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はんおかるとぶんしつ

オカルトと反オカルトの呉越同舟板

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  宇宙
No.4723   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/31(Tue) 20:38
URLhttp://  
@FMシューマン、ブラームス、
あと何回聴けるかな  
多世界エスエフでショパンのない世界ってドラマがありました
わたしには宇宙はさまざまな知的生命体がドラマを繰り広げた遺跡に映ります
コロナはそのドラマにどう関与するのでしょうか
・・・カミュのペスト読もうかな

  Re[4720][4718]: 単純な話
No.4722   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/28(Sat) 06:30
URLhttp://  
> > 自然は一
> > 規定は否定
>
> 理解すること自身が理解不能の原因
> ウィルスなどのヌエ
> 静止、生死等々  
ここは運動か

  Re[4719]: エンゲルスの不可知論批判
No.4721   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/28(Sat) 06:27
URLhttp://  
> 反デューリング論でしたか、どうも理解できなかった。
フォイエルバッハ論?

  Re[4718]: 単純な話
No.4720   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/28(Sat) 06:19
> 自然は一
> 規定は否定

理解すること自身が理解不能の原因
ウィルスなどのヌエ
静止、生死等々

自然自体の存在理由はない
理由は理解するから
理解自体もまた理解できない?
何故理解できるかは理解できない・・・←ここがまだ理解できないなあ

  エンゲルスの不可知論批判
No.4719   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/28(Sat) 06:10
反デューリング論でしたか、どうも理解できなかった。
あれは創発性理解の鍵かなと今では思えます。

不可知論はある意味正しい。

  単純な話
No.4718   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/27(Fri) 08:03
自然は一
規定は否定

これだけです。

  学問の現在
No.4717   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/27(Fri) 08:00
天動説を本質的に未だに克服していない。
ピタゴラス的理性をパルメニデス的理性で相対化する必要がある。

  無矛盾
No.4716   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/26(Thu) 20:58
自然は次元の実在の否定で自身と数学が無矛盾であることを示す

  規定
No.4715   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/25(Wed) 09:58
自然に対しては「わたし」は同一を非同一で、また自己に対しては非同一を同一で規定する。
ウィルスと生死分類は同一を否定で規定するからヌエテキに

  決定不能
No.4714   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/25(Wed) 09:08
自然が静止を否定し、論理は自然に実在しないことを示した
双方無矛盾
自然は有、論理は無
規定は否定

故に決定不能

  自然
No.4713   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/24(Tue) 08:33
運動するエネルギーの濃淡の海。
それだけです。
そしてまた宇宙空間は宇宙人たちの文化の遺跡でもありす。

きわめて単純、きわめて豊穣。
わたしは現代日本に生まれたことに後悔しない。
学問、家族など、恵まれています。

  わたしの結論
No.4712   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/24(Tue) 08:23
対象は運動
規定は否定

自然科学もまた単純そのもの 

基本は視点、基準の獲得
認識論はその相対化、否定の否定

それだけですかな

  否定
No.4711   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/23(Mon) 09:27
運動を否定で

これが自然ー論理の関係ですか
決定不能、観念としての論理

  無矛盾
No.4710   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/20(Fri) 20:30
対象は、規定を否定して無矛盾が証明される
規定自身は対象との関係で無矛盾が証明される

規定自身、対象自身で無矛盾であることは証明できない

  わたし、自己言及、パルメニデス
No.4709   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/15(Sun) 07:27
わたしという自己言及表現は物理として二人存在しない
つまり物理としては一元です
前に説明した観念的な自己分裂です

光速度一定の原理は認識するのに必要な座標原点、静止の実在を否定する
つまり自然は運動し、静止は実在しないから、無矛盾、一元です
それを静止という座標原点、つまり実在しない観念存在で理解する。
わたしが二人実在しないこととおなじです
対象は実在、認識は観念です

科学は認識主体が認識対象の一部、つまり特別な何も実在しないことを示し続けている
地動説、進化論
光速度一定の原理はパルメニデス自然観を支持する

たしかに認識するには主体、対象が必要です
しかし主体は自然の一部で自己言及です
つまりわたしは物理としては二人いないが、観念として他者、つまり実在と非実在、有と無、運動と静止ということです

  追究
No.4708   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/14(Sat) 08:10
パルメニデス自然観にヘラクレイトス、スピノザ。
クレタ人、ゼノン、カント、ヘーゲル、光速度一定の原理、量子力学の難問、宇宙論、不完全性定理、微分積分のわからない論理。
次元は実在せず、諸力もまた。

愉しかったというか愉悦かな?

いや、なんか悟れた、覚れた気が?しました。

支えてくれた人々に感謝します。
心からありがとうと言いたいです。

ありがとうございます。

  排中律
No.4707   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/11(Wed) 03:19
排中律
物理としては、であって、ではない
つまり決定不能
それを、であるで理解する
わたしという規定は運動変化する物理の否定
つまり非同一を同一で理解する

非同一を同一で、規定は否定
排中律は規定
排中律は否定
AはA→否定

物理対象は運動変化する
それを否定で規定する
つまり決定不能  

静止は存在しない、つまり自然は無矛盾、理解可能
理解可能だが規定は否定だから決定不能

うーん、詰めがまだかな

  読み換え
No.4706   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/09(Mon) 06:44
ヘーゲルの法の哲学を三浦さんがその著作で読み換えてちるところがあります。
新しい科学も必要でしょう。
天動説→地動説転換には天動説で理解された観測事象を地動説に読み換えるように。

  有無
No.4705   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/03/09(Mon) 06:22
有=運動
無=静止

数=静止

  改槁します
No.4704   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/29(Sat) 05:29
いまいちですな

  Re[4702]: 革命前夜
No.4703   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/28(Fri) 09:12
訂正
私達たちは学問の対象をたわめているという自覚が必要です。

物理学では次元でたわめていて、そうでないと理解できないわけですが。

  革命前夜
No.4702   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/28(Fri) 09:07
どうやら社会主義は駄目だと。
ただ科学革命前夜だと現在を理解しています。

私達たちは学問の対象がたわめられているという自覚が必要です。

それだけで大きく変わるのではないでしょうか。

  時間
No.4701   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/27(Thu) 11:08
一年は自然には実在しない
桜の花が芽吹き、大地に還りまた・・・という光景はない
一日は、1秒は?、素粒子が存在する時間もまた実在しない
どんなに縮めても同じ

では「今」は?
「今」は「今」にしか存在しない
そして過ぎ去る
過ぎ去った「今」は「今」には存在しない
未来は「今」には存在しない


いま、という瞬間は面白い。
いま、いま、いま、と指でおさえているうちにも、いま、は遠くに飛び去って、あたらしい「いま」が来ている。ー太宰治「女生徒」ー

だから実在しない座標原点を設定し量で理解する

次元は運動する自然を静止、つまりたわめられた自然で理解する物理学という学問としての道具

  続たわめられた自然
No.4700   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/25(Tue) 22:50
1秒も1日もどんな時間も自然には実在しない
時間で対象化した自然は自然自体ではなくたわめられた自然

  論理と自然
No.4699   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/25(Tue) 14:43
自然は一というパルメニデスの自然観。
論理は規定だからピタゴラスで。
ヘーゲルの否定の否定。

  パルメニデス自然観の可能性
No.4698   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/21(Fri) 15:37
たわめられた自然
自己言及
規定は否定
座標原点は非実在
実在しない次元で理解
論理の在り方→ピタゴラス派

「わたし」という抽象
次元は縦横高さ時間などの数学的抽象
自然はそのまま理解できない
「今」=運動を量にして理解する
一年、一秒は自然に実在しない

  次元、特に時間
No.4697   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/21(Fri) 11:21
自然は運動するエネルギーの濃淡の海
座標原点、静止、無は非実在
対象をその否定で理解する
運動という有を静止という無で理解する
0に限りなく近いが0ではないという理解
→決定不能ということ

「わたし」という抽象
次元は縦横高さ時間の数学的抽象
自然はそのまま理解出来ない
「今」を量に変換、時間にして理解する
今=運動

  決定不能
No.4696   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/21(Fri) 11:07
運動
飛ぶ矢は空間の一点に必ず存在する
静止は空間の一点に存在すること
→飛ぶ矢は静止している

静止は実在しない
運動はその否定の静止で理解する
だからその規定は否定される
存在すると同時に存在しない
→決定不能

クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った
対象をその否定で規定する
運動規定と本質は同じ
→決定不能に

  科学革命
No.4695   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/21(Fri) 07:28
現代科学はピタゴラス的自然観から
パルメニデス的自然観に転換する必要がある

自然は多ではなく一

  蜜柑 芥川龍之介
No.4694   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/20(Thu) 14:03

この短編が好きです。
芥川龍之介はなんか合わないのですが知とは遠い庶民への接点としての感情の浸潤みたいな。
わたしは卑小な芥川なのかもしれません。

  校正
No.4693   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/20(Thu) 12:26
うーん
まだ書き間違えがありますが、さて

  認識と自然の論理〜自然過程説の展開
No.4692   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/19(Wed) 11:43
はじめに
二十一世紀の初めに宇宙背景放射の発見でビッグ仮説は宇宙論として認めてられスムート博士らはノーベル賞を受賞しました。
しかし後日ある天文学者が宇宙背景放射と理解されるその現象は違う理解が可能だとする論文を発表しました。
スムート博士はその可能性は否定できないとコメントしました。
これはどういうことがというと、十九世紀末にアメリカの天文学者が火星を観測し「運河」を発見した誤りと同じ間違いかもしれないとのことだと記事は締めています。
科学史を繙きますと、科学者が発見、観測した対象を誤解することは珍しくないようです。
酸素を発見した科学者はその発見が自らが信奉している然素説を否定していることに生涯気づかなかったようです。
中にはN線のようにそれ自体が存在しないのに国家最高の賞を受賞し何年間か存在すると思われたものもあったりします。
他にも森鴎外と脚気、医者と産褥熱の
関係など科学史は様々な失敗を記しています。
一番有名なのは天動説で、長期間信じられた仮説です。
マルチン・ルターは「一人の馬鹿者が天の世界を変えようとしている。」と語ったとある本は記しています。

では現代の主流学説には天動説が潜んでいる可能性はないのでしょうか。
実は現代科学は光速度一定の原理という十九世紀末に観測した現象について合理的理解を放棄しています。
また量子力学の観測問題は様々な理解があり、中にはSFのような両方があります。

先年日本人物理学者がノーベル賞を受賞した際に科学ジャーナリストとしても著名な立花隆氏はあるテレビ番組で量子力学の分野では新たな理論が求められていると述べ、インターネットでも研究者らしき方が最前線は混迷中どう投稿がありました。

実は七十年代にハイゼンベルク、武谷三男氏らが現代科学の傾向に批判的であり、武谷氏はすでに主流であったビッグバンの仮説を退け無限宇宙論を取り上げています。
九十年代にはアメリカの科学者は当時の科学状況を総括して科学革命が必要な段階だと述べています。
この年代にはドイツの科学者が時間が存在しない可能性を指摘しています。
二十一世紀に入り、ある科学番組では時間非実在説はもちろん、重力非実在説を唱える科学者さえ登場します。

現代の学問は科学でさえこの現状です。

このことは、人間の文化は発展途上であり大きな可能性をまだ秘めている可能性があると言えるかもしれません。

  科学革命について5*6
No.4691   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/19(Wed) 10:08
URLhttp://観念的な自己分裂と座標原点の本質は同じか 違いは何か
ここで科学革命について概観します。

地動説は地球もまた諸天体の一つであり、進化論は人間もまた生物の仲間だと示します。
この二つの科学革命は自然には特別な惑星、生物は存在しないことを示します。
この自然には特別ななにものも存在しないことを究極として示したのが光速度一定の原理です。
この原理は絶対座標、つまり静止するなにものもこの自然には実在しないことを示すからです。
つまり運動は自然の存在形態であり無矛盾であることを示しています。

科学革命はもう一つの側面があります。
自然という対象を理解する場合、自然を理解する側が当然在ります。
天体観測では地球が静止していると仮定しますが、地球、人間は自然の在り方の一つで特別ななにものではありません。
ここでわかるように、自然認識は自己言及でもあるということです。

  自己言及について7*8
No.4690   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/18(Tue) 16:15
URLhttp://観念的な自己分裂と座標原点の本質は同じか 違いは何か
ここで自己言及について考えてみます。
三浦つとむという学者はその認識論で観念的自己分裂という概念を論じています。
例えば自分が住んでいる街の地図を描く場合、頭の中で空から街を眺めることができます。
また太陽系、銀河系、量子の世界にまで頭の中では入って行けたりします。
小説を読んだり、テレビドラマを見る時は主人公になることができますし、古今東西の人間にさえなれたりします。
赤ん坊を見て過去の自分を想像したり、老人を見て自分の未来を想像します。
この頭の中のもう一人の自分を三浦氏は観念的自己分裂と名付けました。
私たちは対象を認識し表現します。
現実のわたしを観念の中のわたしは他者として認識し「わたし」と表現します。
観念的自己分裂は自己認識を可能にします。
地動説では実在しない座標原点を設定します。
静止は運動の否定であり実在しませんし、観念の中の自分も物理としては実在しません。
これらは自然を認識するためには必要ですが実在しません。
光速度一定の原理は絶対座標の否定で自然が無矛盾であることを示し、実在しない静止で理解することを示します。

この原理は自然認識が自己言及であり、自然認識の在り方にも自己言及しているのです。

  論理について10*11
No.4689   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/18(Tue) 13:34
URLhttp://観念的な自己分裂と座標原点の本質は同じか 違いは何か
例えば物理存在としての「わたし」は生まれてから現在に至るまで大きく変化していますが同一の「わたし」と表現します。
実は物理としての「わたし」は静止、つまり同一であることはありませんが同一で表現します。
森羅万象がそうです。
生物分類ではウィルスという、生物、非生物と分類困難な対象が出てきます。
しかし物理としては、生物、非生物は差違であり否定関係ではありません。
諸生物の中には分類困難な対象が出てきますが、やはり差違でしかありませんし、否定関係ではありません。
ゼノンの「飛ぶ矢の逆説」は飛ぶ矢は空間の一点に必ず存在するが、静止は空間の一点に存在することだから飛ぶ矢は静止していると論じます。
現代科学は光速度一定の原理により静止の実在は否定しています。

十七世紀オランダの哲学者スピノザは規定は否定であると述べました。

物理としてのわたしは非同一ですが同一とします。
生物、非生物は物理としては差違ですが否定関係とします。

「飛ぶ矢の逆説」は運動を静止で規定することを示します。

  11*12
No.4688   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/18(Tue) 10:46
URLhttp://観念的な自己分裂と座標原点の本質は同じか 違いは何か
私たちは自然をそのまま認識できません。
目の前の空気中にも様々な物理存在がありますし、それらは各生物の認識器官の在り方で生成され現象します。
ある種の蝶は人間には雌雄羽の色が同じに見えますが、その蝶同士は可視範囲が違うので雌雄の色が目には違って見えるということです。
人間では老人と若い人の可聴範囲が違うので、それを利用することがあるようです。
味覚は年齢によって違い、訓練によって能力は違ってきます。
つまり同じ自然でも生物の感覚の在り方で差違として現象するということです。
視覚が無い生物がありますし、環境との関係でも違うわけです。

光速度一定の原理は、静止するなにものも自然に存在しないことを示しますから、量子力学の自然観である、運動するエネルギーの濃淡の海という理解を指示、支持します。
ディラックの海は真空はエネルギーの一形態であることを意味します。
自然に無は存在しませんが、無、否定で理解するわけです。
自然に展開するのは運動するエネルギーの濃淡であり、その親和と反発による生成過程の多様な展開です。
物理としての私たち人間もそういう存在です。
現在の物理学では自然は最小単位から成るとしますが、ある物理条件下で素粒子等に生成されるのであり、いわゆる観測問題は波が渦の状態を呈しているとすれば矛盾しません。
この理解は古代ギリシャ哲学の一派、十九世紀英国の科学者、近年ではブリゴジン学派がこの予想の下に実験をしているとある科学者は述べています。
自然はエネルギーの濃淡として存在しますが、生物の認識能力の在り方で独立して現象するわけです。

  13*14
No.4687   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/18(Tue) 08:55
URLhttp://観念的な自己分裂と座標原点の本質は同じか 違いは何か
また運動をその否定である静止で理解するということです。
数学では0に限りなく近いが0ではないという不思議な説明があります。
0次元は座標原点で静止ですが、自然は運動しています。
量子力学では不確定性原理があり、位置と速度は同時には正確には測れないですが、元々対象としての運動を静止で測るのですから正確とはなりませんし、測定は=ではなく近似値にしかなりません。
近年量子力学の分野ではエネルギー保存則 の破れが言われますが、近似値でしか測定できないから当然です。
朝永氏が語る物理学の自然はたわめられた自然の一つの在り方です。
また現実は自然以外実在しませんから、どこにも消えませんし、また生じることはありません。

光速度一定の原理は0次元の実在を否定し、また次元一般も否定します。
自然には運動しない三次元は実在しません。
四次元が静止している三次元でできているなら、無限の三次元が実在することになります。
「今」と指示しますと「今」は飛び去ります。
「今」とは運動を静止、有を無である静止で理解した言葉です。
ですから、直接ではなく限りなく0に近いが0に近いという決定不能で理解します。
私たちは縦横高さと言いますが、それぞれ独立して実在しません。
それらは対象としての物理存在の抽象ですし、時間もまた物理の運動の抽象です。

同時性は観測、つまり認識に対象化しようとするのですが、光速度一定の原理から同時性は観測できません。


  15*16
No.4686   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/16(Sun) 11:56
URLhttp://観念的な自己分裂と座標原点の本質は同じか 違いは何か
果物自体は個々に存在しますが、果物一般は抽象で実在しません。
次元もまた抽象です。
時間は、太陽、月、光等諸物理形態の「ここ」から「ここ」までという運動の抽象で時間自体は自然に実在しません。物質は運動変化していますが、その大きさを三次元で理解し、運動を四次元、時間で理解する。
三次元自体は抽象ですし、四次元は運動の抽象ですから時間自体は実在しません。

次に重力を考えてみます。
ライプニッツ、ホイヘンスはニュートンの重力方程式に敬意を表しましたが、遠くから魔術的に作用するという重力の説明には納得しませんでした。
自然が運動するエネルギーの濃淡の海ならば直接に働きかけますし、この重力の正体も運動に必要なエネルギー量ということになり重力という概念は必要ありません。
また諸力はその様な物理状態に生成するというのに必要なエネルギー量と理解され力の概念は必要ありません。
自然は運動するエネルギーの濃淡から成り、素粒子、生物、銀河系などに生成して行きます。
つまり次元も諸力も自然には実在しません。
私たちは自然を次元、つまり否定で理解しますが、次元は自然には実在しません。

  哲学上の諸問題
No.4685   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/16(Sun) 10:23
URLhttp://観念的な自己分裂と座標原点の本質は同じか 違いは何か

十七世紀のオランダの哲学者スピノザは「規定は否定」としたそうです。
この観点から哲学史を眺めてみます。
山川偉也氏の「ゼノン4つの逆理」に拠れば、ゼノンの逆説は、世界は「一」だと主張する師のパルメニデスの自然哲学を批判するピタゴラス学派に対し反駁し、擁護したものです。
「競技場の逆説」では時空に最小単位があればその半分があること、つまり最小単位は存在しないこと、を証明します。
ピタゴラス学派は、数は大きさを持たないとします。
ゼノンは自然が大きさの無い数で出来ていたら、私たちは目的地に達することもないしアキレスは亀を追い越すことはできないと「二分の一の逆説」「アキレスと亀の逆説」で証明します。
また自然が大きさの無い数で出来きていたら、運動は不可能だと「飛ぶ矢の逆説」で論証します。
つまりゼノンの逆説は自然は「一輪」であり「多」ではないことを論証したのです。
現代科学は光速度一定の原理で座標原点、つまり大きさの無い点、数の実在は否定していますからパルメニデスの自然哲学、自然は多でなく一であることを裏付けています。
つまり、自然は運動するエネルギーの濃淡の海なのです。

カントは時空に終始が在ると同時に無いことを論証しました。
光速度一定の原理は座標原点、つまり始まりの実在を否定し、また始まりという実在しない座標原点を仮に設定し、運動を量で量ります。
始まりが自然に実在しないのですから終わりも当然ありません。

  19*20
No.4684   [返信]
Name偽パルメニデス
Date: 2020/02/15(Sat) 12:00
URLhttp://観念的な自己分裂と座標原点の本質は同じか 違いは何か

自然に終始は実在しませんが、自然は終始で理解することをカントの二律背反は論証しました。

生物など自然は様々な態様に生成変化して行きます。物理としての自然には何も加わりませんし、減りません。
物理状態は恒常として在ります。
規定は否定ですから運動変化をそのまま反映できません。
ウィルスは生物、非生物という分類の在り方を示すように、生死の分類もまたそうです。
自然は物理としては「一」で否定関係としてではなく差異として在ります。
それを生物、非生物、生死と否定で規定しますから当然有効範囲があるわけです。
物理学の自然もまたたわめられた自然、つまりそのままの自然ではありません。
カントの二律背反は自然と認識の関係を示しています。
ヘーゲルは「運動とは存在すると同時に存在しないこと。」と定義します。
古代ギリシャの「クレタ人の逆説」は「クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った。」というものです。
クレタ人が嘘つきなら、クレタ人は嘘つきだと「正直」には言いません。
またクレタ人が正直ならクレタ人は嘘つきだと「嘘」は言いません。
この逆説は対象規定を自己言及し、この自己言及が規定を否定するからです。

ヘーゲルは運動を存在という静止、つまり否定で理解することを念頭にしています。
対象としての運動は存在するのですが、存在という規定は静止ですから、静止としての存在は否定されます。

記事No 削除キー

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