今月の旬

はい、73回目です
これからも北海道の旬を料理人の心と一緒に届けます
お米の番外編から初心に戻り「 magari 」(マガーリ)からの回目
宮下輝樹氏のメッセージです
お楽しみに

 

 2008年 10月のテーマ 「 米 」

 

 今回はお米。
今年の3月1日のお米の勉強会以来、心を捕われているいるお米。
想いを感じとってくれたのか、宮下氏のテーマの提案は「米」。
嬉しいじゃないですか、ん?イタリアンで?お米?
あぁ、リゾットだ!
なるほど、新米の時期であり、わかりやすく面白いテーマである。
さぁ勉強会のおさらい。
 イネは世界に20万種もの仲間がいて、環境に順応する力がとても高いという。例えば水を好む水稲、水田ではないところで育つ陸稲、北は北緯50度近い北海道や東ヨーロッパで育てられるイネ、浮き稲のように水中に2〜3メートルも茎を伸ばすイネ、海抜2600メートルもの山で育つイネ、海水に埋まる海抜0メートルの水田で育つイネ、多種多様な順応性で世界に広がっているのだ。
 日本では縄文時代から栽培が行われていたようだが、その伝播は大陸からか、朝鮮半島から、もしくは琉球列島からと推測されている。我々の北海道ではどうだったのだろう。最初の挑戦は1692年道南亀田村の作左エ門氏。道南の函館方面は北海道内でも比較的温暖で今考えてもその可能性を感じる。ところがその後、開拓は北海道の冷涼な気候からアメリカ型の畑作農業を柱に進められ、主食である米作りは柱にならなかったのである。そんな開拓の歴史の中、1873年に島松村(現北広島市)の中山久蔵氏が道南の大野町より「赤毛種」を取り寄せ、米作りを試みた。春の雪融け水は冷たくイネの成長は難しく、風呂の湯を田に入れたり、暖水路を造って水を温めて田に引き入れる工夫などをして米作りに成功。火山灰土や泥炭地などの悪条件、厳寒の気候条件を克服して、多くの人にイネを分けて成功を一人のものとしなかったという。現在の栽培種「きらら397」もこの時の「赤毛種」の耐冷性遺伝子を受け継いでいると言われるので、中山氏の努力や成功が無かったら北海道での米作りは実現していなかったかもしれない。
 我々が先祖の恩恵を受け皆がお米を食べられるようになったのは、戦時中の米不足が深刻になり配給制度が開始されてからで、たかだか67年前の事。先人の苦役を忘れるにはあまりに最近の事なのである。また「木を植える文化の伝統がどれほど開発を助け、土地の豊かさを養い、海の魚まで養って私たちに恩恵を与えてきたか計り知れない」と向さんは語ってくれた。
 厚岸でも木を植えて森を育み、海で牡蛎を育てると聞く。海と陸は隣り合い、自然の循環を織りなす、その中で我々は生きている。ゴミ一つの行方、開発の影響、様々な問題を考えなくてはならない。
 また、稲作と日本人の民族性、私達のくらしの根底にある稲作文化まで講義の世界は広がった。畑作りは個人でも可能かもしれないが、米作りのための「田」の形成には水の循環を考え土木工事が必要とされ、個人では出来ない共同作業が必要とされる。水を通して人と人が結ばれ、人と大地が結ばれる社会が形成されたのだ。日本人の没個性、何事も集団で行動する性格はこの時から始まっているという。
 さらに話は過去に登り、イネをもってやってきた人の文化にまで及ぶ。長江流域の非漢民族の道教の文化圏の流入、稲作・漁労・船、あぐらで左上位、奇数文化、太陽は女性で色は赤、対極的な黄河流域で騎馬民族の儒教の文化、麦作・馬で椅子、パン、麺、右上位、偶数文化、太陽は男性で色は赤。
 どちらも身の周りに形跡がある、呉服の呉は5世紀の衣服に関わる職人の女性を中国大陸の呉の國から奈良市内に住まいを用意し迎えた事に由来するそうである。先人の足跡はあっちこっちに残っている。これが歴史なんだ。
とここまでは今年3月号のお話。
文中の向さんは北海道美幌町・株式会社米夢館の向 真里子さん。
1927年創業のお米専門店の主人である。
〒 092-0003
北海道網走郡美幌町鳥里4丁目4−1
株式会社 米夢館
magriの宮下氏が使うのは向さんも高く評価する蘭越町の「ななつぼし」のなかでタンパク質含有量5.9%以下のスーパー蘭越米。
蘭越町は1000m級の山々に囲まれる盆地で、日本一の清流尻別川を持ち、桂の樹が多く腐葉土が豊富である。
それに5mにもなる雪が積もり風が回る。
イネは土中のミネラル・養分を十分に取り込み、風に勝てるようにひげ根を張る、そのひげ根がさらに養分を吸う。
そうした環境で向さん曰く「粘りがあるけれどサラッとしていてプリッとしている」お米が誕生するのだ。
さてさて宮下氏、このお米を使っての今回のお料理は?

 

 

『 リゾット ロディジャーノ 黒トリュフがけ 』
『 天然キノコのリゾット 』
 宮下氏、今回のこのお米を「普通に炊いても旨い、また冷めてからも旨い」という。「おにぎりなんか最高〜」だそうである。実はある試食会での素材として登場したこのお米が美味しくてお米という素材を再発見。その甘み、香りを感じてリゾットに使うお米と決めたのだ。
 そもそもイタリアではリゾットにバターをいっぱい入れて作る。日本のお米はでんぷん質を比較的に多く持ち合わせているのでここではバターを控えめにして作るようだ。ただ、煮込む時にでんぷん質が流れ出ないようにザックリ炒めて油でコーティングをする。う〜ん理に適っている。
 リゾット ロディジャーノのロディジャーノはイタリア ロンバルディア州の地域の名称。パルミジャーノ、グラナパダーノのようにハードタイプのチーズの産地で、市場で押され気味だが少量でも高品質のチーズを生み出しているそうだ。宮下氏は製品のブレが少ないから愛用していると語ってくれた。
 大まかな作り方はみじん切りの玉葱をバターで炒めてからお米を入れてザックリ炒める。ブロード(イタリア料理のだし汁)を加えてお米の顔を見ながらブロードを足す。ここでいじらなさ過ぎると焦げるしいじりすぎるとお米が割れる。チーズを一つかみとバターを少し入れて完成。おっと写真はトリュフをのせる前のもの。これにスライスしたトリュフをのせて完成である。どう?キラキラした米粒、う〜ん綺麗だ。
 シンプルなはずなのだが食べるとチーズが米に絡まりコクを加え複雑に。さらにトリュフの香りがプラスされ飽きることなく食べさせられてしまった。お米がこんなに変身するんだと実感、おにぎりも、汁の染みた丼も、酢飯も白いご飯も好きだがリゾットも素敵だ。
 
  
 
 ここでもう一つ、「天然キノコのリゾット」の作り方も。
ニンニクのみじん切りをオリーブオイルで炒めて舞茸・玉葱のみじん切りを加える。
ここにお米を入れザックリ炒めてからブロードを入れて炊く。
途中落葉キノコなど入れて炊くのだが、舞茸は少量の小麦粉をふって油で揚げてからチーズなどと仕上げ時に加える。
この舞茸の香り、いや〜まいったっけ!
失礼しました。
 米。
狩猟から栽培へと飛躍的に我々の世界を変えた植物であり、何千年経っても我々の主食である。
今年、私はお米の勉強をする事で歴史・農業・環境と多くの事を考えさせられた。
ちっぽけな自分を認識できたといっても過言ではない。
もし読者がお皿の向こうに世界や歴史を感じたなら「自分はこうなりたい」「未来はこうしたいな」「こんなのはどうだろう」とどんどん想像を膨らませていただきたい。そうすると想像が理想に、そうして現実になっていく。
食は我々の地図の一つだったのだ。
食文化と言われるのは歴史や環境、いろいろなものを背負って成り立っているからなのだ。う〜ん実感。
実験での米作りで悪戦苦闘の私はその技術伝承の外にいる。
これまた悲しい実感である。
『 リゾット ロディジャーノ 黒トリュフがけ 』は2600円。
『 天然キノコのリゾット 』は2000円
私のように勝手に悲しくならなくて結構。
美味しいものは勇気をくれる、これらのリゾットも同様である。
宮下氏の元気と食の元気をもらいにどうぞ
 

 

 「magari」は2006年9月にオープンしたイタリア料理のお店である。シェフは宮下輝樹氏。道東の幕別出身、幼いころから料理が好きで、19才から本格的に料理の道を歩みだし、テルツィーナの堀川さんと出会う。もう6年も前、テルツィーナ時代の2002年にこのページでも登場してくれたのだ。あれからまたイタリアでの修行、東京・アロマクラシコ、札幌・クレシェンテなどを経て magari のオープンとなる。
 常に素材に着目していて、電話をしたら襟裳町だったりニセコ町だったりと産地へ実際に足を運び、生産者との会話を大切にしている。この想いは一皿一皿に現れ、お店を訪れる人を楽しませる。宮下氏の料理をする時の楽しそうな顔がとても印象的である。
 その日に入荷した厳選素材で組み立てるコース、旬のおまかせコースは5500円、8000円から(2名様より)
 料理をする時の宮下氏、とっても楽しそうなのである。
が、座って調べものをしている宮下氏はとても難しい顔。
ギャップを言うと右のような顔になった。
サービス精神旺盛な茶目っ気たっぷりな男である。
真面目でいて茶目っ気あり、料理も同じ印象だ。
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    住所  札幌市中央区南11条西20丁目2−26

    電話  011-552-8172

  営業時間  ランチ  11:30〜14:00
        ディナー 18:00〜21:30

   定休日  火曜日  

 

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