今月の旬

今回で66回を数えます今月の旬
番外編として普段食べているお米について
ある勉強会のお話を中心にお届け致します。

 2008年 3月のテーマ 「 米




今回の旬は番外編でテーマは「 米 」。
よく考えると主食でありながら、実は詳しく知らない。
この「米」をテーマに勉強会が行われた。講師は道東の美幌町でお米屋さんを営み、全国各地を飛び回りおいしいお米をファンに届けている向真里子さん。安心や楽しさをテーマにお米で作るお菓子も製作、全国に発送もしている。そもそも彼女のお米に対する情熱をみて、我々も勉強しようと今回の会が企画された。まぁ美味しいものを食べながら勉強しようという下心もちょっとあり、会場となったKKRホテル札幌のレストラン マイヨールに向かった。
 『稲のいのち お米の話』として講義が始まった、同時に料理も運ばれる。お話を聞きながら、メモを取り、料理の写真を撮りながら食べる、こりゃ忙しい。でももの凄く濃い時間だ。
 イネは世界に20万種もの仲間がいて、環境に順応する力がとても高いという。例えば水を好む水稲、水田ではないところで育つ陸稲、北は北緯50度近い北海道や東ヨーロッパで育てられるイネ、浮き稲のように水中に2〜3メートルも茎を伸ばすイネ、海抜2600メートルもの山で育つイネ、海水に埋まる海抜0メートルの水田で育つイネ、多種多様な順応性で世界に広がっているのだ。
 
 日本では縄文時代から栽培が行われていたようだが、その伝播は大陸からか、朝鮮半島から、もしくは琉球列島からと推測されている。我々の北海道ではどうだったのだろう。最初の挑戦は1692年亀田村の作左エ門氏。道南の函館方面は北海道内でも比較的温暖で今考えてもその可能性を感じる。ところがその後、開拓は北海道の冷涼な気候からアメリカ型の畑作農業を柱に進められ、主食である米作りは柱にならなかったのである。そんな開拓の歴史の中、1873年に島松村(現北広島市)の中山久蔵氏が道南の大野町より「赤毛種」を取り寄せ、米作りを試みた。春の雪融け水は冷たくイネの成長は難しく、風呂の湯を田に入れたり、暖水路を造って水を温めて田に引き入れる工夫などをして米作りに成功。火山灰土や泥炭地などの悪条件、厳寒の気候条件を克服して、多くの人にイネを分けて成功を一人のものとしなかったという。現在の栽培種「きらら397」もこの時の「赤毛種」の耐冷性遺伝子を受け継いでいると言われるので、中山氏の努力や成功が無かったら北海道での米作りは実現していなかったかもしれない。
 我々が先祖の恩恵を受け皆がお米を食べられるようになったのは、戦時中の米不足が深刻になり配給制度が開始されてからで、たかだか67年前の事。先人の苦役を忘れるにはあまりに最近の事なのである。また「木を植える文化の伝統がどれほど開発を助け、土地の豊かさを養い、海の魚まで養って私たちに恩恵を与えてきたか計り知れない」と向さんは語ってくれた。
 厚岸でも木を植えて森を育み、海で牡蛎を育てると聞く。海と陸は隣り合い、自然の循環を織りなす、その中で我々は生きている。ゴミ一つの行方、開発の影響、様々な問題を考えなくてはならない。
 また、稲作と日本人の民族性、私達のくらしの根底にある稲作文化まで講義の世界は広がった。畑作りは個人でも可能かもしれないが、米作りのための「田」の形成には水の循環を考え土木工事が必要とされ、個人では出来ない共同作業が必要とされる。水を通して人と人が結ばれ、人と大地が結ばれる社会が形成されたのだ。日本人の没個性、何事も集団で行動する性格はこの時から始まっているという。
 さらに話は過去に登り、イネをもってやってきた人の文化にまで及ぶ。長江流域の非漢民族の道教の文化圏の流入、稲作・漁労・船、あぐらで左上位、奇数文化、太陽は女性で色は赤、対極的な黄河流域で騎馬民族の儒教の文化、麦作・馬で椅子、パン、麺、右上位、偶数文化、太陽は男性で色は赤。
 どちらも身の周りに形跡がある、呉服の呉は5世紀の衣服に関わる職人の女性を中国大陸の呉の國から奈良市内に住まいを用意し迎えた事に由来するそうである。先人の足跡はあっちこっちに残っている。これが歴史なんだ。受験用のテキストは面白くない、こんな講義を社会の授業で出来たら素敵なんだが。
 
  
 
 

 向さんの講義も面白かったのだが、大江料理長のお米料理にも大満足。ほしのゆめ、赤米に黒米、ほそおもてにジャスミンライス、ワイルドライス、色々な米に北海道の素材を組み合わせた料理。米の歴史と料理技術、濃厚な一夜になった。
 サンプルの米は育てられますか?試してみましょう。でも田んぼはどうして水が染み込んで水がなくならないのか、田んぼはどういう構造になっているのか、いつ頃種籾を発芽させたら良いのか、実践するには謎ばかり。毎日食べているのにどうしてこんな事もわからないのだろうか。
 ミステリーで片付けるにはあまりにもったいない。今年の実験農場のテーマは「米」を追加しよう。
 勉強会のあと、中山久蔵氏の島松駅逓所を訪ねた。辺りはまだ雪深い中、人気もなくひっそりとその建物はあった。アメリカから農業指導に訪れたクラーク博士が北海道を立ち去るときこの地で「Boys Be Ambitious」と言葉を残したという。多くの先人の力があって、今我々が存在できる事を改めて感じた。
 先人のように知恵を振り絞り今の私が「米」を作る事が出来るのだろうか。あまりに知らない事ばかりで何から初めて良いのかわからない。さて、まずは米作りをしている本田の本家、いとこを訪ねて教えを請うことにしよう。事の顛末は、また後日お知らせする。

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