハビリテーション科部長 斉藤裕





【はじめに】


皆さん、こんにちは。今日は「自立をさまたげるもの」という題で少しお話をしたいなと思います。僕にもちょっと手に余るぐらいの広い範囲のものですから、今回全部お話しできるかどうか分かりません。もしお話しできなかったら、その2として次の回に引き継いでお話をしたいなと思っております。




【自立とは】


今日たくさんお集まりいただいたかたは色々と病気をされている、あるいは色々なことを体験されて障害をお持ちのかたですけれど、皆さんは大変な苦労をされながら、あるいはされつつ、自立という形に至っているかたが殆どなわけですね。そして、自立という種類のことというのは言葉で言えば簡単なんですけれど、内容的には色々な意味を持っていることが多いと思います。

僕は基本的には自立というのは、その人に何かをしたいという気持ちがあって、そういう心の動きあるいは頭に感ずることがあって、それをかなえることができれば、またその結果に対して自分で喜びが得られれば、満足感が得られれば、端からどう見られようともそれは自立というひとつの中身ではないかなと思います。

社会的な自立だとか、あの人は何をやらせてもうまくいかなくて、まだ一本立ちしていないとか、奥さんがいなければ何もできないような状態で自立できていない亭主とか、そういう表現で言われることが多いんですけれども、そういうときの「自立をしていない」という言い方というのは非常に否定的な意味合いを持っていると思うんですね。だけれども、自立をしていないということは必ずしも否定的なことを意味するのではなくて、その人が何かをしたい、あるいは何かがこうありたいと願ったときに、それに近い状態が得られて、その人が、よかったと自分で満足感が得られるような形に至るその過程が自立ということで考えていいのではないかなと思います。




【日常生活自立度】


この自立という言葉が出たときに、それに相対するものとして、平成3年に厚生省で「ゴールドプラン」というのを作り出しましたよね。障害を持っているかた、あるいはお年寄りのかたをどういう具合に支援していったらいいかという厚生省からの計画がなされて、それがゴールドプランと呼ばれているわけですが、その時にこれに相対するものとして「寝たきり」というものがあります。寝たきりという言葉は、少なくともこの会での使い方では、皆さんに許可を得て使わなければいけない言葉なので、今回、またこの話の上でこの寝たきりという言葉を使わせていただきますけれど、その時は「自立」という言葉に対して「寝たきり」という言葉がひとつの組み合わせとして出てきています。自立をさまたげるのが寝たきりなんだという具合に捉えているからなんですね。


障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準(抜粋)
(一部改変、図を挿入)
生活自立 ランクJ 何らかの障害等を有するが、日常生活はほぼ自立しており独力で外出する
1.交通機関等を利用して外出する
2.隣近所へなら外出する
準寝たきり ランクA 屋内での生活は概ね自立しているが、介助なしには外出しない
1.介助により外出し、日中はほとんどベッドから離れて生活する
2.外出の頻度が少なく、日中も寝たり起きたりの生活をしている
寝たきり ランクB 屋内での生活は何らかの介助を要し、日中もベッド上での生活が主体であるが座位を保つ
1.車椅子に移乗し、食事、排泄はベッドから離れて行う
2.介助により車椅子に移乗する
ランクC 日中ベッド上で過ごし、排泄、食事、着替えにおいて介助を要する
1.自力で寝がえりをうつ
2.自力で寝返りもうたない
判定にあたっては補装具や自助具等の器具を使用した状態であっても差し支えない。
「障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準」の活用について
(平成3年11月18日 老健第102-2号)
厚生省大臣官房老人保健福祉部長通知
(リハビリテーション医学 VOL.36 NO1 1999年1月より)



そして、この自立に関する状態、あるいは寝たきりの状態、そういうものをあらわすのに、それを全体として四つに分けて考えようという考え方がありました。それを「ランク」という呼び方をしています。Jランク・Aランク・Bランク・Cランクという形でこの寝たきりと自立に至る変化をあらわそうという具合になっているんです。この中のJランクというのは「自立している」という、自立のJという言葉で使っています。それから、Aというところが「寝たきりの準備状態」にある人、それからB、Cというところがいわゆる「寝たきりの状態」です。寝たきりの状態、自立の状態、それの移行するところ、という具合に人の状態を分けていたんですね。

この中で、この「寝たきり」というものの表現として一番はっきりしていたのは、「ベッドの上に寝た状態の生活をしている人」、「準備状態」というのは「生活の場所がベッドから離れて家の中にいる生活」、そして「自立した段階」というのは「家の中にベッドがあって、しかも家の外での生活までできる」という状態を指しています。


「寝たきり」(ランクC)
一番下のCランクというところは、これはもう本当に横になったままの生活で、その中で自分で寝がえりをうてる人と、介助でなければ寝がえりをうてない状態の人との二つが入っています。だから大きく分けると、生活の場がベッドの上の人が「寝たきり状態」であるという具合に判断されているわけです。

「寝たきり」(ランクB)
「寝たきり」の状態の中では生活の場所というのはあくまでもベッドの上なんですが、ベッドの上でのお座りが生活の中でよくできている、あるいは介助して車椅子に乗せることができたら、食事はベッドと違う場所で行っているという、そういうレベルのかたです。

「準寝たきり」(ランクA)
「寝たきり準備状態」のかたというのは、ベッドからは離れているけれども、家の外までは自分では色々なことができないかたです。こういう時は介助される、あるいは介護される、誰かが付いてはじめて家の外に出ることができるというレベルの状態をいっているんですね。だから、今、ここに来られているかたはみんな、このランクを超えてこちらのランクJに入ることのできている場合が多い、そういう具合に思います。


これが厚生省でいっている「自立」というものの程度なんですね。一番最初に厚生省でいっていたものは「寝たきり」の状態を表しているものです。


それで、これから自立をしていくという、自立の段階にどういうことがあるとそちらの方に変化していけるのか。実はこういう種類の中にも「真の寝たきりの状態」と、実は「仮の寝たきり状態」という、そういう状態が混じっているわけですね。本当に病気そのものがものすごく大きいためにどうしても寝たきり以外にはなれないという状態のかたと、そうではなくて、実はちょっとしたことが行われるとCからB、BからAという状態へ変化していくというものが含まれているわけです。その時に、CからB、BからAへ本来は行けるものが行けない状態になぜ留まってしまうのかということを、一つ一つ説明をしてみようかなと思います。




【脳卒中発症からリハビリへ】


●脳卒中発症直後にこんな変化が起こります

脳卒中のかたが多いですから脳卒中の話を例に挙げながらお話ししますと、最初に病院に脳卒中の発作を起こしてかつぎ込まれた時というのは、殆ど全員が寝たきりの状態−手もあまり動かせない、足もあまり動かせない、見るからに大変な雰囲気−で病院の中に運ばれて来るわけですね。まずこの状態からスタートしているわけです。





そしてそこで大事なのは、頭の中の一部に出血を起こしたり血管がつまったりすると、「本来の障害範囲」だけに障害が起こっても、実際には「影響の及ぶ範囲」にまで障害が起こっているような症状としてあらわれるわけです。僕らも蚊に刺されたり何かでひっかいたりしたら、その部分は非常に小さいんだけれど、周辺が赤くなって腫れたりというようなことが起こっていますよね。何かにバンとぶつけてもそうですね。それは病気が血管に起ころうがどこに起ころうが、みんなそうなんです。小さい状態が起こったとしても、もっとその周辺にまで腫れとか色々なことが及ぶものですから、実際にははじめてかつぎ込まれたときにはこの人は「影響の及ぶ範囲」全体がやられちゃっているんではないかと思わせるぐらい、すごい症状としてかつぎ込まれるわけです。

ところが実際には、次第にこういう「影響の及ぶ範囲」が治っていって、最終的には、本当にやられているところはやっぱり残ってしまいます。だから、皆さんが病気されて最初に病院にかつぎ込まれたときから見ると、はじめの3ヶ月間ぐらいの間にずいぶん色々なことが変わってきたと思うんです。ずいぶん良くなってきたと思うんです。それはこういう具合に、「本来の障害範囲」というある一部に本当の変化が起こったのが、それが影響が周りに及んでいて、それが徐々にしぼんでいって、こうなっていくからなんです。

本来のやられた部分はこれ以上もう治りようがないものですから、「これが残った」という分については諦めざるを得ないんです。しかしこの状態の時に手足を安静にしていたり、動かさなかったり、寝たきりの状態でいますと、その間に手足の筋肉が固まったり、関節が固まったり、筋肉が落ちたりします。ベッドというものはこの人の持っている体力、気力、知力の全部を吸い取っていくものなんです。ベッドにしろ布団というものは。

安静が長い間強いられていると、こういう「影響の及ぶ範囲」の治り具合が非常にゆっくりしていくばかりではなくて、実際に最初はなんともなかった手足の関節が動かなくなったり、筋力が落ちたりといった色々なことで、実際よりももっと結果的にはひどくやられてしまうような障害を残していくことがあるんですね。で、「影響の及ぶ範囲」が徐々におさまっていったとしても、結局は体力が落ちたり、筋力が落ちたり、関節が固まったりして、「影響の及ぶ範囲」に及ぶ大きな障害として残ってしまっている場合があるわけです。

だから、「本来の障害範囲」しか起こっていないことが、最終的に「影響の及ぶ範囲」までの大きな障害として残ってしまったら、「本来の障害範囲」だけ残るのはしょうがないとしても、とっても悔しいわけです。もったいないわけです。だから、それを何とかしていきたいというのが、リハビリテーションの非常に重要なところだし、自立というところの出発点になるわけです。


●リハビリとは簡単なことから始まります

こういう種類のことを少しでも少なくしていこうということで、こういう病院に入院したら、入院して2日、3日の段階からベッドサイドでリハビリをしたり、色々なことをやり始めているわけです。そして少しでも「影響の及ぶ範囲」を残さないように、できるだけ時間と共にすーっと本来の状態のところにおさまれるようにしていこうかなという考えでやるのが、今のリハビリテーションなんです。

その時に、ものすごく難しいことをやっているわけではないんですね。リハビリテーションの医師、理学療法士、作業療法士、言語療法士は、学校を卒業して色々なことを学ばされてきてはいるんですが、実際に行っていることというのは学校で習わなかったらできないというものではないんですね。いつも言っているように、ベッドが一つあって、ちょっとこうやったら関節の拘縮を防げるとかいうことを聞いていただければ、それが応用できる種類のことなんです。

最初はみんな「寝たきりのCランク」という状態できます。そういう状態で命を救うという種類の治療が始まります。命を救うという治療は絶対に大事なんですけれど、そのあと、もし自分で動けるようだったらできるだけ動けるような状態に行った方がいいわけです。安静、安静というぐあいに、今の医療というのは実は言い過ぎるんですね。それに沿ってやっていると、手足が固まったり、色々なものがベッドに吸い取られていってしまうんです。


●早期から「動き」があると
 関節の拘縮は起こりにくくなります


獣医さんにお話をうかがいまして、とっても面白いと思ったお話が一つあるんです。犬とか猫とかいう動物は、治療をして安静にしておきたくても安静がとれないんですね。安静がとれないから、犬や猫が病気になったときに、体が弱ってしまえば筋力低下とかはある程度あるんですが、関節が固まってしまうということがないと言うんですね。だから、早い状態から自分が動かせる状態になったら、生き物は動かそうとしますよね。動こうとします。うんと辛いことがあれば生き物は静かに身を守ろうとしますけれど、その辛さがとれたら生き物は動こうとしますよね。それを抑えてはいけないんだなあというのが、その獣医さんのお話からうかがっても、とっても大事なことなんだなと思います。

長い間横になったりしたために関節拘縮を起こしたり筋力低下を起こして全然歩けなくなったりするというのは、動物にはあんまりないことらしいんですね。だからそれほど安静ということが色々なことを奪い去って行く、そして、ベッドの中にみんな奪い去られていく。体力も奪い去られ気力も奪い去られ、色々なものが奪い去られるんですね。




【寝がえることがとても大切です】


●首の動きが寝がえりにはまず必要です

さきほどのCというランクの人はベッドの上では基本的には横になった生活なんですけれど、この中で、自分で寝がえりがうてる人と、自分でも寝がえりがうてないというレベルの人が混ざっているわけです。

自分で寝がえりをうてないというときに、どんなことが実際の原因としてあるかというと、とても単純なことに、実は「首の動きが悪い、首が固まってしまって首を横に向けないというために寝がえりがうてない」ということがあります。

犬とか猫を見れば非常に良く分かりますが、曲がろうとする方向にまず首を動かして、それから手を動かして足を動かしてという具合に、体が頭を中心にねじれて寝がえりをやっているんですね。赤ちゃんもそうですね。赤ちゃんが寝がえりをうとうとするときには、首が動いていってそれから寝がえっていく。それと全く同じことなんです。寝がえりが自分の力でうてないという人の中に、実は首が自由に左右に動かせない、あるいは前後に動かせない。そういった理由のために結局は寝がえりもうてないという状態に陥っている場合があるわけです。

まず首が寝がえって、その次に手が自分の体を超えて寝がえる側に持ってこれるという、そういう首と腕の動きがあればいいわけです。体を超えてこっちに持っていけるだけ腕が動く。そちらに持っていけるだけの力を腕が持っている。それがあれば、この人は寝がえりができる状態になるわけです。

このCランクの人の生活というのは、基本的にはベッドの上で横になった状態の生活しかないんだけれど、あお向けだけでいるよりは、横向きができるようになったら、この人に入ってくる刺激とか、この人が見る世界というのは広まるわけですよね。だから、その辺をまず最初に見て上げなければいけないというふうに思います。


●寝ていると体力がベッドに吸い取られてしまいます

そして、Cランクの状態にいるときでも−それ以外のランクの状態でもそうなんですけれど−最も重要なのは体力なんですね。体力が全部ベッドに吸い取られてしまう。そして、その人の心臓の働きとか肺の働き、こういうものが低下してしまった状態が「体力が落ちた状態」なわけです。

酸素をたくさん吸って炭酸ガスをたくさん吐き出すという呼吸機能、そして、そのたくさん吸った酸素を全身に回し、筋肉を動かす栄養も与えたり色々なものを運んでいく肺とか心臓の機能。そういった、体のエネルギーを補給していくものが維持されるような力が体力なわけです。

その体力がベッドで横になって寝ていると、ずーっとベッドに吸い取られていってしまうわけです。肺や心臓をあんまり動かさなくて最低限に働いていれば済むわけですから。普通に走ったり歩いたりすると心臓も呼吸も速くうつようになりますよね。だけども、そういう動きが全然なくて済むんです。最低限働いていればいいわけですから。こういう最低限の状態で働いていると、全部ベッドに吸い取られて、もぬけの殻みたくなってしまうわけですね。だから、ここのCランクからどう変化していけるかが一番の出発点になるわけです。


●自分で寝がえりをすることから自立が始まります

先程も言いましたように、この人が少なくとも寝がえりをするようになったら、食事ももう少し取りやすくなるだろう。食事を自分の意志で取りたいという気持ちも出てくるかもしれない。あるいは自分でそこにあるものを取って手元に寄せたいとか、そういう考えも出てくるかもしれない。

最初から上を向いてじーっとしてして、寝ていなければダメになってしまって、全てお任せ状態になったら、気力も何ももうどうでもいいということに陥りやすいわけです。あれをしたいとかこれをしたいということすらも失せていってしまうかも知れない。そうなったら、その人の人生というのは本当に辛いものばかりになってしまいますよね。

だから、もしこの人が横向きになれる、あるいはうつぶせにでもなれるようであれば、そこから色々なことが、この人の欲求とか要求とかもたくさん出るように芽生えて来るのではないか。それをかなえることができたら、その人にとって素晴らしいことです。何か気持ちの中に思ったものを現実としてそのままかなえられるかどうか分からないけれども、「ああこうやれて良かった」という喜びが伴うものであれば、本当にその人のその状態で自立に向かい始めているということになるわけですから、そういうことを我々はお手伝いできればいいわけです。そして、そういう状態で寝がえりをうてるような状態になったらいいなと思います。

もし寝がえりをうてなければこの人はどうやって寝がえりをうたせたらいいだろうかというのは、今まで看護部の講演会なんかもありましたよね。あの時に皆さんもお聞きになったと思いますけれど、首を片方に他動的に向けて、肩を動かして、体を小さく左右にまとめて、上下にも小さくまとめます。そして手を添えてやるとそちらの方に寝がえりをうたせられる。それはあくまでも他動的です。その段階から自分で寝がえりをうてるようになるポイントを、今言ったようなところをチェックしていくんですね。




【座ることが自立にとっては
非常に重要です】


●座ることで体力の低下を防ぐことができます

寝たきりのCランクの人がもし座ることができるようになったら、この体力の低下というものの40〜50%は回復できる方向に行くのではないかというふうに思います。

寝た状態では心臓と手足の高さというのは同じレベルで動いているから、心臓がそんなに働かないで最低の状態で働いていればいいんですけれど、人が起こしてあげても自分で起きあがれてもいいんですが、そうすると今度は心臓と足との落差が出てくるもんですから、そうすると心臓はある力をもって血液を送り出したり吸い取ったりしなければいけなくなってきます。

それから、座るということによって体を支える筋肉が常に働いているわけです。今、皆さんはそういう具合にお座りになっていますけれど、腹筋とか背筋、首を支える筋肉が一生懸命働いているわけです。こういう筋肉が自然自然の内に働いて、そしてそれに引きずられて心臓や肺が一生懸命働いていこうとするわけです。これが間に合わない状態の時に起立性の低血圧なんかがおきて、起こしたときに気分が悪くなったり血圧が下がったりする。それは、まだこの寝たきりの状態で機能が低下しているところに急に負荷をかけるからです。だから、この人を起こすにしても、徐々に徐々に毎日起こしていくようにするわけです。


●起きようとするときに必要な筋力をつける

人間が起きようとするときに必要な筋肉は、赤ちゃんが発達していくときに見てみると良く分かりますけれど、首の筋肉がしっかりしてくる。首が座って、それから体の筋肉、腰の筋肉、そういうところがきちんとなって、手の力がきちんとなって、そういう状態になったときに座っていけるようになるわけです。

だから、ランクCの状態からランクBの状態に行こうとするときに前もってやっておけばいいなあと思うのは、首を良く動けるようにしておくことと、首をわずかに持ち上げようとする運動ですね。

それから、手とか肩とか、こういう肩甲帯という体を支える筋肉のグループがありますけれど、そういうところの筋肉を何とかしようとするときは、こういうタオルでもって、寝ながら手を伸ばしたままぐーっと絞るという運動があります。肘を伸ばしてタオルを絞る。もし片方の手が不自由であれば、輪をかけて握りながら絞ります。そうすると腕全体に力が入るんですね。手を握ってまっすぐ前方へ伸ばしている、これだけでもいいんです。そうすると腕の筋肉、肩の筋肉、首の筋肉がついてくるんです。そうすると、起きようとすること、体をねじろうとする動作がとてもやりやすくなってきます。


●呼吸のための筋力も重要です

それから、寝ている状態の時でも一日3回でも4回でもいいから深呼吸ということをやる方がいいんです。いい深呼吸というのは、胸を開いて、首を伸ばして、手を開いて、こういう息の吸い方が一番いいわけですね。出すときには絞り出すようにする。

肩を動かすというのは、寝た状態でもやろうと思えばできるわけです。肩を動かす、首を動かす、手を絞りながら上に起こしていく。寝ながらでも息を吸って吐き出す。そういう筋肉をたくさん使うと、この人は起きやすくなってくるし、呼吸にとってものすごく重要な筋肉を使っているわけです。

変な話ですけれど、人が死ぬ前の数時間、数十分、数分というところをご覧になったこと、皆さんの年齢ですからおありだと思いますけれど、下顎呼吸という呼吸をしますね。顎を起こす呼吸。それから鼻翼呼吸という鼻を開く呼吸、あえいでいるという呼吸をします。あれは、自分が呼吸に使える全ての筋肉を動員しているわけです。全ての筋肉を動員して自分に酸素を与えて、死なないようにしているわけですね。生き物というのは自分の状態が非常に危険でもうダメになるという直前でも最大限に自分の命を守ろうとしますから、その時に見せるのが下顎呼吸、鼻翼呼吸なんです。最後になったらこういう筋肉も呼吸のために必要なんだということを我々に教えてくれているわけです。身をもって。だから、我々は素直にそれを真似して、医療に使っていけばいいわけです。

息をするということのためにものすごく重要なのは、首がよく動くこと、肩甲骨がよく動くこと、それから肩が動くこと。そういうことがものすごく大事なんだということです。そういう力が備わってくれば、その人の体力は少しずつアップしていくわけです。それから腹筋も使われていくわけです。そうすると、ランクCの状態からBの状態に起きあがろう、あるいは起きあがってその状態をずっと保ち続けようという筋肉が知らず知らずの内に使われていくわけです。

そういう筋肉がたくさん使われていくようになると、今度は逆に肺や心臓もたくさん働いて、酸素をどんどん送り込まなければいけない、ということになってきます。そうすると、当然それに見合うエネルギー源としての糖分だとか食べ物の量も少しずつ寝た状態にいるときよりは増えてきますよね。それから寝た状態よりも座った状態という縦の生活の方が排泄という面でも量が多くなってくる。排泄が起こりやすい状態になってきます。


だからランクCの状態からBの状態に変わっていくに従って、色々なことがこの人にとって有利な方向に進んで行き始めるということになります。そのずっと先の方に、ひょっとしたら厚生省で言っている自立が出てくるかもしれない。だけども、そういう自立という捉え方と同時に、この人がもし何かをしたいと思ったら、それがどんな形でもいいから実現されるということがあれば、それはこの人にとっての自立に近づいているという、そういう判断もあります。だから僕らは両方のことを視野に起きながら自立というものを捉えていかないといけないんだと思います。

世の中では自分で色々なことができるようになって、自立というJランクに来ても、なおかつ、社会的な自立という非常に大きな壁があるわけですね。Jランクまで来ても、実用性があるかないか、社会生活を営んでいく上でこの実用性を伴うか伴わないかということで、世の中は受け入れなかったりするわけですね。だから、これはすごく難しいものの考え方、世の中の価値観とかそういうことに結びついていく非常に重要な点です。




【座って手を使えるようにしましょう】


今、座るというところまで来ました。僕はいつもそれこそが大事なんだと言っているんですが、座るということができた時に、初めてその人は自分の手を使って自分のことができるようになるんだということです。座るということが手で支えなければダメなうちは、手を使って色々なことができないわけです。

赤ちゃんが生後6ヶ月ぐらいになって座るようになりますよね。その時に手を前に置いて体を支えて座っているわけです。その間は両手の遊びとかはできません。できたとしても片手の遊びしかできないわけです。両手の遊びができるようになってくると知能というのはずいぶん発達してくると言われていますから、片手の人が座るのに手で支えなければならないような状態であれば、この人はまだ自分の身の回りのことができるようになっているとは言わないわけです。もし自分の力できちんと座っていられない時はどうしても座椅子のようなもので、あるいは車椅子のようなもので体を支えてあげなければいけないんだけれども、少し力がついてきて後ろに支えがいらなくなり始めてくると、足がきちんと床に着くということで、この人の座る安定感はそれだけで増してくるということです。

これも今まで何回も何回もお話ししましたので、またあの話かということになると思いますが、骨盤があって、そしてこの人の太股があって、膝が曲がって、そして足が着く。そうしたらこの人はお尻から膝、足底まで着いていることになるから、その上に乗ったものは安定しやすいから、だから転ばないで済むようになるわけですね。



椅子なんかでこういう具合になって足が浮いているようなことがありますよね。ベッドサイドで足が浮いているようなことが。こういう時はとても安定感が悪い。そうすると、何かの時に手をついて支えてなければダメになるから、このときにはここを何かで埋めてあげるといい。そうすると、こういう具合に全体の安定感が増して、はじめて手を使うことができるようになります。


そういう具合なことになりますので、自分の力で安定感が得られないときには、物理的に何か他の物を持ってきて安定感を与えてあげると、その人の持っている「座っていられるという力」はもっと出てきます。その力が出てきたらはじめて手を使うことができます。手を使うことができるようになったら字を書いたり、食事を自分で好きなように食べられるし、色々なことがもっとしやすくなってくるということになるわけです。

この人が食事をしたり服を着たり脱いだりできるようになるためには、手がそれなりに動かなければいけない。しかし、関節が固まっているというようなことがあるとものすごく不利なわけです。だから自由に物事ができない。今ここにいらしているかたの中で、関節そのものに大変な痛みを伴う状態のかたがいらっしゃいますけれど、私たちが何かをしようというときに、必ず関節が動いて物をつかんだり、距離を調節したり、動かしたりする。そして筋肉の力でもってそれを移動したり、口へ持っていったり、色々なことをするんですが、支点になる関節が壊れているものですから、その関節の動きが悪くなると同時に、力そのものが入りづらくなってくるという、とても大変な思いをされているかたもいらっしゃるわけです。

だから、ランクCの状態で体力をつけることができればいい。それから深呼吸をちゃんとできるようにしておけばいい。それから首をもっと動かせるようになればいい。そういうことがあって、やっとランクBまでくるわけですね。だから、このランクという段階をずっと体験されてこられている皆さんは、ものすごく大変な思いをご本人も家族もされて、今、この自立のランクに至っているんだということが良く分かります。ランクBまでくるだけでも大変なんですから。

全てのものはこういう段階の上に乗っているわけですから、これができなければあれができないという具合に物事は積み重なっているんですね。だから、リハビリ教室をやって僕らが色々なことをここでしゃべっていますけれど、実際に僕らが知りたいのは皆さんにどんな苦労があったか、あるいは体験から得られたものとか、そういうものを僕らは本当に教えてもらいたい、学ばせてもらいたいということがあります。




−その2に続きます−


この続きはまた「その2」ということで話を続けていって宜しいでしょうか。今日は厚生省のいっている自立をあらわすもので、Bランク、Cランクという寝たきりの状態からどうやったら抜け出せられるかなというような種類の話になりました。またこの次は、その上の段階に行くという話をさせていただきたいと思います。

ただ、ここの中には言葉の問題がまだ出てきていません。言葉の問題は上のランクに行くに従って大変になってくるということがあります。命が助かって、その人の活動範囲が少しずつ広がるに従って言葉やコミュニケーションの問題というのはもっともっと強く出てくるということになると思います。今日はどうも有り難うございました。




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