今月の旬

 

55回目の今月の旬、
これからも料理人の仕事と季節の風をお届けします。

今月もレストラン ル ミュゼよりお送りします。

 

 2006年 5月のテーマ 「 山菜 」

 先月は春らしいテーマ「菜花」であったが、今回も春満開である。
小さい頃、両親や親戚に連れられ竹の子採りに山に入ったり、学校帰り帽子にいっぱいワラビを摘んで帰ったり、外で遊ぶのが大好きだった。まぁ竹の子採りにいって大人を驚かそうと車のトランクに隠れたのはいいがカギを持って隠れてしまい熱さで死にそうになったりもしたのだが、今でも山は大好きである。大人になって山になかなか行けず、郷愁と渇望が心にあるのために大好きなままなんだろうか。
 私にとってはそんな思い出もある山菜なのだが、山菜、と一言でいっても様々なものがある。以前カプリカプリの塚本シェフがテーマにしてくれた
アズキ菜もその一つであるし、八百屋さんの店先に並ぶ山菜というべきか野菜というべきか明確にわけることの出来ないものも存在する。山菜の代表格と思っていたウドはなんと17世紀には栽培されているし、筍や蕗も1年中ある。あまりに旨いので皆で食べ過ぎると絶滅するのではと悩んでいたタラの芽も増殖、栽培が全国で行われているらしい。ワラビもオオバギボウシ(ウルイ)も栽培されている。多くの人が食べられるように野生のものだけではなく、栽培を試み研究する方がいるのは有り難いことだ。野生のものを採りつくしてしまうともう取り返しがつかないから。でも年中あったら有り難みが薄れるなぁ。
 山菜の野菜誕生以前からの歴史も、その種類が色々あるところも理解した。広く栽培され野菜との垣根も低くなっている現実も分かった。需要がありそれに応えるために山に入る、採り過ぎて辺りに無くなるとさらに山深く入る、供給量を確保し安定した生業とするために栽培をする、おおよその図式はこうだろうか。採り過ぎと宅地化などで生息域は狭くなる、今ある環境がいつまでも続くとは限らない。続くように環境を保全することの必要性を実感する。昔小さな頃ワラビを採った場所は住宅地に、ザリガニをとった沢は公園になってしまった。子供達は同じような経験は出来ない。自然をそのままにしておくことはとても難しい。
 ゴミや排水、できることから環境への負荷を減らすことを考えなくてはならない。

 ということで野山のことばかり頭に浮かんでしまったのだが、ここで今回登場する山菜を見よう。
なんと美しい花々、緑だろう。飾るための花ではなく食材としての花と緑だと、見ると見慣れた竹の子が見える。他も今回のテーマである山菜のようだ。ウド、みつ葉、セリ、アズキ菜、カタクリ、シドケ、シャク、コゴミ、ハマボウフウ、ヤチブキ、エゾエンゴサク、ギョウジャニンニク、フキノトウ、タケノコ(根曲竹)。凄い登場数である。初対面はシャク、食べられると初めて知ったのはエゾエンゴサク、ヤチブキ、カタクリを食べるのも初めてである。知っているようで知らないものなのだ。
 

 ウド、みつ葉、セリ、シドケ、コゴミ、フキノトウ、ギョウジャニンニクはお馴染み、アズキ菜も店先で見かける。カタクリは球根からカタクリ粉をとるあのカタクリ、乱獲でめっぽう数が減っている。シャクは根が滋養強壮の漢方薬にも用いられる植物、食用には葉と茎を使う。ハマボウフウは海岸の砂地に自生するが、海岸線の減少や環境の変化で野生種が激減しているそうだ。ヤチブキは黄色の花が綺麗で、初夏の沢の眺めのを楽しみであったのだがどうも美味しいようだ。この根も食用。
 春、あちこちで見かける青い花をつけるエゾエンゴサク、これも見つけると春を見つけたようで嬉しくなる花、花・茎をおひたしなどにして食べ、花が終り土に残った塊茎も食用になるそうだ。遥かなる先人の知恵の凄さを感じる。いったい誰が食べ始めたのだろう。

 

 

 『 春、芽吹きの感動 〜様々な山菜、様々な食感と香り〜 』 

 いつも先に記した全ての山菜が入る訳ではないが、それでも8種類前後の山菜が盛り込まれる。それにしても綺麗である、花器のようで一瞬食べるのをためらってしまう。
 「カタクリの花も食べられるの?」の問に「はい、どうぞ」の返事
 「じゃエゾエンゴサクも?」
 「食べられますよ」
食べられないものを使う石井さんではないのについ尋ねてしまう。
やっぱり全部食べられるのだ。
 ベースは生のウドをワインビネガーの入ったコンソメにすりおろす。大体の物はさっと茹でてある。ギョウジャニンニクはから焼きして甘みを出して、シャクは生のまま、花も生のままである。仕上げはオリーブオイルに結晶の塩。いたってシンプルなのは山菜の香りや食味をなるべく生かすため。

 口に入れるとセリのシャキシャキとシャクのシャキシャキ、エゾエンゴサクのシャキシャキも違う。ハマボウフウの香りとギョウジャニンニクの香り、みつ葉の香りも違う。ウドの苦味とセリのそれも違う。アズキ菜の甘みとエゾエンゴサク、ヤチブキの甘みも違うし、シドケの青臭さとコゴミの青臭さも違う。どれもが喧嘩せずに一皿に同居している。やられた。ウドやハマボウフウの酢みそ和えも好きだし、セリのおひたしも大好きなのだが、これは別物だ。シンプルな仕上げの塩やベースの酸味がアクセントになって全体を絞める。アクなどのクセも全く気にならない。新鮮な状態で下ごしらえをすれば美味しいと石井氏は教えてくれた。確かに竹の子も採ったら疲れていても茹でていたっけ。もう大事なところを忘れている。

 石井氏は新鮮なものを使うのと同時になるべく栽培種ではなく野生種を使うという。香りの強さ、甘みなどが違うそうだ。なるほど、安定した環境で育つより自然の時には逆境の中で頑張ったものの方が力を持っているということか。こうした力・野生を見て、リアリティを感じて、料理に手掛けることに喜びを持ち、それが食べ手に伝わる。料理人、つくづく面白い素敵な仕事である。また石井氏はいう、札幌には5分で山菜のある環境に出くわす、この素敵な出会いを逃してはつまらないと。
料理はメッセージである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月から旬を伝えてくれるのはシェフ 石井 誠 氏 「レストラン ル・ミュゼ」のシェフである。2005年夏にオープンしたこのお店の空間は、シェフとシェフの想いをくみ取った建築家の仕事を見ることができる。
ソムリエでもあるシェフ
石井 誠 氏は専門学校で料理を学び、国内のホテルに勤務の後、フランス、イタリアを放浪、スペインで厨房に立ち、帰国後イタリアンのお店を経てエノテカの料理長となる。もともと体育・美術・技術が得意な学生であった石井氏、エンジニアの家系であったが突然変異なのか高校後の進路を料理の世界にしてしまう。料理を「表現すること」と考え、渡仏時期にルノアール、ゴッホ、マティス、シャガールなど多くの画家のアトリエを訪れる。美術の分野で生の文化に触れ、ゆっくりとした思索の時間を海外で持った石井氏、今は日々の料理に「絶対美」を反映させるべくひと皿ひと皿に向かっている。フレンチの技法をベースにしながら捕われず、縛られずに『石井』の料理を作る毎日なのである。その自由さ(石井らしさとでも言えようか)が日本古来の野菜を素材に使ったり、食材の持つ『美しさ』を皿に導くという心掛けを生んでいる。

 登場した料理『春、芽吹きの感動〜様々な山菜、様々な食感と香り〜』は7350円のコースの前菜。もちろんこの時期だけのお料理、必ず予約して春に触れていただきたい。
 
 

ミュゼは美術館、絵画や陶芸など美術的な発信の場になればという想いを込めて名付けられている。
店内には主人の気持ちを現わすかのように作品が飾られている。
この空間を楽しむのもミュゼならではの過ごし方である。

    住所  札幌市中央区宮の森1条14丁目3ー20

    電話  011-640-6955

  営業時間  ランチタイム  11:30〜14:00ラストオーダー
        ディナータイム 18:00〜21:00ラストオーダー

   定休日  第1、2日曜日、第3、4月曜日

     URL    http://www.musee-co.com/ 

  

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